噂って怖い
セバルトがエイリアに居を構えていることを話すと、レカテイアはそこに行くと言った。元々旅の身だから、どこの街にいてもいいということだ。
ギルドやレカテイアとの話で時間を使ったので、ベイルースに一泊して、翌朝レカテイアとセバルトはエイリアへと向かう。
「いや~、よかったよ快く受けてくれて。はぁ~ほっとした」
エイリアへの街道で、レカテイアは肩を大きく揺らして息を吐いた。
セバルトは軽く笑いながら。
「さすがに大げさですよ。取って食うわけでもなし」
「いやいや、結構びびってたんだよ、俺? 人間達のところへ行くの。それに、俺のやることから言って、強い人間に協力してもらわなきゃならないしさ。下手したら何されるかって思って」
「なんでそんなに怯えていたんですか」
「いやだって、俺たちの間で一番有名な人間って言ったら、何百年か前の魔軍と人間の戦いの時に戦った死神だからさ。数え切れない魔物をころっと殺した恐ろしい存在。そんなのがいたらぶった切られたりしないかって」
レカテイアは体をかかえて大げさに震えてみせる。
セバルトはごまかすように笑いながら、首を振った。
「あはは、なにを。それはだいぶ昔の話でしょう」
「いや、まあ、そのはずなんだけど。なんか人間離れしてるって話だからさあ」
「人間離れ……?」
(なんだか嫌な予感が……)
「ああ。俺の聞いた話じゃ、目が六つあって、息は猛毒、髪はローパーの触手のように蠢きながら炎を吐き出し、魔物に生きたまま食らいついて噛み千切る怪獣みたいな奴だったって聞いてるんだ。子供の頃言われたよ、悪い子にしてると死神が来るぞって」
「ちょっと待ったー!」
セバルトは思わず手を伸ばして制止した。
「なんですかそのイメージは! おかしいでしょう、人間の髪が触手だったり息が猛毒だったりしたら。魔物より魔物じゃないですか!」
セバルトは身を乗り出して主張した。
レカテイアは渋い顔をする。
「まあたしかにそうなんだけどさ。昔のことだからなあ。しかも一人で魔軍を壊滅させたっていうし。そういう突然変異みたいな人間でもおかしくないと思わない?」
「思いません。絶対におかしいです。ありえません。ごく普通の見た目の人間に決まってます」
「でも――」
「絶・対です!」
レカテイアはセバルトの迫力に押し切られてかくかくと木製人形のように何度も頷くしかなかった。
セバルトはひとまず安心して乗り出していた上半身を元に戻した。
(しかし、とんでもないことになってるな。なんで俺が化物みたいな扱いを……まっとうな人間なのに。魔物界に英雄のクリーンなイメージを作らなければ!)
セバルトはため息つきつつ、清く正しい英雄像を世間に広めていこうと決意した。
「やれやれ……ん? 」
ため息を吐いたセバルトは、微かな違和感を覚えた。
街道を歩きながら周囲をうかがうと、どこか妙なのだ。
「どうかしたか、センセイ」
「いえ……たいしたことではありません」
(靴の底に泥が溜まっているみたいな嫌な感覚だ。マナが異常を起こしている……?)
「ちょっといいですか。この辺に何かありそうです。なにかが。ちょっと調べますので、先にエイリアに行っていただいて構いません」
レカテイアに断り、周囲の草むらをセバルトは調べる。
だがレカテイアは「え、どうしたんだ? 先に行ってって言われても困るし俺も探す」と聞いてきたので、何かマナを発するようなものがこのあたりにありそうだと伝え、二人で探すことにした。
時折街道を人が通っていくため、力は抑えた状態で数十分草むらをかき分けると、セバルトはそれを見つけた。
「なんだ、これは」
それは、焼け焦げた木の皮のような黒いなにかだった。これまで見たことのない、手のひらサイズの正体不明。
しかし、間違いなく大きなマナを持っていて、周囲のマナを歪ませている。これはまるで、この前ゴーレムが暴走したときと似た感覚。
(これ自体は見知らぬものだ。しかし、この力には覚えがあるな)
――魔神。
かつて人間達を破滅の恐怖に陥れた張本人。それが放っていた強力な負のオーラ。それと似た種類の力をセバルトは感じていた。
「センセイ、何かあったか?」
「ええ。こんなものです。ご存じだったりしますか?」
魔物繋がりでひょっとして何か知るかと思い尋ねるが、レカテイアは首を振る。
まあ、当然だろうとセバルトは特にガッカリもしない。まだ年若いようだし、自分の方がレカテイアよりも魔神のことを知ってるくらいだろうと。
「わっからないなあ。でも、強力な力は感じるぜ。周囲のマナを歪めるような」
「やはりそうですか。少々気になります、あとでちゃんと調べて見ましょう」
このあたりでは天変地異のようなことも起きているという。炎が上がったり湖が凍ったり。
マナが歪み暴走すれば、それはよくない事象を産む。
(厄介なことにならなければいいが――)
エイリアへと帰っていきながら、セバルトは微かな懸念を覚えていた。