賢者の子の家庭教師
「さて、どうするか」
セバルトは宿に戻って考えていた。ロムスの頼みを受けるか断るか。
そもそも教えること自体ほぼしたことがないのも躊躇する一因である。ロムスを英雄候補とすべきかというのもだが。
「……あ、そうだ。ちょうど教えるプロがいるじゃないか、この町には。その真似をすればいいんだ。それにロムスの様子も見ることができる一石二鳥の方法があるぞ」
セバルトは考えが浮かぶやいなや、善は急げと身支度をととのえはじめた。
向かうはロムスが通う魔法学校。ロムスから聞いたその場所にこっそり忍び込み、教え方を見てくるつもりなのだ。
セバルトは『不可視の玉壷』の中からフード付きの鼠色の外套を取り出した。旅をしていたときからの愛用の一品だ。
この魔法の壷の中には、旅に使ったものをはじめとして色々なものが入っている。
食料、水、油、調味料、鍋、紙、ペン、水筒、薬草、ポーション、棒、糸、衣服、杖、ナイフ、お金、靴、コップ、網やその他諸々、旅立つ時に用意したり、途中で補給した旅に使う様々な道具。
色々な人が、旅に出る際には品物を渡してくれたので、これでも減らしたほどだった。自分の商会で扱っているものを英雄に使ってもらえばいい宣伝になると思ってのことだ。
そしてまた、旅の戦利品や、帰ったあとや旅の途中に使うつもりで保存した素材なども入っている。つまりデーモンの翼などの魔物の体からとれる素材。龍樹のようなレアな植物や鉱物。聖剣や神器など旅の途中で見つけた宝物やマジックアイテム。
これらが魔法によって作られた特殊な空間に収納されている。過去から突然やってきてしまったセバルトが持っている唯一の資産だ。
これは大事に使っていかなければならないし、これら過去から持ってきた道具を利用すれば、この時代で快適な暮らしをするのにいろいろと役立つはずだ。
「実際、早速役立つな」
生徒を育てる他に、もう一つ、この時代で静かに安心した生活を約束するためにやっておかなければならないことがある。
セバルトは不可視の玉壷の空間の中をまさぐり、ワルヤアムルの鏡を取り出した。冷たい輝きを放つ鏡面が、セバルトの姿を映し出している。
セバルトはその磨き抜かれた鏡の表面に指を触れるという冒涜的な行いにでる。だが鏡面が汚れることはなく、むしろそこから波紋が広がりさざ波だった。
「前に使ったのはだいぶ昔だけど、うまくいくかな。――映されし者に、呪いを」
セバルトは魔力を与え鏡を起動させる。
精霊の名を冠するこの鏡は、もちろんただの鏡ではない。映されたものの力を奪う強力な呪いの込められた魔道具なのだ。力を愛する精霊が、他者から力を奪うために作ったとも言われるこの鏡を、セバルトは自分で自分に使う。
集中力を高め、鏡に触れたまま、じっと長時間魔力を注ぎ続ける。小一時間ほどその体勢でじっとしていただろうか、鏡が怪しく紫に輝いた。
そこで一気に大きな力を込めてやると、鏡にセバルトの姿が映った状態で固定化された。セバルトが動いても、鏡の中のセバルトはもう動かず、風景も変わらない。
「よし。成功。これで、力の封印はできた」
ただし条件つき。誰にも見られていない時のみだ。
鏡が姿を映したものの力を奪うように、他人の目が、意識の海がセバルトの姿を表面に映すとそれがこのマジックアイテムとリンクし呪いが発動し力を封じる。
発動条件がついた方が呪いは強力になるのが通例だが、それを利用し、膨大な自身の力を封印したというわけだ。もちろん、起動したのが強力無比な魔力をもつセバルトだからできたことで、他人がこの鏡を使ってもセバルトの力を大幅に奪うことはできないだろう。
「自分の全力をもって自分の力のほぼ全てを封印する。冷静に考えるとなかなかに謎な行為だ。まあそれはともかく、だいたい2%くらいまで力を減らせたかな」
2%というのはかなりいい加減な目測だが、要するにこの時代では戦える方だが、他にもそのレベルの者はいるというくらいを目指したということだ。あまりにも抑えすぎると、方々を旅してきたというのがうさんくさくなってしまうので、そのくらいが落としどころだろう。
「よし、それじゃあ行きますか」
セバルトは外套をはおり、目の部分を隠すマスクをつけた。これで万が一見つかっても誰も英雄だとは気づくまい。ちょっと怪しい普通の人だ。
もっとも、厳重な警備の魔王の居城に忍び込んだこともあるセバルトにとっては、学校に忍び込むくらいで見つかるはずはないが。
(さて、それじゃあ準備も済んだし行きますか)
セバルトは町でも一際大きな魔法学校へ向かうと、人のいないタイミングを見計らい素早く学校のまわりの塀を乗り越え、さっと入り口に忍び込んだ。
セバルトの魔法と技術をあわせて感覚を強化し周囲に広げることで、他人の気配を察知し、見つからないよう廊下をこっそりと進んでいく。
人に見られていない状態なので、自身にかけた鏡の呪いによって能力を制限されず、過去に発揮したような能力を出して隠密ができている。
(お、これは――)
入り口から少し入ったところに、一つの額に入った肖像画があった。
二つ結びのおさげで、穏やかに微笑んでいる女の絵だ。
下には名前が書いてある。『賢者ザーラ・アハティ』
ザーラ・アハティ?
セバルトははっと気付いた。
ロムス・アハティ。ザーラ・アハティ。――もしやこの人がロムスの母親か!
そして賢者と肩書きが書かれている。これまでエイリアの賢者のことは耳にしたことはある。
その賢者はこの学校とも関わりがあって、飾られているというところのようだ。
(絵だけれどどことなくロムスの面影があるような、ないような……と、いつまでも見ていてるわけにもいかないな。見つかる前に授業の偵察だ)
ロムスから聞いていた二年二組の教室へと向かう。魔法学校は三年制のようなので、ちょうど真ん中ということになる。教えるのは保留したが、少しばかりロムスとは話し、ロムスのことも聞いている。でなければ、保留を解くときに伝えようとしても会うことすら難しいから。
「あれ、いない?」
そっとのぞいた教室はもぬけの殻だった。
少し考え、それなら屋外で授業をしているのだろうと気付く。
外套を羽織りなおし、セバルトはエイリア魔法学校のグラウンドへと向かう。
植え込みに身を隠して様子をうかがうと。
「お、当たり。ロムスくんがいるな」
グラウンドにロムスの姿があった。他にも子供が多くいて、おそらくは魔法学校のクラスメイトだろう。担当の教師らしき姿も見えるし、外で授業をやっているようだ。
ちょうどいい、マナによって強化した目にも耳にも自信がある。ということで、セバルトは植え込みの中から、その様子を見始めた。