帰ってきたゆったりした日々
セバルトはロムスの家へと向かった。
ロムスの魔法学校が終わってからが、魔法の家庭教師の授業の時間だ。
ロムスの家に行き、庭を見ると、小さな黄色い花がたくさん咲いている。名前は知らないが、見事なものだとセバルトは思った。
自分もせっかく宿暮らしではなく家を持ったのだから、何か育ててみようか。小さな家庭菜園をもつのもいいかもしれない。せっかく定住するようになったのだし、自分の家を少しずつ素晴らしくしていくのもいいな、今度考えてみよう。
そんなことと思いつつ、セバルトはロムスの家にあがった。
「それでは、今日は物体を動かす魔法を練習しましょう」
「はい、先生」
家庭教師をはじめてしばらくは、まずはロムスに水を操る魔法を指導した。
そちらはかなりできるようになってきて、ゴーレムのようなこの町の冒険者や魔法使いでは一対一では勝てないレベルの相手にも勝てるほどに成長したので、今度は別の魔法を鍛えようという方針だ。
「移動魔法と総称されるこの種の魔法も、カスタマイズドスペルで調節できます。魔法の種類が変わっても、マナの配列で魔法が決まるという原理原則は同じなので、水の魔法を訓練したときより容易いと思いますよ。やってみましょう」
「はい、わかりました」
まずは座学で移動魔法についての講義をしたセバルトとロムスは、アハティ家の庭に出て、実際に魔法を使う訓練に移る。
利用するのは、アハティ家にあった小さな木箱。
もちろんなんでも動かせるのだが、形が規則正しい方がやりやすいので、まずはそれを使うことにした。凸凹した石などだと、難度が上がる。
移動魔法の基本のマナ配列は、《緑緑青紫……黄緑黄黄》(途中十個ほど省略)であり、これに《青黄緑》の繰り返し構造をつけることで複数同時移動をさせたり、《青青青緑……》という長い枝をつけることで高速移動をさせたりできる。
少し大きめのローブに身を包み、練習の時にいつも使っているように、ロムスは片手にセバルトが作ったマナに反応して光る特殊な魔法盤を手にし、もう片手を箱に向かってかざし、精神を集中し、指で魔法図を切る。
すると、箱が少し浮き上がり、横にスライドした。
「それが基本ですね。そこから少しずつマナを追加し、応用していきましょう。もちろん、動かすという結果以上に、マナに集中して」
「はい!」
ロムスのいいところは、元々の才能もだが、素直なところだとセバルトは思う。言われたことを言われたとおりにやる。これは存外難しい。ほとんどの場合、面倒な部分に、これくらいでいいかという妥協が入ってしまうものだ。
そういうことがなく、きっちりと全力でやるべきことに向かうロムスは、すでにマナの扱いに関してもなかなか習熟してきていることもあり、それを運用できるようになるのはかなり早かった。
今まさに、大小二つの木箱が、高速で同時に庭を滑っている。
「いいですよ、ロムス君。この調子ならかなり早く身につきそうです」
「この魔法がこんなスムーズにできるなんて、自分でも驚きです。本当に先生に教えてもらってからは驚いてばかりの気がするなあ」
「それはよかった。驚かすのは結構楽しいんですよ」セバルトは軽く言うと、移動する木箱をしっかりと見つめる。「マナの扱いがうまくなったことで、魔法全般をうまくつかえるようになった側面もあるようですね。カスタマイズしなくても、前より魔法のキレがいい」
「はい! それに、重かったり大きかったりするものでも、動かせます」
ロムスは楽しそうに箱を魔法で動かしている。
こういう風にやる気を出して貰えると、教える方もやる気の出るものだ。
「そうだなあ……せっかくだし、少しステップアップしてみようかな」
ロムスがセバルトに興味深げな目を向ける。
「この魔法は自動で決まった動きを繰り返すようにすることもできるんですよ。それを可能にするマナの配列、自分で探してみてください」
それは、魔法を自分で開発する訓練だ。
既存の魔法に、特定のマナの枝を付け加えることで新たな効果を付与することが出来る。それを、どのようなマナをつければ目的の効果を得られるかを自分で探し出そうということである。
これまでは、基本的なものを教えて、それらを組み合わせて使っていたが、基本的な配列自体を探そうという試みで、魔法の効率をよくする方法や、新たな魔法を作る方法の学習になる。
すでにセバルトから教えられているカスタマイズドスペルのレシピを参考に、少しずつ変えながら、望む変化を魔法に起こせるかをロムスは試していく。
だが、さすがにこれはそううまくはいかない。
セバルトも急かさない。元々、一朝一夕で見つけられるものではない。色々な魔法とマナ配列の関係から類推していき、微調整を繰り返して望みの形にしていかなければならない。
時折少しアドバイスする程度に干渉はとどめ、セバルトはその様子を見守る。
(ああ、でも口出したくなるなあ)
ロムスがあれこれマナをいじくっているのを見ると、正解を知るセバルトとしては非常にもどかしくて教えたくなってしまうのだが、うずうずする体を押さえなんとか我慢する。心を鬼にしなければ。
『そこのマナ惜しい! 赤じゃなくて橙にすれば……』
『なんで三つやっちゃうんだ、そこ二つでいいのに変な思い込みが……』
心の中で、そんなことを叫びつつ、セバルトは見守る。
「先生、どうかしましたか? なんだか震えているようですけど、もしかして体調が?」
と、ロムスが心配そうに眉を傾け、尋ねてきた。
セバルトは慌てて首を振る。
「とんでもないですよ! 今のは……そう、今のは思い出し笑いです。いやあ、先日見た鳥の鳴き声が面白くて、それで震えちゃったんです」
「そうなんですか……先生って結構面白いツボしてるんですね」
ロムスは無邪気なようで少し乾いた笑いを浮かべながら言って、訓練を再開した。
変なセンスの人と思われたような気がする。理不尽だ。
セバルトはがくりとうなだれた。もちろん、これ以上変と思われないよう、心の中でひっそりと。