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穏やかな一日

試練が終わり、ひとしきり喜んだメリエがセバルトに尋ねてきた。


「ねえ。先生はすぐに気付いたの? あいつの弱点」

「ええ。もっというならば、腕を一本切った時点で炎の勢いが変わったことには気付きましたし、腕を切る前から、コアの周りだけ炎の密度が違い、何かを守るように厚くなっていることにも気付いていました」

「……あとからだからって、大げさに言ってない?」

「ふふふ、さあどうでしょうね」


 疑いの目を向けてくるメリエと、尊敬の眼差しを向けてくるロムス。

 セバルトも達成感を感じつつ、不敵に笑ってその視線を受け止めていると――。


「っと、危ない」


 炎の巨人が消えてから呆けたように立っていたネイが、操り糸が切れたように、よろめき倒れそうになった。

 セバルトはかけより、その身体を支えた。


「あ……セバルト君……そうか、ボク。……大丈夫?」


 同時に、ネイが人心地ついた。

 セバルトが励ますように言う。


「大丈夫ですよ。精霊の力はすべて散らしました。もう溢れはしません」

「大丈夫かは、君達のことだよ」


 ネイはそう言うと、セバルトの腕の中で顔を上下させ、セバルト、メリエ、ロムスをじっくりと観察する。そして見える範囲に何も傷などないことを確認すると、安心した表情になった。


「よかった。みんなどこも怪我してないみたいだね。服の内側とか見えないところも大丈夫だよね?」

「ありがとうございます。ですが心配は無用ですよ。擦り傷一つありませんから。僕の教え子は結構強いんです。それに周りも見てください。ほとんどなんの被害もないでしょう」


 ネイはまた首を伸ばして周囲をうかがい、頷いた。森が火事になったりということもなく、戦闘領域の地面が焼け焦げた程度である。

 そして、目だけをセバルト達に再び向ける。


「ボクのこの力は、ボクが知ってる中で一番大きくて、一番凶暴で、誰もこれを止められないと思ってた。だから、怖くて仕方なかったんだ。もしボクが自分を抑えられなくなったら、もう、どうしようもないって。いろんなものを壊してしまうって。……でも、そうじゃなかったんだね。ボクを止められる人がいたってことに、なんだかすごく安心したよ。ありがとう、みんな」

「ふっ、礼には及ばないわ。当然のことをしたまでだからね、あたしの実力的にも楽勝だし。だから、何も気にしなくていいのよ」


 メリエがセバルトのわきから、ネイをのぞき込むようにして言う。

 ロムスも頷き、ネイは二人にやわやわと手を伸ばし、握手をするように触れた。


「先生が僕らを鍛えてくれて、今もアドバイスをしてくれたからこそです」

「僕はたいしたことはしていませんよ。実際に頑張っていたのはロムス君とメリエさんです」


 ロムスが言ったことに、セバルトがそう返すと、ネイはセバルトの手にも触れ、染み入るような声を出した。


「ありがとう――」


 そういうと、緊張の糸が切れたように、ネイは顔をセバルトの胸に預けてもたれかかる。


 ここに来てよかった。


 ネイの姿が母親の胸の中で安心して眠る赤子のように安らかに見えて、セバルトは、メリエは、ロムスは、三人ともが心の底からそう思うことができた。


「ええ、そうです。ここには自分以外に頼れる人がいる。それを、覚えていてください。だから、ネイさんはもう不安に思う必要はありません」

「うん……」


 言葉尻がぼやけ、言葉も少なくなる。


「そうよ、シャーマンさん。この町にはメリエ=ゼクスレイありなんだから、困ったときにはなんでも頼んでいいんだからね。なんといっても現代の英雄志望だから」

「うん、ありがとう。心強いよ。……君も」

「え、い、いや、僕はその、あの」


 と、ネイが身じろぎしてロムスの方を見ると、やたらとロムスが慌てふためいた。どうしたのだろうとセバルトが怪訝に思ったそのとき。


「……ああっと! ちょ、ちょっと待ってください」


 セバルトはネイを抱きかかえたまま、あたふたと自分のまとっていた外套を脱いだ。そして抱きかかえたままのネイの体に器用にかぶせる。


「すいません、気が利かなくて。私の使っていたもので、申し訳ないのですが、他にないので」


 そう、ネイの衣服は自らの炎に全て焼き尽くされていたのだ。一大事で気にしていなかったが、落ち着いたら落ち着かなくなるのも当然だ。


(ロムス君には刺激が強かったかな……というか俺もだけど。危ないところだった。先にロムス君が動揺していなければ、こっちが先に動揺してクールに外套をかぶせるのを失敗するところだったな、ふぅ)


「いいよ、全然。セバルト君に包まれてるみたいで、安心する。まあ、でも、裸のままでもよかったよ」

「笑えない冗談です」

「真面目だよ。あんまり気にしないし」


 ネイはいつものように少し眠そうな目でセバルトをじっと見つめると、外套の下で体をなんだか喜んでいるようにクネクネと動かしながら言う。


 メリエが「おお……ご立派……」と感心した顔で、動きに合わせてちらちら外套の隙間から覗く胸の谷間に注目する。


(たしかに、かなりご立派なものをお持ちだった。これが教師の役得……! って違う違う。ロムス君にはちょっと教育的ではないかもしれない、けしからんな……!)


 などと義憤に燃えたりしながら、セバルトは生徒達が試練を乗り越えたことに喜び、また自身がそこまで導けたことの達成感をじっくりと味わっていた。




「あ、ネイネイ! 帰ってきたんだねぇ!」

「うん、リリネルちゃん」


 着替えを済ませて、セバルトはネイとともに寺院に帰ってきた。

 すぐさまリリネルがネイに抱きつく。ぎゅうと抱かれて、頬ずりをされるがままになっているネイの様子はなかなか面白い。


「ありがとう、セバルトくん。ネイネイを戻してくれて。精霊は鎮まったんだよねえ」

「ええ。もう当分心配ありません」

「よかった~。ずっと一緒だからね」


 リリネルは涙を浮かべながら笑っている。

 ネイもほっとしたように微笑んでいた。


「これにて一件落着ね、先生」


 その様子を見ていたメリエも、目を潤ませていた。

 意外な一面を見つけたセバルトは、


「はい。あなた達の頑張りのおかげです。さすがに疲れたでしょう、今日はゆっくり休んでください」

「はい。もうからからです。喉も、魔力も」


 ロムスがぐったりとした声を出した。

 さすがに限界らしい。精霊の化身を相手にしたのだから、当然だろう。むしろくたくたになるくらいで済んだのは凄いという話だ。


 セバルト達は、ネイ達に別れをつげ、寺院をあとにした。お礼の言葉をいつまでも背中に受けながら。

 そして各々の家へと帰っていき、しばしの休息をとる。

 明日はまた穏やかな一日が送れるだろう。

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新作【追放されたからソロでダンジョンに潜ったら『ダンジョン所有権』を手に入れました】を書き始めました。 ダンジョンにあるものを自分の所有物にできる能力を手に入れた主人公が、とてつもないアイテムを手に入れモンスターを仲間にし、歩んでいく物語です。 自分で言うのもなんですが、かなり面白いものが書けたと思っているので、是非一度読んでみてください!
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