これからもお忍びで
「あ、先生! ようやく見つけた!」
すべてを終えたセバルトは、エイリアの街へと戻り冒険者ギルドへと向かった。
そこで話を聞き、皆が集会所に集まっていると聞いて今度は集会所へ向かっていたところ、歩いてくるメリエ達と出会った。
「やあ、皆さん。お久しぶりです」
「久しぶりー先生。じゃなくて、どこ行ってたの? 戦場でもその後も見かけなかったけど」
「ええ。こういった場合、奇襲も警戒すべきなので、町の周囲をそれらしきものがいないか見回っていたんですよ」
「ああ、そうだったんですね。それでいなかったんですか」
ロムスがなるほどと頷く。
素直で助かると思うセバルトだった。
「そのような観点はわかりませんでした。私たちはこういった戦いには疎いもので。それで、どうでした? 危険ありましたか」
ザーラの質問に、セバルトは首を横に振った。
すべての敵は倒したのだ、不安がらせる必要はない。
今回の襲撃だけでも十分にこの町の人達は防衛について考えるようになるだろうし、警戒という点ではそれで必要十分だろう。
「少しだけ魔物はいましたけれど、普段の周囲にいるのと大して変わらないくらいですね。杞憂でした。なので、皆さんは何も心配しないでください」
「なーんだ、ちょっと心配しちゃったよ。先生って心配性ね」
「あはは、そうなんですよ」
確かにメリエの言うとおりである。
ロムスの試験をこっそり見に行ったりしているし、明らかに心配性だとセバルトは自分でも思う。
セバルトは二人の生徒を順に視線を向けて言った。
「ここに来る途中、話を聞きました。ロムスくんもメリエさんも素晴らしい活躍だったそうですね。あなた達のような生徒を持つことができて誇りに思います」
話は聞いた。二人で協力して荒野に来ていた軍団の首領を倒したと。
やはり、正解だった。一人ではなく、複数の人数を育てるのは。それがきっと、真の英雄へといたる道だ。
「先生――」
メリエとロムスの二人は、声を高くし、そしてセバルトに一歩近づく。
「僕こそ、先生に教えてもらったことを誇りに思います。みんなを守ることが出来たのも今みたいに魔法が使えるようになったのも、先生のおかげです」
「あたしも。ようやくちょっとだけ目標に近づいた気がする。ありがと、先生」
「……家庭教師冥利に尽きます。僕が思っていた以上に、二人とも成長していたんですね。この町を守った、立派な英雄ですよ」
「先生!」
二人が声をあわせて、セバルトの元へと走ってくる。
タックルするような勢いでさらに間近に来ると、自分達がどんな風に勇ましく戦ったか、次々に語るのだった。
「これらからも、一緒に頑張っていきましょう。あらためて、よろしくお願いします」
話をたっぷり聞くとセバルトは手を差し出した。ロムスとメリエはしっかりとその手を握る。
そして家庭教師と生徒たちは、これからも一緒に頑張ってゆくことを誓いあった。
そして翌日、それはいつもどおりに。
「それではロムス君、魔法を使ってみてください」
「はい、先生」
アハティ家の庭で、ロムスは水球を魔法で作り出し、それをどんどん小さくしていく。
親指の先くらいの大きさになったところで、球の形を維持できずにはじけ飛んだ。
「ああっ、もう少しだったのに」
「小指サイズまではもうちょっと練習が必要なようですね。
アクアスフィアのマナ配列からBのマナを減らすことによって実現できる、小さい水球。標準サイズの水球を作るのに比べ、大きい水球を作るのと同様に難しい技術である。
ロムスは再挑戦する。その様子に、昨日激しい戦いを終えたばかりとは思えないあどけない少年の様子だ。
セバルトは、その奮闘を見ながら、ほっと息を吐いた。
(どうやら俺の日常は、小さな英雄達によって守られたみたいだな)
危惧していた危機は起き、だが自分が育てた生徒達が活躍し場は収まった。セバルトがこの時代で企んだことは、見事に成功したと言っていいだろう。
もっとも、一番強い相手はセバルトが相手をしたのだから、まだまだ全てを渡すわけにはいかないけれど。強い方も相手できるよう鍛えていかないとな。
(……しかし……授業のための準備をして、カバーしきれない分は人知れず補うために俺が動いて、実は普通に英雄やるより苦労しているのでは……?)
