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死神再臨 4

「報告いたします。目標の人間どもは予想よりも人的被害は少ないようですが、多くのマジックアイテムや武具や薬を消耗し、また疲弊している様子とのことです。また、もっとも腕の立つ者でも、複数で上級の魔物と戦える程度とのこと。また、勝利したと信じ切っているようで、勝利に沸く歓喜の声を聞いたとのこと」


 エイリア北に並びそびえる山々の合間にある平野にて。

 夜の暗闇の中で、赤黒い鱗の悪魔が、身長三メートルはあろうかという巨躯の魔物に報告をしていた。


「魔王ウィーハード様、如何いたしましょう」

「すべては我らのできる計画通りということだ。終わったと思い込んでいるならば、このまま山あいの道を進み背後から強襲する。逃がさずに安心して奪い尽くし殺し尽くすことができる。戦力も報告の通りならば、我々を止められるほどのものはないのは間違いない」


 魔王ウィーハードと呼ばれた魔物――鳥類のような顔をしている、赤や黒の羽毛で覆われた巨大な悪魔は周囲を睥睨した。

 彼の前には、数多くの悪魔や獣鬼、魔獣など、魔物が大勢集まっている。間違いなく、魔王と呼ばれたものが魔物を従え行軍しているのだ。


「もう我慢する必要は無い。数百年前、我らは苦渋を舐めた歴史がある。ゆえに慎重に行動することにしてきたが、先遣隊との戦いの報告ではっきりと分かった。これまで我らが息を潜めている間に人間はふぬけになりきっていると。あのような使い捨ての下らない者ごときに手間取るというのだ。この本隊では最下級の魔物が人間どもの倒せる限界というところだろう。ははは、少々意気込みすぎたかもしれないな」


 そこにいたのは、オーガデーモンやオーガデーモン以上の力を持つグレーターデーモンをはじめとしてグレーターリッチ、アークゲイズなどの軍の中核をなす者に、ミスリルゴーレムのようなガーディアン、デスキャットのような戦獣など高位の魔物ばかりだった。

 そんな先刻襲った魔物よりもはるかに強力な、一体ですら危険な魔物が数え切れないほどにひしめき合っている。


「さあ、行こうではないか。命を刈り取り死を振りまき、我らの喉を人間共の血で潤すのだ!」


 魔王の号令を受け、彼らはエイリアの街へと進み始めた。

 山々の間をを目立たないように進んでいるが、それは元は警戒していたからということもあるが、今そうしているのは逃がさないため。

 すべての住民を恐怖の坩堝に陥れるため、十分に近づくまで気づかれないように背後から近寄っているのだ。


 天気も彼らに味方していた。

 空を覆う雲は夕刻よりさらに分厚くなり、星や月の光はほとんどない。わずかに残る空の隙間からほんの少しばかりの明かりだけが降り注ぐのみ。


 この近辺で起きていた魔物の暗躍こそ、彼らの仕業であった。偵察を送り、密かに人間の領地へ入り込む機をうかがっていたのだ。


 その千をこえる魔物達が、ついに存在を表にあらわさんと行進する。

 その時、動いていた魔物集団が歩みを止めた。

 最後尾からゆったりと進んでいた魔王と呼ばれていたものが、不機嫌な声を出す。


「何があった」

「人間です! 人間がいます!」

「なんだと? 待ち伏せか? 話と違うではないか、人間の軍が来ているとは。灯を増やせ!」

「いえ……一人です!」


 増やした灯りは、後方にいる魔王の目にもその姿を映した。

 そこにいたのは薄汚れた暗褐色の外套に身をまとった、一人の男。

 そう、たった一人だけの人間だった。


「くくく……はははは! たった一人だと? 迷い込んだ旅人か?」

「いえ、違います。元々知っていたんですよ。あなた達がここを通って来ることは。あなた達がしばらく前から探らせていたようですが、そこから情報を得ました。魔物達が使う暗号を読むことができるので」


