クエストにはよくあること
「突然失礼します。精霊を呼び出すような物に心当たりはないでしょうか」
エイリア魔法学校、応接室。
そこで、セバルトは白い髭の教員と向かい合っていた。
「精霊と、いいますと。ずいぶん突然ですね」
「ええ。ですがことは急を要する……いや、そこまで要しないかも……? いやいや、だけど、とにかく精霊に会った方がいいんです」
「ふむ。あなたは以前にも世話になりましたし、教えられました。こちらも恩返しできるならしたい気持ちはあります。しかしなぜ精霊に?」
「それは――」
セバルトが精霊に会おうと思った理由、それは、精霊の叡智を当てにしてのことだ。過去にウォフタートではないが、精霊と実際に会ったことがあるのだが、人間では知り得ないことを知っていた。
それゆえ、現在の異常事態を解決する方法を知っている可能性もあると考えたのだ。
それに……ネイの体に面倒なものを取り付けて厄介事を押しつけたのだから、それくらいの奉仕はしてもらわなければならない。ということである。
そんなことをオブラートに包みつつ、白い髭の教員――エイリア魔法学校校長に話した。
「なるほど、たしかにこの頃の異変は看過できるレベルを超えてきたやもしれません。どうにかするべきという意見には賛成です」
「それなら、協力していただけるんですね」
「……いえ。そうしたいのですが、精霊と会話をするための魔法や魔道具など、私たちは聞いたことがありません。ここにもそんなものはおそらくないと思います」
「そうですか……」
セバルトは内心でがっかりした。
顔にも出ていたかもしれない。
先日訪れた時に、色々な保管庫があると言っていたから、何かあるんじゃないかと思っていたのだが、当てが外れた。
「残念ですが仕方ありません。精霊に会うなんて簡単なことではありませんしね。それに必要なものが都合良くあることなんてそうそうないでしょうから。それでは、失礼いたします」
「あ、待ってください」
立ち去ろうとしたセバルトを、校長が呼び止めた。
振り返ると、続ける。
「賢者ザーラの元に行ってみてはどうでしょうか。彼女は私のかつての教え子でもありますが、今は私よりもずっと魔法に精通しています。何か手がかりが得られるかもしれません」
「賢者――そうですね、たしかに、そのとおりです。助言ありがとうございます。早速行ってみます」
セバルトは魔法学校を出て、アハティ家へと向かう。
「申し訳ないです、セバルトさん。そのようなものがあるかどうかは存じません」
ザーラは在宅中だった。
セバルトが尋ねると快く迎えてくれた。
だがしかし、賢者ですら精霊を呼び出すマジックアイテムや魔法を知らなかった。
「そうですか。いえ、突然すいませんでした」
「最近の問題を解決する鍵が精霊にあるということなのですね。それでしたら、なんとしても知りたいところですね」
ザーラも額に手を当て、考え込む。
と、急にぱちりと大きく目を開いた。
「寺院に行ってみてはいかがでしょう」
「寺院……なるほど。でも実際に会うためのものがあるんですか」
「確証はありませんし、私も実際に見たことはありません。ですが、ウォフタート寺院では過去に精霊ウォフタート様が降臨したというお話があります。それに、精霊と交信するためのマジックアイテムがあると聞いたことがある……ような記憶がかすかにあります」
「本当ですか!」
「そう意気込まれると自信がなくなってしまいます……けれど、聞いてみて損はないと思いますよ」
セバルトは頷いた。
たしかに、どうせ自分は暇人だ。寺院に行くくらいいくらでもいける。
「もし何かあれば、教えてください、セバルトさん」
「ええ。わかりました。それでは、ありがとうございます」
そしてセバルトはアハティ家を後にした。
残念ながら、ザーラでも精霊に関する知識はなかった。だが手がかりは得た。寺院に何かあった気がするという。
(しかし、色々な場所にたらい回しにされてる気がするな。何を最初に求めていたのかそのうち忘れてしまいそうだ)
そんなことを考えながら寺院にセバルトが向かうと、祈祷所にネイとリリネルの姿が見えた。
早速声をかけると、なにやら不穏な雰囲気である。
これはいきなり用件を伝えても、上の空であとまわしにされそうだとセバルトは判断し、挨拶をしてから、まずはその雰囲気をなんとかすることから入ることにした。
「最近、寺院はどのような感じなのでしょうか」
「ちょうどそのこと話してたんだよぉ」
と、早速リリネルが乗ってきた。
やはりよくないことがあった話をしていたらしい。
「最近、寄付がなんだか少ないんだよねぇ」
リリネルが不思議そうに言った。
「寄付が少ないとは人があまり来ないということでしょうか」
300年の間に信仰心が薄くなったのだろうか。
と、セバルトは思ったのだがリリネルは首を振る。
「そうじゃなくてぇ」
「来る人の割に、寄付が少ない。全部見張っている訳ではないけど……ボクらの忙しさは変わらないのになぜか寄付金の箱の中身が減っている時がある」
「世の中不景気ってことでしょうか」
「別に最近特別に不景気になったってこともないと思う」
ネイが言う。
セバルトはちょっと考え、口を開いた。
「だれかがちょろまかしているんでしょうね」
一瞬沈黙が広がり、ネイが口を開いた
「やっぱり、そういうことになるかな。ボクもうすうすそういう気がしてたんだけど、もしそうだとしたら……言いだしにくくて」
誰かの人の手によって寄付金の中身が抜かれているというのならば、内部犯の可能性が高い。それを言うのはなかなか確信のない状態では難しいところだろう。
部外者のセバルトだから気軽に言えたというところはある。
だが、このようななぜか物が継続的になくなる場合というのはまず間違いなく内部の関係者の仕業だ。味方の振りをして近づき、すぐには気付かれない程度に吸っていく。そういう手を使う輩はいるのだ。
「それに、もしそういうことを言い出したとしても、確かめる手段がないんだ」
ネイは続けた。
リリネルも何度も頷く。
「結局、確かめられないのに言ってもみんなを無駄に心配させるだけになっちゃうから、根拠があってからの方がいいかなぁって話してたんだよ」
「なるほど、それはもっともですね。……それなら、見張ってればいいんじゃないでしょうか」
ネイは何を言ってるんだこの人は、というように、首を大きく地面と平行に極めて正確に平行に横に振った。
「見張られてたら悪いことをしないと思うよセバルトくん」
「ものすごく真っ当な指摘だと思います。でも、監視というのは、本当にすぐそばで見張る以外にもやり方はあります。僕にまかせてくれないでしょうか?」
ネイはちょっと驚いた顔をしたが、でも確かにセバルトならできるとしても不思議は無いという風に小さくうなずいた。
「でも、いいの? セバルトくんはシャーマンでもないのに」
「いいですよ。この寺院は人々の心に平穏を与えています。平和のために役に立っています。ならば、私も僕はそこに協力するのは必然です。もしお金がなくなって寺院が運営できなくなってなんてことになったら困りますからね」
「わーお、いい心がけ。ありがとう」
リリネルはうれしそうにのほほんと言う。
セバルトは、にぃっと口角を上げて、忘れずに付け加える。
「お礼と言ってはなんですが、解決した暁には、一つ、お願いしたいことがあるんです」