生徒同士の交流
「あ、先生、レカテイアさん、こんにちは」
レカテイアとともに街を歩いていると、偶然ロムスに遭遇した。
格好を見るに、どうやら魔法についての本を買ってきた帰りのようだ。
「こんにちは、ロムス君。この前は名前だけしか紹介してませんでしたが、実は彼も僕の生徒になったんです」
「え、そうなんですか? はい、よろしくお願いします」
「ま、そういうわけだからあらためてよろしく。俺はまあ探検家みたいなもんかねえ? センセイは色々詳しいみたいだから、ちょいと聞きたくてね」
レカテイアは帽子の位置を片手で直しつつ、もう片方の手でロムスと握手をした。
ロムスの方も前より詳しく自己紹介をすると、レカテイアはふむふむとあごに指をあてながら頷き。
「へぇー、魔法使いなんだ。確かに魔法使いっぽい格好してるね、兄ちゃん。魔法っていいよなあ。俺はあんまり使えないからさ、憧れるね、かっこいいねぇ。うまれつきの技は代わりに使えるけど」
ロムスはちょっと嬉しそうに頬をゆるめつつ、首を振った。
「格好いいだなんて……まだまだ修行中です。……ところで生まれつきの技とは何でしょう?」
「おっととっとー。それはまあ、色々企業秘密というか自然の摂理というか? そういう技だから説明できないんだよね、ごめんだけどさ」
ロムスはちょっと不思議そうな顔をしているが、深くは突っ込まない。セバルトはほっと胸をなで下ろす。メリエだったら「もったいぶらないで教えてくれたっていいじゃない」とか言いそうだ。
まあ、正体がばれてもさすがにいきなり退治しようとすることはないだろうとセバルトも思うが、とはいえ多少は心配でもある。
「魔法かあ。今度教えてほしいね。俺、世間の常識があんまりないからさ、そういうのも物知らずなんだよね。兄ちゃん、仲良くしてくれよ」
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします。……なんだか、セバルト先生の生徒の方は皆さん気軽に話しかけてくれるので、ありがたいです」
「ん? いわゆるあれ? 人見知りってタイプ。だいじょぶだいじょぶ、俺はそういうの気にしなくていいから」
無意味にくるんとその場で一回転したレカテイアは。表情はなんだか締まりのない笑顔を最初から浮かべっぱなしだ。だがロムスにとってはそれがちょうど緊張がほぐれるらしい。
「そういや、メリエっていう女剣士も生徒だったっけか。凄かったよな、この前。魔法も教えて剣も教えてるなんて、センセイってオールマイティだよなあ」
「そうです。凄いんですよ、先生は。僕もメリエさんも、先生に教えてもらったおかげで、大人の魔法使いの人達にも負けないくらいの腕前になったんです。全然だめだったのに。凄いんです」
レカテイアは感心した視線をセバルトに向けた。実際、ロムスとメリエの力は自分の目で見ているから。
それくらいで話を切り上げて、セバルト達はロムスと別れ、町を再びしばらく歩き、解説し、そしてレカテイアに人間の町を教える授業の第一回が終わった。
授業が終わったレカテイアは宿へと戻っていく。セバルトが最初の頃とっていたよりかなりグレードの高い宿をとっているらしい。持ってきた宝石がたくさんあるので、お金には困らないとか。さすがは竜人、光り物は貯め込んでいるんだなと妙に感心するセバルトだった。
「おはようございます」
「おはようございます。……人間はこう言うんだよな?」
「うん、そうそう。挨拶は実際大事」
初めての授業から数日後、セバルトはレカテイアに人間の暮らし方の先生としての授業を再び行っていた。今日の授業はまず挨拶。
人間関係は挨拶に始まり挨拶に終わる。すでにどこかで誰かが言っているであろう格言だ。
挨拶をしたら、その次は食べ物に関してのことをやる。
食器の扱い方や、一般的に食べるものや食べないものなど。
説明を聞いたレカテイアは、歯をカチカチと鳴らした。
「なるほど、人間は穀物をよく食べてて、畑でそういうのを育ててると」
「そうです。まあ、あれこれ話しましたけど、食べ物に関してはそんなに変に思われることもないと思います。竜ってダメなものってありますか?」
「いんや、特に何もないね。竜の胃袋は丈夫なのよ。肉だろうが野菜だろうが石だろうがなんでも食えちまう。まあ、大抵焼いたり煮たりするけど」
「それはもういいですから。というか石をかじる人に言われたくありません。しかし、さすがに石を食べたら変な目で見られるし、人間じゃないとバレそうですね……」
セバルトがやけに真面目に言ったのが面白かったのか、レカテイアはにやっと笑った。