 声を上げた男の言葉に、魔物達がざわつき始めた。まさか自分達の計画が知られていたとは思っていなかったのだ。しかも暗号まで読み解かれている。


「静まれ」


 魔王が余裕を持った声を出すと、ざわついていた魔物たちは落ち着きを取り戻す。

 静かになった魔物達が道をあけるなか、興味深そうに魔王が直に話せる距離まで近づいた。


「何者だ? お前は。なぜここにいる?」

「僕はセバルト・リーツと言います。暗号と、周囲の地理的な特徴、そして魔軍の習性と好み、長い間そういったものを色々見てきたので、それらを総合的に考えれば本隊がここから来ることは明確に予見できました」


 知性のある魔物がいた洞窟の中で見つけた、一見模様のように見えたものは、魔物が使う暗号であった。魔物との戦いを続けてきた中で、セバルトはそれの意味することも解読していたのだ。


 そして、魔物達の計画を知ったのだが、その全部は話していなかった。とてもエイリアの町の人達では敵わない魔物達が、陽動部隊にあわせてやってくるということも書いてあったからだ。

 それを知らせて、彼らが戦おうとしたら被害は拡大する。とても敵う魔物達の規模ではなかったのだ。

 まだ英雄計画の途中、ここでぶちこわさせるわけにはいかない。

 だから誰にも知らせなかった。いや、知らせられなかった。


 なぜなら、他の人がここにいないから――。


「ほう。なかなかに鋭いが、その割には貴様一人しかいないようだが?」

「ええ。ここには僕一人しかいませんよ。皆は街を守って疲れていますから、休ませてあげないと」


 セバルトは、穏やかな表情で続ける。


「ここにいるのは、あなた達を説得するためです」

「説得……だと?」

「ええ。人間を侵攻するなどということはやめませんか。互いに互いの領域で、争わずにいればいいじゃないですか。そうすれば、どちらも傷つかずにすみます。三百年前の戦いでわかっているはずです。争えば双方ともに被害がでると」


 セバルトが言うと、魔王や他の魔物達は呆気にとられたようにしばし言葉を失う。だがすぐに、嘲笑と怒号が広がった。


「何を寝ぼけたことを! やはり人間は愚かだな! かつてならばともかく今の人間など恐るるに足らず。交渉する価値などないとわからないとは」

「交渉じゃありません。提案であり、お願いです。僕はこの町が気に入っています。ここで静かに暮らしたい。そのために、あなた達を止めなければならないんです。――何をしてでも」


 セバルトの右手が、虚空を握りしめた。


「もうよい。計画を見破ったからどんな人間かと思えばただの腑抜けとは。もう底は見えた。……やれ」


 そう言うと、見下した顔で、魔王は後ろへと下がっていく。

 魔王に命じられ、最前列にいたグレーターデーモン四体が、嬉々としてセバルトの元へ向かって行く。


「わかりました、魔王様!」

「ずっとこそこそしてて、肩も凝ってるんだ。準備運動にもならないだろうけど、刻んでやるか! たった一人でやってきた大馬鹿者を!」


 爪を振りかざし、セバルトの身を八つ裂きにせんとする魔物達の様子を、他の魔物達はニヤニヤとその様子を眺める。

 そして悪魔たちはとびかかる。

 その、瞬間だった。


 ぼとり、と重たい音がした。

 かけ声はかき消え、空気の音だけが響く。

 悪魔の体は慣性に従って数歩進んだところでバランスを崩し、さらに大きい音を立て倒れる。

 一瞬、時が凍ったように全ての動きが止まった。囃し立てるような声も、身じろぎをする音も。

 厚い雲の合間から一瞬月明かりが顔をのぞかせる。


「一人じゃないと――誰かに見られていたら――お前達を皆殺しにできないだろう?」


 集まった魔物の一軍は目にした。

 四つの首と四つの体が地面に転がっているのを。

 セバルトの手に握られた純白の聖剣『スノードロップ』から、どこまでも静謐に血が滑り落ちている。


 一人の人間にも見られていないところでは、セバルトは今でも英雄になれる。


 魔物達にとっての、死神に。

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新作【追放されたからソロでダンジョンに潜ったら『ダンジョン所有権』を手に入れました】を書き始めました。 ダンジョンにあるものを自分の所有物にできる能力を手に入れた主人公が、とてつもないアイテムを手に入れモンスターを仲間にし、歩んでいく物語です。 自分で言うのもなんですが、かなり面白いものが書けたと思っているので、是非一度読んでみてください!
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