一瞬頭に浮かぶ考えだが、いやそんなことはないはずと打ち消す。
人の悪意に晒されていないのだから、これでいいのだ。それに、全てが完成した暁には、一切を任せて完全に楽できる。損して得取れ、苦労して楽をとれの精神だ。合計ではこっちのプランの方が得なはず。
己に言い聞かせつつ、ロムスの方に目を向ける。
ロムスを見ると、集中した様子で、魔法を行使しようと奮闘している。
(細かい計算は抜きにして、これで危機は去って、俺はスローライフをのんびり送れることが約束されたとなれば……よっし明日から休むぞー!)
新しい時代の新しい生き方をこれからもこうやって続けていこう。表情を崩しながら、セバルトはそう思ったのだった。
――これは、戦闘のあと?
翌日。
セバルトの言葉もあり、少し気になって周囲を見回っていたザーラは、町の北の山間で魔力の痕跡を感じた。
そこでよくよく調べてみたところ、魔物のものと思われる羽の一部などが少しだけ見つかった。
「まさかこれは……アークデーモン!? 嘘、そんな強力な魔物がここに?」
背筋に冷たいものを感じて周囲を疑うが、しかし何の気配もない。朝から吹いている風の音が聞こえるのみだ。
それはそうだろう。
ここに魔物由来の素材があるということは、魔物はもう倒されたということなのだから。
とはいえ、恐ろしい話である。
アークデーモンとは、数百年前、人と魔の大戦があった頃に原本が書かれた書物に伝説のみ残る最上級のデーモン。一体だけで町が壊滅しかねない。倒されていてよかったと、胸をなで下ろすザーラだが、眉間にしわを寄せる。
「でも不思議ですね。そんな魔物を倒せる人間なんて――」
その時、ザーラの脳裏に彼の姿がよぎった。
『ええ。こういった場合、奇襲も警戒すべきなので、町の周囲をそれらしきものがいないか見回っていたんですよ』
「……セバルトさん?」
ザーラは疑問を胸に抱きながら、さらにその場を調べていく。
いくつかの地面には明らかに強大な魔力の痕跡が有り、またグレーターデーモンやマスターリッチなど、書物でしか見たことがない魔物の体の一部が、砂の中や草陰などに隠れて見つかった。
目につきにくい場所だけから魔物の体の一部が見つかることから推測すれば、ここで魔物を倒した者が、痕跡を消そうとしたのは明白だ。夜だったこともあり、それを逃れたものが少しだけあり、今ザーラの目に留まっている。
だとすれば、本当は目につきやすいところにも大量の魔物の遺骸があったはず。
一体ですら危険なレベルの魔物が、数え切れないほどいたはず。
(いや、でも、そんなはずはない)
ロムスは言っていた。先生は、自分は旅ができる程度の戦闘技術しかないと話していたと。色々な知識はあると言っても。
それに実際に会って一緒に作業をした時も、ザーラが己の目で見たときも、これほどのことができるほどの魔力は感じられなかった。
でも、だとしたらいったい誰がどうやって――。
こんなことが出来る人間をザーラは知らない。有力な魔法使いや戦士の情報も、方々からお呼びのかかる賢者という立場上、耳に入ってくるが、そういった者達でもこんなことは到底無理だ。
もしこれらの魔物を一人で倒すなどということができる人間がいるならば、数百年前にあった、魔物との大規模な戦いを終結させたといわれる、英雄その人くらいだろう。
――もちろん、人間がそんなに長く生きるわけはない。
「あなたはいったい、誰?」
ザーラの唇からもれた呟きは、風の音にかき消される。




