アバター
***
「二人に、話があります」
それは、昨日のこと。
セバルトはロムスとメリエを呼び出し、ネイのことを話した。
その予測される力、危険性について。そして、彼女を助けるために力を貸して欲しいということを。
テーブルを挟んで向き合いながら、二人は真剣な面持ちでその話を聞いていた。
「やるかどうかの判断はお二人に任せます。これまでの授業を見る限り、勝てない相手ではありません。しかし相手――炎の精霊の化身はかなりの強敵であることが予想されます。危険も大きい」
セバルトは、ネイと相対したときに感じた力から予測した、また精霊と会ったときの経験から戦う相手の力を二人に話す。
「ですからゆっくり考えて――」
「やります」
「やるよ」
即答だった。
セバルトは虚を突かれた思いで二人を見返すと、二人は真剣かつ確かな覚悟をもった顔つきをしている。
「その巫女さんって、あたしも見た人でしょう。困ってる人を助けるために身につけた力、我が身かわいさに惜しんでたら何が英雄かって話よ」
「僕も――これまでずっと魔法で何も出来なかったから、僕の魔法で何かをできるというなら、やりたいです。それに、これまでの成果を出す機会なら、示したい」
(なるほど、何度も確認するのは無粋か)
生徒達の頼もしさを、セバルトはありがたく受けることにした。
(ただ、何かしらの見誤りがあったなら、俺が盾になることになる。そうでないことを、精霊に祈るとしよう)
「わかりました。危険があれば全力で僕も守りますから、存分に力を発揮してください」
「ええ。でもその心配はないはずよ」
「はい。先生が大丈夫と見積もったのなら。これまで、先生から間違ったことは教えられてませんから」
ロムスとメリエは、迷いなくそう言った。
セバルトは、笑みを抑えきれずに答える。
「あんまりプレッシャーかけないで欲しいですねー……ありがとうございます。それでは、やりましょう。人と町とを救うため、そして、これまでに学んで来たことがどれだけ身につけられたかの試練でもあります」
「はい!」
「はい!」
一人の女性を救う。
そんな英雄的行動を、英雄候補の生徒達が行う。
今やらずしていつやるか、という試金石。
彼ら未来の英雄の力、存分に発揮してもらう時だ。
***
その後、計画をレカテイアに話すと、驚いてはいたが、セバルトが二人の力は確かだと言うと納得した。『センセイがやる男だってことはわかってる。そのセンセイが認めてるなら信じるさ。俺は離れた安全なところから見させてもらうぜ』と言って。
その言葉どおり、今も十分離れた木陰から、こちらのことをレカテイアは見ている。何かあったら助けを呼びに行くと言っていたが、結構安全マージンを確保するタイプらしい。
「――そういうわけで、この二人があなたの炎と戦います」
「あの炎は凄い力を持ってるよ?」
「大丈夫です、彼らなら。少しだけですけれど、彼らの力を見せます。信じてもらうためには言葉だけでは足りないでしょうから」
セバルトが合図を送ると、ロムスが魔法を編む。
炎の精霊に対抗できる強さを見せるように、水の魔法を。
『アクア・スフィア・ヒュージ』
ロムスが使ったのはシンプルな魔法。きわめてシンプルな水を呼び出すというだけの魔法だが、その量がとてつもないものだった。
素早く編まれた魔法図に反応し、直径五メートルほどの巨大な水の塊が平原に出現した。
ドーム状にぷるぷると風に表面を揺らす水塊にネイは言葉を失ったようで、何が起きたかわからないような顔で、釘付けになっている。
「魔法で、こんな量の水を?」
「はい。もう少し大きいのも作れると思います」
ひたすら大きくすることに特化させるように『アクア・スフィア』をカスタマイズしたものだ。ロムスはうまくいってよかったという顔で魔法を維持している。
すると今度はメリエがそれに手をかけた。
魔法によって水は塊のまま維持されていて、岩石弾を防いだ時のように弾力を持った固体のようになっている。
それをメリエが腰を入れてぐっと力を入れる。と、巨大な水の塊が、地面から1メートルほども上に持ち上げる。
ネイが目を見張った。
「ぐぐぐ……さすがにちょっと重いかも。でも、これくらいなら私のパワーで十分いける。てえーい!」
そして水球を投げ捨てた。
地面が揺れるほどの音をさせぶよんと地面で一度跳ねてから、水球は弾けて水しぶきとなった。メリエは得意げに鼻息を荒くし手を払う。
「ね? とりあえずこれで彼らの魔力と腕力を少しは分かってもらえたと思います」
「……この子達も、精霊の加護を受けてるの?」
「いえ、自前の力です。ですが、精霊の炎にだって負けないほどです。……彼らは、ネイさん、あなたの炎には負けない」
ネイは、はっとした表情になって、セバルトの顔を見つめた。
この人は自分の心を見透かしていると、そう思った。そして、本当にこの人の教え子なら自分を止めてくれると、その言葉を信じることができた。
なぜなら、セバルトはネイの心も力もどちらもわかっていて、それでいて、セバルトのまとう空気は、一切揺らいでいないから。
「私たちの胸を貸してあげるから、遠慮せず燃え上がっちゃって」
「巫女様を悩ませている力、僕らが必ず鎮めます」
そして彼の教え子だという二人の瞳もまた、揺らいでいないから。
だからネイは、自分の力を解放する。
どの人間よりも強く危険だと信じていた力を。
幼い頃以来、はじめて炎を点すために。
「お願いするよ」
炎の印が赤く輝き始めた。