名探偵セバルト?
ネイたちに聞いて、寄付金箱のところをセバルトは見張っていた。
もちろん本当にすぐそばにいるとばれるので、隣の部屋に一人でいる。誰も部屋に入れていないので、セバルトは感覚を強化する魔法を本来の力で使うことが出来る。それを用いれば寄付金を入れる箱のある祈祷所で何が起きているか、壁一枚隔てた程度なら音や振動だけで十分に把握できる。
しばらく待っていると、物音がした。シャーマンの一人がやってきたようだ。だが別にこれは普通は、寄付金の箱の中身を回収するために来るのは聞いている。
箱を開けて中に入っている貨幣を別の箱に移し替える音が聞こえる。しばらくすると、廊下を歩いて他の部屋へと持っていく足音が。
どこの位置で足音が止まったかはわかった。セバルトは素早く部屋を出て廊下を行く。そして今度はドアの前で耳を澄ます。
ほどなくして、お金を数える音と、紙にペンを走らせる音がした。
おそらく帳簿に記入しているのだろう。
異変はその時に起きた。
お金を所定の箱に収めているであろうじゃらじゃらという音がしたあとに、もう一度、何かの袋にまとめていれたような音がしたのだ。
しばらくして、部屋から僧が出てきた。
白髪がいくらか髪にまじっている、白目の部分が大きい神経質そうな男だ。
セバルトはすかさず隣の部屋にはいってやり過ごす。
と同時に、その部屋からネイが出て行き、帳簿をつけていた僧が廊下を歩いているところに声をかけた。
そうして気をひいているすきに、セバルトは静かに素早く先ほどの部屋に入り、帳簿を開く。
(十四万三千七百六十ラケイアか。やっぱりな)
確信すると、セバルトはその帳簿をもって、廊下に出た。
そこではネイが、部屋から出てきた僧に話しかけ引き留めている。
だが僧はそわそわした様子で、
「話はもう終わりか、私は部屋に戻るぞ」
そう言った。
だが、ネイは首を振り、
「ううん。話はこれから」
セバルトの方を指さした。
僧はそれにつられて振り返り――顔をしかめる。
「なんだ、あんたは」
「この町に滞在している旅人です。そんなことより……」
セバルトは帳簿を開く。
「寺院への寄付が少なくなっているわけがわかりました。少し大胆に取りすぎじゃないでしょうか? 十八万三千七百六十ラケイアひく十四万三千七百六十ラケイアで四万ラケイアもだと、さすがに怪しまれますよ、これは」
「な!? 何を言っている!?」
金額を口にした途端、目を見開き、声を裏返らせる。
これは露骨だなあとセバルトは苦笑いしそうになるのをなんとか抑えながら言った。
「袋のなかにお金を隠しているのでしょう。観察していたから、わかります。返してください。それはあなたのものではなく、精霊と、この寺院に与えられたもののはずです」
「何を馬鹿な、そんなものは私は……」
「絶対にあるんですよ。だって、寄付金は箱の中に十八万三千七百六十ラケイア入ってたのに、帳簿にはそれより少ない額しかないのですから」
セバルトはそこで、言葉を切って、僧の動作に注目する。
かすかに右側の懐をかばうように手を動かしていることに気付いた。
(同じだな、人も精霊も魔物も。この前の炎の化身と同じで、この男も見られたくないところ、弱点のところは、過剰に覆い隠してかえってさらけ出してしまう)
セバルトは十分な確証を持って男がかばっているところに素早く手を伸ばした。
抵抗しても、セバルトの力には敵わない。そしてすぐに、じゃらりと音を立てる袋が手に触れ、そのまま掴んで掲げる
「今この手につかんでいるのが、証拠です」
「な……な……何を! 侮辱するな! それは私の私物だ! だいたいそんなものわかるはずがないだろう。私が集計する前にいくらはいってたかなんて! 嵌めようとしているんだ! ネイ、お前もか!
眼をぎょろつかせて僧が叫ぶ。
だが騒がしくなる廊下に、廊下の角から、穏やかな声が、した。
「そのようなことはありません」
それは、老婆の声。
疑惑の僧が目を剥く。
「寺院長、どうしてここに」
「……残念です、エデノルード。あなたがこんなことをしていたなんて」
「寺院長、違います。何を言うのです。今のやりとりが聞こえていたのですね、ですがそれはこの男が言っているだけで、単なる言いがかりだ。私がそのようなことするはずないじゃありませんか」
やってきたのは、ウォフタート寺院を預かるシャーマン達の長、寺院長だった。
疑惑のかかった僧は、自分より上のものの出現に戸惑うが、しかし否定を続ける。だが、品のある老婆という風体の寺院長は、悲しげに首を振った。
「残念ながらこの方の言っていることは真実なのですよ。ここに入ってる寄付金は、私たちがあらかじめ額を記録しておいて、用意したものですから」
「……え?」
エデノルードは、言葉を失った。
ネイが口を開いた。
「ボクらはあらかじめ金額を決めて、寄付金を入れておいたんだ。昼間に参拝者がお金を入れていたのと入れ替えておいてね。エデノルードさんが来る前にこっそりと。しばらく前から調べてたんだよ。内部の誰かが、何か細工をしてるんじゃないかと、セバルトくんが。そしたらエデノルードさんが怪しいというのがわかってきた。エデノルードさんが当番の日は、なぜか寄付金が少ない傾向にあるということなんかが。でもそれじゃ偶然かもしれないから、はっきりさせるために、罠を張ったんだ。悪いけどさ。だからこれは真実。諦めてね」
あまり可愛いそうだと思っていなそうな声でネイは続ける。
「それをエデノルードさんは、ボクらが用意していた金額と違う記述をした。四万ラケイア少なく。そして、懐から四万ラケイアでてきた。これはさすがに言い訳できないと思うよ」
ネイやリリネルより少し豪華な巫女装束を着た老婆は悲しげに頷いた。
「あなたがこのようなことをやるのは非常に残念です。長い間、ともに精霊に仕えてきたというのに」
「う……ああ……」
精霊への捧げ物を盗んだ男、エデノルードは、嗚咽をもらしながらその場に崩れ落ちるように膝をつく。