炎の試練 3
セバルトは事情を理解した。
三百年の間にじわじわと、ある種の危険をはらんだ状態になっていたのだ。
理解すると同時に、セバルトは少し申し訳ない気持ちになってしまう。もしそれが原因でネイが辛い思いをし、今一人でいるというのなら、それも自分のせいではないか、と。
もちろん魔物と戦ったことが、悪いことだとは思っていない。だが、原因が自分にあるのは言い逃れられない。行為の良し悪しは別として。
だから自然と解決策に思考は及んでいた。
「過剰に溜まったマナを放出すれば、彼女が制御できるレベルまで下げることができると考えてよいのでしょうね、おそらくは」
「ああ、俺もそう思うよ。でも、放出させるってことは、つまりは……」
「ええ。暴走させるということです」
いつ溢れるかわからないというならば、あえて溜まったものを全部外に出してしまえばいいい。そして水位が下がれば、当分は危険はなくなる。
意図しないタイミングで暴走してしまっては危険だが、準備をしっかりした状況でわざと暴走させ、それを受けとめればむしろ安全なはずだ。
(――それに、街道近くで見つけた魔神の力の欠片。あれも影響しているかもしれない。マナが過剰で危うい状態にあるところに、あの歪んだ瘴気が作用して、ボーダーラインを越えた。とは考えられないか)
あれ自体がマナのバランスが崩れた結果という可能性もあるが、いずれにせよああいったものと過剰なマナ、両方があればいつ何が起きてもおかしくない。
だとしたら、この機会に彼女の印を媒介として溢れそうなほど溜まったマナを処理しておくことは、彼女のためだけでなくこの地域の安全のためにも重要と考えられる。
それはまさに、英雄的な行動ではないだろうか。
「まぁ理屈では確かにそうなんだけどさ、センセイ。炎の精霊の力を一身に受けてる巫女の暴走って言ったら、相当やばいんじゃないのかい?」
「竜のあなたでもそう思うのですか」
セバルトが尋ねると、レカテイアは瞳孔を開き首を何度も横に振った。帽子がとれそうになるほどに。
「そりゃそうだよ、無茶言わないでくれって話さ。竜といってもさすがに精霊には勝てる気しないって、無理無理。だからさ、溢れさせるにしてもその後のことをまず考えてからにしなきゃならないってこと――」
「そうですか。では、行くとしましょう」
「へ? どこに?」
「ネイさんのところへですよ」
「あの、センセイ? 俺の話?」
セバルトは怪訝な顔のレカテイアをそのままにし、リリネルを呼んでくる。
そして、自分達がなんとかする旨をリリネルに告げた。
「本当に!? なんとかできるのセバルトくん!」
リリネルは声を大きくしてセバルトの肩に手をかけた。
セバルトは自分の手を重ね、励ますように頷く。
「ネイは、いつも励ましてくれた。私はどじだから失敗することもよくあったけど、そんなときはいつでも。ネイはああいう家の事情があるから、正式に働く前からここにいて詳しかったから、特に。昔、子供の頃、私が入ったばっかりの時、私間違って高価な薬の瓶を割っちゃって台無しにしたんだ。怒られるかと思って震えてた私に、『手を切ってるよ』って私も気付いてなかった怪我の手当をしてくれた。そして、『たいしたことなくてよかった』って笑って、寺院長に謝りに行くときに、一緒についてきてくれた。……家族もいなくて、私よりも年下なのに、なんでこの子はこんなに暖かいんだろうって。だから――」
言葉につまったリリネルの肩に手を置き、セバルトは力強く頷いた。
「大丈夫です。彼女は必ず助けます。だから安心して待っていてください」
そしてセバルトは、寺院をあとにした。
エイリアの町の西にある平原地帯。30分ほどそこにある街道を歩き、街道から外れて更に10分ほど歩く。そのあたりにいくつかある丘の裏手にみすぼらしい小屋があった。
セバルトはリリネルに話を聞いた翌日、その場所へと向かうと、ためらわずにドアをノックする。
「誰? リリネルちゃん?」
「いえ、違います。セバルトです」
「セバルト君……? 君がどうしてここに」
「単刀直入に言います。あなたの、精霊の力がいつ暴走するかわからない状態を解消するためにです」
驚いたような気配がドアの裏から伝わってきた。
そして、静かにドアをあけ、ネイが姿を現した。
いつもどおりに表情を表にあまり出さないが、少し焦燥しているようで、また少し嬉しそうでもある。
「知ってるんだ、セバルト君」
「ええ。寺院であなたの姿が見られなかったので、リリネルさんにお尋ねしたところ教えてくださいました」
「でも、だったら危ないってわかってるよね。今のボクは自分でもわからないうちに炎を使っちゃうかもしれない」
「ええ。知ってます。だから、それを解消するために来たのです」
「そんな方法があるの?」
「ある人から教えていただきました。少々危険を伴うので、巻き込まないようその人は来ていませんが」
どうやって、という目でネイはセバルトを見ている。
そこには、問題が解決されるという喜びはほとんどなく、九割疑いの眼差しだ。
「火の印にさらなるマナを注ぐのです。今は、マナが多すぎて溢れかけている状態です。だからさらに追加して、あえて溢れさせる。ネイさん、あれだけ華麗に火を操り消す魔法を使っていたあなたなら、マナを操ることだってお手の物のはず、さらに取り入れることもできますよね」
「そんなことしたら、きっと力が暴走してしまうよ」
「暴走させるんです。そして暴走によってあふれ出るマナを、力を、僕が受け止めます。全て受け止めきれば、あなたの中に溜まったものはなくなりますから、再び溜まりきるまで当分危険はありません」
セバルトの提案を聞いたネイは、あきれたように両手を大きく振ると、セバルトの顔を両手でロックして、言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「むちゃくちゃだよ。そんなことしたら、君は焼き尽くされる。ボクの力はウォフタート様の力。ギルドで腕が立つって言っても精霊には勝てるはずがない」
ネイは、目を伏せて続ける。
「ボクは、ボクの炎のせいで親に捨てられた。親が生きてるのか死んでるのかはわからない。でも、一つだけ覚えてるものがあるんだ。:燃え盛る炎の中にいるボクを見る、母さんと父さんの目つき。……あれは……化け物を見る目だった。自分の子供じゃなくて。……いやなんだ、あの目はもう見たくない。セバルト君にボクがそういう目で見られたら――」
ネイは弱々しく、最後まで言えずに俯いてしまう。
セバルトは、決意をより固めた。
「……少し、外に出ましょう」
セバルトは手招きして、ネイを外へと連れ出す。しばらく歩き、周りに何もない開けた場所までくると足を止める。
そこには、男女がいた。
ロムスと、メリエ。二人の英雄候補の生徒が。
「この人達は? 何をするつもりなの」
「僕らで、あなたの炎の精霊の力を抑えます」