音楽の先生
「――という顛末だったんですよ」
「それはそれは。セバルトさん大活躍だったのですね。いつもお疲れ様です」
アハティ家にて。
寺院でのあれこれが終わった翌日、セバルトはザーラを尋ねていた。
予定があってすぐに寺院にはいけないが、精霊を呼ぶ楽器には興味があるので、何かあれば教えて欲しいと言われていたのだ。
好奇心に目を輝かせてそんなふうに頼まれてしまっては、とても断れるはずもない。
なので、翌日の午前、セバルトはザーラに寺院であったことについて話していた。
ザーラは面白そうにその話を聞いている。
「困ったシャーマンがいるのですね。それで、そのお金を盗んでいたというシャーマンはどうなったんですか? どうしてそこまでしてお金が?」
「ええ。それは話を聞いたところによると、どうもギャンブルにはまっていたらしいですね」
「ギャンブル?」
ザーラは大げさに息を吐き出した。
セバルトはうなずいて続ける。
「結構負けが込んでて、借金があったみたいです。それを返すために一回借りた――もちろん、借りたというのは本人の言い分です。端から見れば盗んだということですが、その借りたお金でギャンブルに勝ち、借金を返し横領した分も補填しようと思っていたと言っていました」
ザーラは呆れたように口をポカーンと開いた。
「それ、もう一回負けたらどうするつもりなのでしょう」
「どうしようもありません。実際彼もどうしようもなくなって、また寄付金に手をつけ、後はその繰り返しです」
「一分でも考えればわかりそうなことなのに。追い詰められると理性を失ってしまう物なのですね」
「そうですね。本当に。僧とか以前の問題です」
「はい。それで、その人はどうなるんでしょうか」
「それについては、寺院では働かせてもらえるみたいですよ。お金を扱う所には回してもらえないみたいですけど」
「へぇ。お優しい方なのですね、寺院の責任者さんは」
「寺院長は金額を計算して、これから20年間はただ働きだなと言ってましたね。もちろん、辞めることは許されません。最低限の食事だけは保証されますが。あはは」
「実際牢屋に入るのと大差ありませんね。心を清めるいい機会かもしれません」
「はは。そうかもしれません。無慈悲に見捨てないのは、やっぱりあの方は優しいんでしょうね。まあそういうわけで、寺院の問題は解決したというわけです。まだ何か隠してるんじゃないかと問い詰めてましたけど……」
「怪しいですね。嘘と埃は叩けば叩くだけでると言いますし」
ザーラがちょっと意地悪そうな目をする。
セバルトは苦笑いで答える。
「そうならないことを願いますよ……なりそうですけど」
笑いながら出されたお茶に口をつけると、少しの間心地よい沈黙が二人の間に置かれる。
「ちょうどいいかもしれませんね。私、ベイルースに行く用事があるので、そのお店に寄って、マジックアイテムを買い戻しに行きます」
ザーラが申し出ると、セバルトは首を振った。
「ザーラさんにそんなことさせるわけには」
「いいんですよ。私がそのマジックアイテムみたいです、とっても見たいのです」
(目がマジだ。そういえば、この人音楽好きだったな……それもあるのか)
「もちろん寺院の大切なものだから、寺院の人が行くということであればそれでいいのですが、そういうことを言われていないのなら、音楽系魔法使いとして非常に興味があるのです」
あ、やっぱりそうだった、とセバルトは頷いた。
ザーラは上体を前に突き出して握った拳をうずうずさせながら言う。
セバルトはその様子に、首を縦に振った。
「それでは、手間を取らせますがお願いしてよろしいでしょうか」
「ええ、任せてください」
満面の笑みで、ザーラは頷いた。
(たまにはのんびり音楽をするのも悪くない)
家庭教師や火の化身と戦ったりも大事だが、趣味に興じる時間も必要だ。娯楽ができなくなったなら、ライフスタイルを見直すべきなのだ。
などとセバルトは口が裂けても言える生き方をしていなかったが、とにもかくにも、やらなきゃいけないことがあるときにこそ、気持ちに余裕をもってゆっくり生きる。
そんなわけで、羽毛布団で心ゆくまで癒され完全回復した朝、セバルトは、楽器をもったネイとともに、町の西の森の中にやってきていた。
古来より、人は精霊と音楽を通じて交換してきたという。
本当にそれが精霊に通じているのかわからないけれど、それで精霊をおろしたり力を得たりあるいは自分たちの正当性を証明したりしたという。
今でも精霊に捧げる様々な歌は残っているが、もっと古い時代には、本当に精霊を顕現させられるような、力を持った楽器とそのための音楽があり、選ばれた奏者がそれを演奏していた。
「――演奏を、あなたにやってもらいたいんです、ネイさん」
ネイはこくりと頷いた。
「それでは、行ってきますね」「ええ、お気をつけて」と魔法使いの会議があるということで旅立ったザーラを見送ったのが小一時間ほど前。
そのあとセバルトはネイを尋ね、連れたって森へとやって来た。
その目的は、セバルトが語ったとおり。
精霊を呼び出すのに必要なのは霊験あらたかな楽器だけではない。それを奏でるものが必要だ。その役目において、火の印をもった巫女であるネイ以上に適任な人はいないだろう。
事情を聞いたネイは、快くそれをやると言った。
救ってくれた恩返しをするチャンスだといい、また、自分に印をつけた精霊というものがどんな存在が、実際に会えるなら是非会ってみたかった。
適当な丸太を見つけて座りやすそうだと腰をかけたネイは、小ぶりな弦楽器をケースから取り出した。
「なるほど、それと同型のマジックアイテムなんですね」
「そう。これで練習すれば、本物が来た時も同じようにできるはず。……でも、何を演奏すればいいか、それは結局どうするの、セバルト君」
眉根を寄せるネイに、セバルトは不敵な笑みを浮かべる。
「必要なもの、精霊の調べ。実は僕、聞き覚えがあるんですよ」
それはすでに失われたはずの曲だった。
だが、かつてセバルトは、聞いたことがあった。
過去、エイリアではないが古くからある寺院で、精霊降臨の儀式に立ち会った時に聞いた旋律だ。それはこのネウシシトーの国ですらない森の中の忘れられた寺院。
そこでかつてセバルトは、精霊ワルヤアムルが降臨するところを目にし、魔王達を倒すための剣、聖剣スノードロップの眠る場所を教えられた。
その時の旋律を覚えていたのだ。
長い年月で消失した音楽。だがそれは、セバルトの胸の内に残っていた。
ウォフタートにもその旋律が有効か分からないが、精霊であるのだから同じものでいけるのではないかと考えている。ウォフタート寺院にある楽器を使えばウォフタートを選択的に呼び出すことが出来るのではないかと。
試してみる価値はある。
その時のことを思い出して、楽譜を書いたのだが、セバルトはその楽譜を取り出し、ネイに渡した。
「そういうことか。だったら、音楽の先生だね、セバルト君」
「はは、そういうことになりますかね。今は」
ネイは楽譜を目にすると、ふっと笑った。
「じゃあ、先生、教えてちょうだい」
「はい。僕もすべて覚えているわけではないので、その音を聞きながら試行錯誤しながらになりますが。やっていきましょう」
「うん。わかってるよ。ボクも一緒に完成させる」
「それでは練習を始めましょう。僕の記憶に残る、精霊に捧げる旋律を」