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今日は湖でも釣りはしない

「はっ! たぁっ!」

「そこです」


 ピシリ、とメリエの肩に木の棒がヒットした。

 メリエは残念そうにため息をつき、セバルトは木の棒をひいた。


 今日は、メリエの授業を湖畔で行っている。湖には、メリエの悔しそうな横顔が揺れながら映し出されていた。


「あー、また取られた。もうなんで当たらないのかなあ。本当に先生ってあたしよりパワー小さいの?」

「もちろんですよ」


 セバルトは現在、メリエと実戦形式で立ち会いの訓練中だ。

 もはやメリエが全力を出せば、魔道具で自ら力を制限しているセバルトと同等以上の力を出せるほどになっている。、体内マナの扱いに習熟してきたということで嬉しい限りだが、それでもセバルトが勝ってしまうのでメリエは納得いかない様子だった。


「だったらなんであたしが負けるのよー。というか、負けどころか攻撃全然当たらないし。やっぱり技術なのかなあ」


 どしんと、柔らかい草の上に座り込むメリエ。草をぶちぶちと不服そうにむしっている。環境破壊である。


「技術もありますが、それ以上に経験ですね」

「経験?」


 セバルトは半身になってかまえた。


「たとえばこうすれば、相手の狙える面積が小さくなりますから予測しやすくなります。でも自分も両手で剣を持っての攻撃などはし辛くなりますから、その辺を調整する必要がありますが、その切り替え。攻めと守り、避けと受け、あらゆる場面で僕の方が判断を速く適切にできるから、優位に戦えるのです」

「ふんふむ。経験ね」


 ぴょん、とメリエは跳び上がり、尻についた草切れを払うと、練習用の剣を再び構えた。


「先生はどうやってそれを身につけたの」

「それはもう……旅の途中で獣や魔物に襲われましたから。それで、相手の殺気とか狙いとかそういうものに敏感になり、逆に自分のそれらは臭わせないようにする術に長けたんです」

「じゃあ、あたしも戦いまくるべきってことね」

「実戦でなくてもいいとは思いますけどね。こればかりは、なんとも教えるのが難しい。一つ言えるのは、ただ戦うのではなく、そういう気配に注意して戦うということです。常に意識していると、これまで見えていなかったものが見えるようになるものですから。――それでは」

「ええ、再開よ!」


 言うが早いか、メリエはセバルトに剣を構えて突進する。




「ふう、いい汗かいたわ」

「ええ。やはり体を動かすと気持ちがいいですね」


 訓練を終えたセバルトとメリエは、町に戻ってきた。

 夕暮れの影が伸びた町中を、人々のざわめきとともに歩く。かけた木製の塀から、誰かの庭で育てている花の蔓が飛び出ている。逆方向に目を向けると、魔法のランプが軒先を照らし始めていた。セバルトはそんな町の様子を、視線をあちこちへ動かしながら見ていた。


 両サイドで巻かれた髪を揺らしながら、メリエは横を歩くセバルトの方を見上げた。

 セバルトは何を考えているのか相変わらず読めないと思いつつ、読めないなら自分の思うようにいくしかないと口を開く。


「ねえ先生、お腹すかない?」

「そうですね、運動するとすきますね」

「だよね、だよね。それならたまにはさ……って、何見てるの?」


 ちょっとはしゃいだ声だったメリエだが、ふと冷静になってセバルトの視線を追いかける。それは寺院の前であり、セバルトが見ていたのは、食料を施している場面だった。


「寺院では、あのようなことをしているのですか」

「そうだけど、先生、知らなかったの?」

「ええ。ちょうどこれくらいの時間には通ったことがありませんでした」

――やっているのは、寺院のシャーマンですね」


 寺院でのことを話しつつ、二人が前を通り過ぎようとした時、ちょうど食料を求めている人の列がいったん途切れた。すると、一息ついた様子だったシャーマンがセバルトに気付き、声をかけてきた。


「君も御飯必要できたの?」

「いえ、たまたま前を通っただけですよ。僕は余裕があるので、必要としている方に差し上げてください」

「そう、わかった。貧乏になったらいつでもどうぞ。寺院は苦しむものの味方だよ」


 シャーマンが言うには、寺院は貧しい人に食事を施すことをしているらしい。来れば育てている野菜やパンやあまり多くはないが肉などがもらえるとのこと。

 もちろん、無料だ。いちいち拒否したりはしないが、余裕のある人は当然もらうのは推奨されない。むしろ寄付をするべきだと考えられている。

 もっとも、言うまでもなく金持ちは並んだりはしないが。金があるなら、次にほしがるのは大抵名声だ。それならば、金があるのに貧しい人の分の食料を奪う心の貧しい者と見られるような、自分から名声を落とすことをするはずがない。