「へへ、さすがに石は俺たちでも普通は食わないって。マナをたくさん含んでる石を、補充のために食うことがあるってはなしさ。ま、そういうのは隠れて食うことにするよ。……そうだ、センセイも強いんだったら、食えるんじゃないかい、石? いくつか持ち歩いてるんだ。ダマスクスとかミスリルとかあるけど、一かじりいっとく?」
「いえ、僕は遠慮しておきます」
レカテイアは荷物袋の中から、親指サイズの青っぽい石を取り出すと躊躇せず口の中に放り込みバリボリと飴をかみ砕くみたいに食べた。
意外と味があるのだろうかとセバルトもちょっと気になってきたが、さすがに食べるのはやめておこうと考え直す。頑張れば食べられる気もするが。
その後、泊まっているところにカーテンやついたてをつけて、部屋でくつろいでいるときに人に見られないようにという配慮することを伝えた。
本人曰く、竜の形態をとってだらだらすることもあるらしいので。そんなもの見られたら大騒ぎになるのは間違いない。
「魔物でも平気で過ごせたら、楽ちんなんだけどさあ」
とはレカテイアの言である。
まったくもってその通りだとセバルトも同意する。仲良くできるものならば、その方がずっと平和に平穏に過ごすことができるだろう。
それからも町をまわって授業を行い、セバルト達が最後に訪れたのは、寺院だった。
「いやあ、俺が行ってもさあ」
「あなたの意見も助けになったのですから、礼を言われる権利はありますよ。こういうことにも慣れておかないと」
「慣れるって、別にこの先こういう機会がある予定もないけどなあ、俺って」
(英雄になれば機会もあるんだよね、これが……疲れてるから家でゆっくりしたいのに、偉い人からの感謝の会が開かれたからありがたそうに表彰されなければいけないときも)
まっこと人の世のしがらみは面倒なものである。
助けた方が助けられて感謝している相手に気を使って相手を喜ばせるよう行動しなければならないなんて、よく考えたらおかしな話だが、しかし感謝への対応をないがしろにすればどう思われるか、明々白々。
誰にも気にされずプラスにもマイナスにも思われないのが一番気やすいということをセバルトは学んだ。
「まあ、観念してください。寺院に興味があるなら、恩を売るチャンスだと思って」
と言いながらレカテイアを押していき、寺院に到着。
着いた頃には観念したレカテイアと寺院を見ると、敷地内にある畑で、見覚えのあるサイドテールが揺れた。
セバルトとレカテイアが雑草を取り除いているらしいネイを見ていると、すぐに気づき、小走りで近寄ってきた。
「来たんだ。今日はどうしたの」
「どうしたということもないけど、この人を紹介しようと思いまして。先日私に解決方法を教えてくれたというのがこのレカテイアさんです。話していましたよね、もう一人の協力者がいたこと」
そしてもう一度詳しいことを説明すると、レカテイアも観念したのか、自己紹介を行った。
「どもども。レカテイアって云う旅人さ。なんにせよ問題が解決したらよかった」
「君が僕の精霊を……ありがとう。とても助かったよ。おかげで今こうやって寺院にいることができる」
ネイは深々と頭を下げる。レカテイアはへへっと頭に手をやって笑っている。
と、その体制のままレカテイアは寺院の畑にキョロキョロと見渡す。
「ふーん、精霊の寺院で畑まであるんだな。何か作物を作ってるの?」
「なるべく自給自足するのが寺院の基本だからね。鳥とか豚とかもいるよ」
ネウシシトーの精霊信仰には、食物的な戒律は特にない。むしろ、現世での享楽を推奨している。よく食べよく飲みよく遊び、精霊とともに楽しみを共有することが精霊の喜びでもあり心に適うというのが理由だ。
むしろ、その方が精霊の為により尽くすことができるという考えである。
だから、リリネルが踊った謎の舞も効果は定かではないが、理念としては敬虔な信者のものなのである。センスが実際に精霊を楽しませられるものだったかどうかは疑問だが。
「へぇー……」
じっと、畑の一角をレカテイアは見つめた。
「どうかしましたか、レカテイアさん」
「いいや……畑に食物の種とか植えられないかなって思ってさ」
セバルトはほうと目を開いた。
魔物が持ってきた食べ物である。おそらく魔領のものなのだろうが、どんなものが実るのか、なかなか興味深い。
「俺は旅をしているんだけどさ、ちょっとこの辺には無い野菜とかを持ってるんだ。もし育てるなら分けてやってもいいって思ってね。というかまあ、俺もこの辺で故郷の味を食えるなら願ったり叶ったりだしな」
なるほどそれで栽培をすすめようという腹かとセバルトは納得した。
ネイも面白く思ったようで、試しにやってみようということになったのだった。