マオハ草を採りに行こう 2
ほどなくして、針葉樹林の中に一つ大きな岩があり、そこから湧き水が流出して泉を作っている場所にたどり着いた。
その脇には丸い葉をもつ産毛がたくさん生えている、まっすぐ空に向かって伸びている植物が生えている。
「これがマオハ草だよ」
ネイは、すべすべした産毛を撫でながら言った。その手もすべすべしてるな、とセバルトは思う。
セバルトも顔を近づけたり匂いを嗅いでみたり、触ってみたりする。もちろんネイの手ではなくて、マオハ草である。ネイの手にやったら変態教師である。
「へえ、こういうものだったんですね。儀式を見た事はありますが、元がこういった形で生えているとは初めて見ました」
「うん、採集しよう」
そして、セバルトとネイは二人で必要なだけのマオハ草を採取した。
精霊のものなので、あまり取り過ぎるのはよくないので取り過ぎず、とはいえあまり何度も来るのも大変なのでちょっとは多めに。
「それくらいなら、精霊は大目に見てくれる」
ネイは頭上に腕で輪を作った。
「それは丸のつもりですか」
「うん」
真面目な顔でネイはそう言うのであった。
真面目に尋ねるセバルトも大概である。
無事に依頼をこなしたセバルトは、まずは報告し報酬を得て、それから、この前はできなかった聖火を使う祈祷を見せてもらえることになった。
寺院の祈祷所に行きしばらく待っていると、リリネルもやってきて、ネイと二人で聖火を使った礼拝の所作を始める。
祈祷は略式であれば一人でもいいが、二人一組でやるのが正式らしい。
まずリリネルが火を起こし、精霊をたたえる詩を二人で合わせて唱和する。
数節唱えると、ネイは細い木の枝を四本手に握って詩を唱え続け、リリネルは先程のマオハ草を清水と混ぜ合わせて聖汁を作る。そしてその聖汁を燃え盛る聖火の中へと入れた。
しゅっという軽い音がするとともに、一瞬炎が激しく揺らめき高く燃え上がった。それからは、二人ともしばらく無言で祈りを捧げる。
しばらくの沈黙の時間が過ぎたあと、聖火台に金属の蓋をして火を消すと、セバルトの方へと二人そろって振り返った。
「これで終わりです。火の精霊ウォフタート様の加護があなたにあるでしょう」
「ありがとうございます」
三人は恭しく礼をする。
顔を上げ、セバルトが尋ねた。
「どんな効果があるんでしょうか」
「それはもう色々と。ウォフタート様は生命の活力たる赤き火の精霊ですから、豊作、子宝に恵まれる、風邪予防、家内安全、家庭平和、などなど素晴らしい御利益がありますよ~」
リリネルがまるで商売人の宣伝文句のように滑らかに口を動かす。何度も言って言い慣れていそうな台詞だ。
「それは素晴らしいですね。聞き届けてもらえればよいのですが」
「きっとかなうよ。ウォフタート様も喜んでるから」
ネイは、そう言うと服の胸元を少し下に引っ張った。
そこには炎のゆらめく一瞬をとらえて描いたような紋様がうっすらと光っていた。
(これは……!)
セバルトは息を飲んだ。
胸の谷間が見えている! ……じゃなくて、炎の形のような紋様?
「生まれた時からこの『火の印』が体にあったんだ。ボクはこれを通じて精霊とつながっている。精霊の力を使うこともできる」
「どおりで一瞬で火を消したりするほどの、炎への干渉能力があるわけですね」
信仰の対象である精霊は実在する。
知られている6体の精霊は精霊寺院ができる前から稀に人々の前に顕現し、その人智を超えた恵みをもたらす存在への原始的な信仰から精霊信仰が始まったのだ。マナフ歴、というのも黄金なる正義の精霊『マナフ・クシャス』が完全な姿で降臨し、人々に教えを説いたと言われる年を元年と定めた暦と言われている(他にも諸説あるが、セバルトが知る有名な説の一つである)。
とはいえ人間の前にそうそう姿を表すものではなく、その意思を人間が図ることも容易ではない。だが一部の人間は精霊とつながっているのだ。
ごく稀にいるそのような人間は印を体に持って生まれてきて、精霊の力の一部を行使することができるため、普通の人間よりもはるかに強力な魔力を持ち強大なマナを操るのである。ネイはそういった人間の一人だったらしい。
「うぁ……くっ!」
その時だった。
突然、その火の印がさらに激しく赤く輝き始めたのだ。
「ネイさん? どうしました」
「はぁっ……熱い……」
ネイが、胸を押さえてうずくまった。
心配して声をかけるセバルトとリリネルに、ネイは大丈夫、すぐ戻ると言う。そして実際、うずくまっていたのは少しの間だけで、すぐに立ち上がって、何事もないようにけろりとする。
「たまに、印が熱くなるんだ。凄い力が流れ込んでいるみたいに。でもすぐ普通に戻るから、大丈夫だよ。今ももう治ったし。心配してくれてありがとう。ボクは嬉しい。寺院はいつでも開放されているから、また来ていいよ、セバルト君」
「ありがとうございます。ですが、本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。たまにあることだから。精霊の力は凄い。たまに強すぎて苦しくなることがあるけど、すぐおさまるからどうってことはないんだ」
セバルトは精霊の印に関しては詳しくない。それを持っている者は過去でも現在でも珍しく、深く知る機会がなかったから。
だから、本人が言うならばそうなのだろうと納得する。
「そうでしたか、知りませんでした。では、お大事にネイさん。リリネルさんも、ありがとうございました」
「うんうん、いつでも来てねぇ。それじゃあねー」
二人の巫女に見送られ、寺院を後にした。
祈祷を今日こそ正しく行ったセバルトは、帰り道を歩きながら独りごちる。
「――ウォフタート、どのような精霊なのでしょう。彼とはまだ会ったことがないので、会ってみたいものです」
セバルトはかつての旅の中で、紫の金属の精霊『ワルヤアムル』と対面したことを思い出した。セバルトが持つ聖剣スノードロップは、ワルヤアムルから在処を教えられ、手にしたものだ。
ワルヤアムルはとある洞穴の奥地にいたのだが、全身が鈍色の金属でできた、女の人形のような見た目だった。それでは赤き火の精霊はいかなるものか。
もしその姿を平穏に見られるものならば、見てみたいものだとセバルトは好奇心を疼かせる。