優雅に楽器をひきたかった……
賽銭泥棒が僧だったとは、情けない話だが、とにもかくにも寺院の問題は解決した。とりあえず騒ぎが収まったところで、セバルトとネイと、寺院長は顔をあわせている。
「セバルト君のおかげで、無事に原因がわかった。ありがとう。今度は、ボクらがセバルト君のお願いを聞く。何か、言ってたよね」
「覚えていてくれたのですね。ええ。是非教えて欲しいことがあるんです」
セバルトは、そして、マナの現状と精霊を呼ぶための手段を探していることについて話した。
「精霊と通じる魔力を持った楽器……」
「そう。いろいろと問題を解決するためには必要なんです」
ネイが首を傾げる。
ネイもそんな物があるかどうかは知らなかった。この前舞っていたように、音楽も奉納されるということはあるのだが、そのような精霊をまさに呼び出す楽器というものは知らなかった。
しかし、その隣で、寺院長がゆっくりと肯定した。
「ありますよ」
「え? やっぱり、あるんですか!?」
「ええ」
ネイも驚いた顔をしている。寺院にいるものなら誰もが知っているというわけではないようだ。
「ですが、それが本当にそのような力があるかわかりません。記録では、ウォフタートが地上に姿を顕現させたとありますが、それが真実かどうかはわかりませんし、それに……マジックアイテムとしての楽器だけではなく、曲も必要なんです」
「なるほど……楽器だけでは用をなさない、そのための音楽が用意されなければ、ということなんですね」
「はい。楽器はありましたが、精霊に呼びかけるための言葉ともいえる音は、この寺院からも失われてしまっているのです。だから、過去を再現することもできません」
さらに聞くと、マジックアイテムを使うのは相当な魔力をもっていないとだめらしい。それら全てが揃うという事はそうそうないということで、精霊はいまだ呼び出せていいない。
「曲と奏者……それはまた、僕の方で考えます。なので、マジックアイテムだけでも揃った暁には貸していただけませんか」
「無論です。マナが異常を起こし、精霊の力が必要だというなら、惜しみはしません。きっとウォフタート様は助けてくれるでしょう。少々、お待ちください。私でなければ、形がわかりませんから」
そう微笑んで、寺院長は寺院の奥へと、倉庫の中のマジックアイテムをとりにいった。
セバルトはしばし待つ。
「……なかなか帰ってこないな」
同じ建物の中の別の部屋というだけのはずなのに、ずいぶん帰りが遅い。いい加減どうしたんだろうと席を立ちかけたとき、ちょうど寺院長が荒々しくドアを開けてきた。
開いたドアの奥には、先ほどまでは慈愛に満ちた表情だった寺院長がこめかみをヒクヒクさせていて、その隣で小さくなっているエデノルード――先ほどの横領シャーマンがいて、なーんか嫌な予感がしてきたとセバルトが思った瞬間、エデノルードがびしっと腰を折った。
「申し訳ありません! 金に困って、精霊の弦楽器、ベイルースの骨董屋に売ってしまいました!」
「……はぁああ?」
最悪の展開である。
さすがのセバルトもここまでは予想できなかった。
売ったっておまえ……という状態で言葉も出ない。
唖然とするセバルトに、寺院長が申し訳なさそうに言う。
「もう情けないやら怒りがわくやらでなんといっていいのかわかりません。救いようのない男です。さしものウォフタート様もこの男はお許しにならないでしょう」
「すいません。でも、あとから買い戻すつもりだったんですよ、本当に。質には入れたけど、金に目処がついたら本当にまた買い戻そうと。だから結局寺院に戻るから言わなくていいかなと思ったんですよ、寺院長」
エデノルードは腰を低くして卑屈な表情で言い訳をする。
だが、そんなもので簡単におさまるわけがない。
「いいわけないでしょう! だいたい当てなんてあるんですか」
「それは、こう、賭け事で一発――」
セバルトは、人の堪忍袋の緒が切れる音を聞いた。
「賭け事……ですって?」
もはや薄笑いすら浮かべて寺院長が言う。
「そもそも、寄付金を横領した原因が、賭け事の負けで作った借金返済のためでしたね。それなのに、言うに事欠いて賭け事で取り返すだぁ? わかりました。楽器の料金も、あなたのただ働き期間に追加しておきます。これであと二十年は無給で精霊に仕えられますね。シャーマンの鑑です」
もはやチンピラ風の口調にもなりつつ、寺院長がぶち切れている。
口の形は笑っているが目の奥が笑っていない。こめかみには青筋が浮き出ている。これが怒髪天を衝くというやつなんだなとセバルトは知った。
エデノルードはびびりまくっているが、自業自得。情状酌量の余地なしだろう。
賭け事で作った借金を返すために寺院の財産に手をつけ、それでまた賭け事をしてさらに寺院の財産に手をつけ……ということを繰り返していたのだ。
(ひょっとしたら他にもあくどいことをして金を稼いでいたかもしれない。いや、きっとまだ隠してるに違いない。全部吐くまで寺院の人達にこってり絞られるべきだな。そしてそのあとはせいぜい頑張ってただで働いてくれというところだ)
セバルトがどうしようもない奴だなと思っていると、寺院長によるお説教タイムが始まった。エデノルードがどんどん小さくなっていく。
と、その傍らで、ネイがセバルトに目配せした。
「どうする、セバルト君。楽器売られちゃったけど」
「買い戻しに行くしかないでしょうね。まあ、店がわかっているならなんとかなるだろうと思うしかありません。……そうだ、ネイさん」
「ん。何?」
「楽器を手に入れたその後、協力を仰ぐかもしれません。調べと奏者、それを得るために。その時は、お願いしてもいいですか」
火の精霊を呼ぶのに相応しい奏者と言ったら、もう他にないだろう。
セバルトはネイの目を見て頼む。
セバルトの頼みに、ネイは間髪入れずに頷いた。