300年後の世界 4
自分が思っている以上に、色々とセーブした方がいいのかもしれない。
ギルドをでたセバルトは、反省していた。
なぜなら、せっかく誰も自分が英雄だと知らない時代に来たからだ。
セバルトがかつていた時代では、魔王を倒した英雄ともてはやされていた。だが、それはセバルトにとっては苦い思い出である。
最初の魔王――五年にわたった一度目の旅をした時は、魔物を率いて人間を滅ぼそうとする魔王が全ての諸悪の根源で、当然それは一人だけだと思っていた――を倒して凱旋した後に得たものはいいことばかりではなかった。
英雄という名声の重み、利用しようと近づいてくる者、妬みや嫉み、そういったものは栄光よりも多く味わったものだ。
名前を利用して宣伝をもくろむ武具や魔道具の商人から歓待を受けた。自分のところの道具を使ったと言ってくださいと袖の下を差し出され、使ってないのにそんなことは言えないと断ると、これじゃ足りないのか強欲な奴めと罵られた。
評議員を多く輩出する名家から、パトロンとなってやるから仕えて並んで儀礼などに参加してくれと頼まれ、自由にやっていきたいので断ると、ちやほやされているから調子にのっていると言われた。
美女から誘われて舞い上がっていると、魔領で手に入れた神器の類いを隙を見て盗もうとしている姿を見つけた。
魔物の残党退治や盗賊退治など、困っているから助けろと一方的に言われ、さすがに全てをやることは無理なので断ると、金や声望にならないことはやらないんだなと蔑まれた。
友人に知らない間に自分の名前を勝手に使われ詐欺まがいのことをしていて、知らない間に知らない人から恨みを買っていた。
例を挙げようと思えば、枚挙に暇がないほどだ。
もちろん、讃えてくれる人、ねぎらってくれる人、感謝してくれる人、尊敬してくれる人、心配してくれる人、そういう人の方が多かったのは言うまでもない。
でも、だからって嫌な思いが消えてなくなるというわけでもない。
だからこそ、魔王がまだ複数存在していることがわかったとき、そんな暮らしにもう疲れてしまっていたセバルトは、すぐに再び旅立つことを決めたのだ。
そして――。
***
大陸の果て、魔領の最奥。
闇深き岩の社に、咆哮がこだまする。
「これで終わりだ! 魔神!」
「舐めるな人間! 我が貴様ごときに敗北すると思うか!」
咆哮をあげた片方は、英雄。
これまでたった一人で魔軍との戦いの旅を続け、七人の魔王を倒してきた人類の希望。
もう片方は、魔神。
七人の魔王を生み出した、人類を脅かしていた魔軍の真の支配者。
人と魔、ともに最大の戦力が繰り広げた七日七晩続いた戦いは、今決着の時を迎えようとしていた。
互いに握りしめた武器に自らの力を込める。
魔神は手にした杖に、英雄は握った剣に。
両者の最後の一撃がぶつかりあい、すさまじいエネルギーの奔流がほとばしる。
閃光と轟音がほとばしり――立っていたのは、英雄だった。
黒い杖をもった魔神は地に伏し、闇にとけるようにその体は消滅していった。
英雄は息を荒げながら、その様子をじっと見届ける。
勝った。
これで、すべての魔を滅ぼした。
長きにわたる戦いの日々は終わりを迎えた。
自分の使命は果たされ、世界に平和が訪れる。
英雄がそう安堵した瞬間だった。
「なんだ!?」
突如、世界がゆがみ始めた。
景色がひしゃげ、閉ざされた空が虹色に変化していく。
風の唸る音が四方から響き、天地の感覚が曖昧になる。
すべてが圧縮され、引き延ばされ、回転する――そんな未知の感覚に襲われた直後、英雄は意識を失った。
マナフ暦430年11月23日。
その日、世界から英雄は失われた。
***
二度目の旅で十年間、魔物の闊歩する魔領を旅し、残る魔王と魔神を倒し尽くし、この時代にやってきたのだ。
(もう、あんなのはごめんだ。命がけのサバイバルも、英雄の重荷も。この機会に人生を一新する)
そう、この時代では誰も自分を知らない。なんの重荷もない。
これはチャンスなんだ。これまでハードに生きてきた分、これからは違う生き方をするための。
それはどういう生き方か――セバルトは考えかけたが、考えるまでもないと笑みを浮かべた。
「そんなの決まってる。これまでの逆。のんびりと安全安心に、英雄としてではなくお忍びでスローライフを送るんだ」
それこそが、全ての魔王を滅ぼし世界を平和にしたセバルトの目指すところだった。