「美味しそうなパンだったわねぇ。お腹が減ってる時間にはずばんと来る」


 配られていたパンを思い出すようにメリエが目を閉じる。メリエは昔からここにいるのだし、寺院の人達にたいしても、自分より面識があるのかもなとセバルトは思った。

 シャーマンが生地をこねるような動きをしながら言う。


「ボクが焼いたんだ。余ってればあげてもよかったんだけど、全部売れちゃったね」

「パンねえ。昔はそういうのあったっけ?」


 メリエが首をかしげると、シャーマンは首を横に振った。


「前は、単純に麦を渡して麦粥にでもしてっていう風にしてた。今もそういうときの方が多い。でも、たまには普段食べられないものを食べられるっていうのも大事だと思うから。人はパンのみで生きるわけじゃないけど、美味しいパンがあった方がいきいきするよ」

「あなたが作ってるのですか?」

「他の人も持ち回りで皆でやってるよ。でも、ボクが言い出しっぺだから、なるべく多くやろうと思って」


 ほほう、とメリエが感心した表情を見せる。

 とそこに、一人の腕を固定して歩いている婦人が来た。どうやら怪我の治療中のようだ。


「スリヤさん。ちょうど終わったところだよ、行こうか」

「すみませんねえ、巫女さん。この腕がポンコツだからなんもできなくて」


 巫女というのは女のシャーマンのことである。男のシャーマンは僧と呼ばれる。

 巫女は首を横に振ると、野菜やパンと、あと大工道具のようなものに、重たそうな板材などまでひょいと軽々とかついで、婦人とともに寺院を出る準備をした。


「何をしにいくのです?」

「この人、怪我してて家のことができないし食料持って行けないから。ボクが運んで、ついでに家の補強をするんだ。雨漏り、してるんだって」

「そこまでは寺院の仕事じゃないのに、困った人がいれば家まで行って助けてくれるのよ、ネイちゃんは。本当ありがたい話よ」


 巫女の名前はネイと言うらしい。

 婦人は何度もネイに頭を下げるが、ネイは両手をゆっくりと振って、そんなことしなくていいと大きくジェスチャーをしている。


「そんなことまでしているのですか。素晴らしい行為ですね」

「……そんな。ボクはそんなたいしたことしてないよ。困っている人を助けるのは、精霊のしもべなら当然のことだから。それに、ただ――ただ、誰かに何かをしてあげたいだけなんだ。ボクの方が。そうしないと気が済まないだけで。じゃあ、行くよ」


 そう言うと、ネイは話をさっと切り上げ、婦人とともに立ち去った。

 セバルトとメリエは、ネイの後ろ姿を並んで見送り、ありがたいもののように拝んでいた。


「あんな人がいるのねー、シャーマンの中には守銭奴もいるというのに、偉い。まさに真の英雄ね」

「ええ、本当に。それにしても、それも英雄基準なんですか」

「だって、あたしは英雄好きだもの」


 胸に手を当て、得意げにメリエは言った。

 なぜ得意になるのか理解は難しいが、英雄が好きだということはわかった。……いや、元々わかっていた。


「それでは、行きましょうか」

「行くってどこに?」


 メリエは首をかしげる。

 セバルトは前方を指さして答える。


「食事ですよ。たまには一緒に食べても悪くはないでしょう」

「もちろん、行く行く!」


 自分と同じことを考えていたと、メリエの声が高くなる。


「今日は僕が奢りますよ。たまにはね」

「本当? さっすが、気が利くじゃない先生。まあ、次は私がなんかごちそうしてあげるわ。飢える人を助けなきゃいけないし」

「いや別に僕は飢えてませんけど」

「いいからいいから、つまりまた今度ご飯食べるってこと。あたしぺこぺこだから、どこでもいいから早く行こっ」


 急かすメリエとともに急いで食事できる場所を探し、セバルト達は一緒に食事をして満足な一時を過ごした。

 それは豪華なディナーなどではなく普通の食事だし、気の利いた会話ではなく他愛のない話をしていたが、メリエは終始嬉しそうだった。もちろん、セバルトも同じだ。むしろ、そういうのがいいと思っていた。

 血縁にして弟子であるメリエの笑顔とよく食べる様子を見ていると、なんとも懐かしく暖かい気持ちになれる。メリエも同じような気分なのだろうか。

 こういう気持ちが戦い漬けの日々のあとでもちゃんと自分に残っていることにほっとしながら、セバルトもよく食べたのだった。

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新作【追放されたからソロでダンジョンに潜ったら『ダンジョン所有権』を手に入れました】を書き始めました。 ダンジョンにあるものを自分の所有物にできる能力を手に入れた主人公が、とてつもないアイテムを手に入れモンスターを仲間にし、歩んでいく物語です。 自分で言うのもなんですが、かなり面白いものが書けたと思っているので、是非一度読んでみてください!
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