実食タイム
「ぼりぼり」
「ぽりぽり」
「ぱりぱり……うまい」
巣の場所を記録して、町に戻ってきた三人はセバルトの家にやってきていた。
もちろん、蜂蜜を味わうためであり、まずは巣蜜――蜂の巣に入った状態の蜜を直接食べているところだ。
「こういう食べかたもあるんですね」
「ええ。栄養も豊富で食感も変化があって、いけるでしょう。内側は柔らかいし、清潔ですから。巣蜜って言って、こっちの方が美味しいって人もいるくらいです」
「へー、巣蜜」
ぺろりと、メリエが指についた蜂蜜を舐める。
セバルトの家のキッチンで、三人が、立ったまま並んで蜂蜜をなめている。
「本当に普段の蜂蜜と違う感じがする。濃くて、でもフルーツっぽい風味がする感じ? これが花の違いなんだ」
「それと、蜂の違いもありそうですね。蜜の濃縮具合が蜂によって異なるとか。これは濃いから、水分を飛ばしたりしてるんでしょう。……さてさて、堪能したところで、作りましょうか」
「そうですね! やりましょう! いきますよー」
ザーラがぐっとこぶしを握り気合いを入れる。
蜂蜜を使ったお菓子を作ってくれるというのだ。お礼はもちろんまだまだたっぷり残ってる蜂蜜だ。
セバルトはネウシシトーではポピュラーなお菓子の作り方を見物することにした。肉は焼けてもお菓子には詳しくはないのである。
まず小麦粉で生地を作る工程。これはやり方を教えてもらい、水を混ぜてひたすらコネコネするのはメリエとセバルトが受け持つ。
その間に、ザーラは酸味の少ないチーズをこねて、蜂蜜をたっぷりと混ぜ込んでこねて、甘いチーズペーストを作る。
そして生地とチーズペーストができたら、それを交互に重ねて層状にしていき、最後に形を整えて箱のような形にする。
ここまで来たらあとは焼くだけだ。
油を塗ってかまどに火を入れ、じっくりと焼いてエイリア名物チーズと蜂蜜の焼き菓子の完成。
焼き上がったら、食べやすいサイズに切り分ける。
時間をおいても食べられるが、やはりできたてだ。
「おおー、このお菓子って見たことはあるけどこうやって作るのね。あー、いいーね。甘い匂いがしてくるよ」
表面はきつね色に艶があり、切断面は、チーズペーストと小麦粉の生地がきれいな層を作っている。香ばしく甘い匂いが、ふわっと漂ってきた。
メリエが幸せそうに鼻を鳴らしているなか、テーブルに出来上がった焼き菓子を置いて、いざ食べる準備が整った。
三人はテーブルを囲み、そして。
「それじゃあ、食べましょうか」
「はい。いざ」
ぱくりと一斉に口に入れる。
「おいしい!」
「おいしいですね、これ」
蜂蜜とチーズのペーストがまったりとした濃厚な甘さで、それと生地の食感がマッチしてかなりイケてる。
それらが何層にも積み重なっているものを噛むと、じわっとにじみ出てくる甘い味わいに、セバルトは顔をほころばせた。
(ああ、これだよこれ。こういうのが食べたかったんだ。蜂蜜採りに行った甲斐があったなあ、うんうん)
感慨とお菓子を噛みしめながら、セバルトはしみじみ思う。
ザーラとメリエも幸せそうな表情で食べて、あっという間に一切れ食べ終わってしまった。
「ふう。自分で言うのもなんですが、おいしかったですね。やっぱりちょっといい蜂蜜をとりにいっただけあります」
「うんうん。ザーラさんもさすがだねえ。魔法も料理もできるとは」
「ありがとうございます。でも蜂蜜を見つけてくださったからこそですよ」
ザーラがセバルトに目を向けて言う。
セバルトは軽く首を振る。
「そんなたいしたことじゃありませんよ。それに蜂蜜だけじゃこんないいものは食べられませんし。また食べたいですね」
「またですか? ……もちろんですよっ、セバルトさんっ。そんなに喜んでもらえたらとても嬉しいです。いつでも言ってくださいね、すぐ作って差し上げますから」
満面の笑みで食い気味に言うザーラ。
よほど褒められて嬉しかったのかとセバルトは思いつつ、ナイフを手に取り、
「もう一切れ、食べちゃいましょうか?」
「賛成~」
セバルト達は、心ゆくまで甘味を味わったのだった。
「今日はありがとうございました。ただの素材採りが楽しい時間を過ごせました」
「こちらこそ。ザーラさんがいたおかげでこんなお土産まで」
たっぷり作ったので、食べた分以外は作ったお菓子をそれぞれ家に持ち帰ることにしたのだ。蜂蜜も分配して、元々ザーラが探していた素材を得ることもできて万々歳というところだ。
「これくらいなら、お安いご用です」
ザーラは笑顔で頷く。
と、ちょっと視線を外して考えるようなそぶりを見せてから、言葉を継いだ。
「もしよければ、また何か作りに来させていただきます」
「いやそれはさすがに申し訳ないというか」
「全然! セバルトさんだってうちに来てるんだから、お相子です。平等です」
(たしかに家庭教師で教えに行ってはいるけど、それはお相子なのだろうか?)
疑問に思うセバルトだが、ぐっと近づいてきたザーラの勢いに、そのまま頷いてしまう。
「あ、はい。それじゃあお願いします」
「ええ。お任せください。なんでもお世話しちゃいますからね」
どん、と自分の胸を叩くザーラ。
メリエがそれを見てほーと頷く。
「賢者は世話好きだったのね。なかなか実際に話してみると有名な人も意外な一面があるものなんだね」
「ええ。そうです。それでも、仲良くしてくれると嬉しいです」
「もちろん! ……じゃあ、そろそろ帰るね先生。ザーラさんもありがと、美味しかった。ものすっごく!」
「そう言っていただけると嬉しいです」
「これで明日からのやる気も上がるってもんよ! うちに帰ってからも食べられるし。それじゃあね、また今度の授業で!」
「失礼します、セバルトさん」
そうしてザーラとメリエは帰っていった。
セバルトは見送り、家の中に戻り、残っている蜂蜜を一舐めする。
「ああ……甘い。自分で取ってきたとなるとおいしさもまた格別かな」
セバルトは満足の息を長々と吐いた。