炎の試練 2
「火の印が暴走?」
それが、ネイが居なくなった理由だという。
彼女が火の精霊ウォフタートとつながる印を持っていて、それ故に大きな炎の魔法力を持っていることはセバルトの記憶にも新しいが、その力が制御できなくなったということらしい。
セバルトの脳裏に、火の印を抑えながらうずくまったネイの姿が思い出される。たまにあることだから大丈夫と言っていたが、すでに前兆はあったということか。
「ネイネイは、捨て子なの。生まれた時から火の印があって、大きな炎の力を持っていた。でも、幼い時にその力を爆走させちゃった。その結果、彼女は親をなくしてここに預けられた。寺院は身寄りのない子の救済なんかもやってるから」
「両親がその炎の力の暴走事故で亡くなってしまったということでしょうか」
リリネルは、悲しげに答える。
そこには先日のような暢気な笑顔はない。
「それはわからない。両親が生きてたのか、亡くなったのか、それとも生きているけどもう一緒にいたくないと思って捨てたのか。でも、とにかく原因は燃え盛る炎。だから炎を起こす魔法が彼女は使えないんだよう。本当は誰よりも強く巨大な炎をおこせる力があるけれど、それを自分で禁じてる」
その力の制御が効かなくなりそうだという。
火の印から過剰な力が溢れようとしている。その兆候を感じ取り、また幼い頃のような暴走に周囲の人を巻き込まないため、寺院を出ていったらしい。
「それなら止めればよかったんじゃない? あんまり出ていってほしくはなさそうに見えるけどな、俺には」
一緒に話を聞いていたレカテイアが、頭の後ろに手を回しながら言うと、リリネルはため息を大きくついた。
「ネイネイがここから出てひとりで寂しくしてるなんて、嫌に決まってるよ。けど、それを止めて、また力が暴走して、この寺院を焼いたり、中にいる人達を怪我させたり殺しちゃったりしたら、きっとネイネイはもう立ち直れないよ……。だから、止められなかったの。だから、ひたすらおさまるのを待ってるんだけど……本当にこれでいいのか、わかんないよ、私にはもう」
なるほど――。
セバルトは事情を理解した。
火の印という特別な力をもって生まれたネイだが、それは彼女に幸福をもたらさなかった。むしろその心をしばっているようだ。
力があるからといって、必ずしも得をしないものだなとセバルトはしみじみ思う。
「事情はわかりました。その暴走を止める方法は――」
リリネルは首を振った。
本人にも、他の人にもわからないらしい。
重い空気が周囲に広がる。
「あのさぁ、ちょっといいかい?」
そのとき、雰囲気にそぐわないような、軽い調子で口を開いたのは、レカテイアだった。セバルトとリリネルが二人して注目する。
「精霊の力が暴走してるなら、その原因はきっとマナ濃度が高すぎるからじゃないかな。火の精霊に関するマナが世界に増えすぎて、力が溜まりすぎてそれを制御できなくなっているんだろうね」
「レカテイアさん、わかるんですか?」
「精霊についても調べたいって言わなかったかい? 遺跡とかを通じたりして。精霊は意思を持つマナのようなもの。マナのバランスが変化すれば精霊はもろに影響を受ける。当然のことさ」
「精霊についての調査というのは、考古学的な意味かと思っていたのですが、そうではなかったと――」
「『それだけ』じゃなかったってことさ、センセイ。こいつはちょいとシークレットな情報なんだけど……」
レカテイアはリリネルに視線を向ける。
リリネルはちょっと頬をふくらませたが「愛しのネイちゃんのため」と言って席を外した。
セバルトとレカテイアは寺院の中の人のいない室を借りてそこで話を再開する。テーブルを挟んで互いに見合い、レカテイアはあごを手に乗せて話しだす。
「そもそも俺が来た理由ってのが、そのマナのバランスなんだよね」
「詳しく聞かせていただけるんですね」
「あぁ、もちろんさセンセイ。別に隠してたわけじゃない……言う必要もないし、話すと長くなりそうだから、あえて語らなかっただけのことだしね。今から300年ほど前に魔物達と人間達との戦いがあったってのは、知ってるんだよな?」
「……もちろん、知っています」
「だったら話は早い。その時は人間が勝利したわけだけど、魔物はその戦いでだいぶ数を減らしちまったんだよ。特に力が大きいものほどたくさん死んだ。魔王なんていう超大物まで片っ端からね」
セバルトは無言で頷いた。というか、何も言えない。口を開けばうかつなことを言ってしまいそうで。
レカテイアは続ける。
「魔物っていうのは存在からしてマナを必要としてて、結構消費量が多い。だから俺なんかもマナを含んだ石をたまに齧ったりしてるわけなのよ。その魔物が、特に魔王なんてものがいなくなれば、さて、どうなるでしょうって話さ」
「消費するものがいなくなれば、その分自然界にはマナが多くなるでしょうね」
「そーゆーこと。今この世界にはマナが溢れすぎてるのさ。過剰なくらいに」
「なるほど……そういうことですか。世界のマナが多くなりすぎ、精霊の力が強まりすぎた。そのせいで――」
「さっすがセンセイ、理解が早い。そう、精霊の印を持つ巫女さんに力が溜まりすぎて、自分でも制御できなくなってんじゃないかな」
レカテイアは、話し終わる頃には真面目な顔になっていた。
セバルトはテーブルの上でゆっくりと手を組む。
まさかこんな風に糸が伸びてきているとは、と運命の奇妙さを感じながら。