死神再臨 3
戦局は収束へと向かっていた。
ヘルハウンドやオーガといった強敵をロムスやメリエ、ザーラなどが積極的に倒し、数が多いコボルトやレッサーデーモンなどを他の多数の冒険者たちが相手をすることで、うまく被害を小さく保ちながら効果的に数を減らしていったからだ。
今や数多くの魔物が倒れ、もう人間達は魔物たちを率いているらしき指揮官とその守護に剣を向けられる状況になっていた。
今、そこに向かっているのはメリエとロムスの二人。
「いくよ、ロムスくん」
「はい、メリエさん」
向かってくる残党を倒しながら、まっすぐに魔物達のボスの元へ向かって行く。止まらない。
そして走って向かっている二人はついには指揮官らしき、他より一回り大きく兜などの装備を身につけたリーダー格の魔族の目前までたどり着いた。
だが、そこには最も強力な護衛がいた。二体の魔法人形――泥で出来たクレイゴーレムと、鉄で出来たアイアンゴーレムが、ロムスとメリエを敵と認める。
「ゴーレム……」
「来たわね」
因縁の相手――ロムスとメリエは、共にあらためて構えた。
そして、互いに目をやる。
「戦うのは一人じゃない」
「はい。メリエさんと、僕自身を信じます。だから、今は戦えます!」
二人は同時に地面を蹴った。
同時にクレイゴーレムがコアを光らせ無数の岩石弾の魔法を放って来た。
ロムスは落ち着いて魔法図を展開する。それは正確にマナを編み、大質量の水の塊が盾と化して、岩石弾を止めた。メリエがその盾を利用して突っ込んでいく。
そしてクレイゴーレムの腕をすり抜け、懐に潜り込み、
「ロムスくん!」
「はいっ!」
ロムスがメリエの剣に水の魔法をかける。二人で訓練したときに使った、魔法剣。魔法の性質を帯びた斬撃だ。その剣で、体内マナを最大限に利用した一撃を、ゴーレムにぶち込む。
派手な音と共にクレイゴーレムは砕け散った。
「よしっ! まず一体!」
もう一体のアイアンゴーレムが、クレイゴーレムを倒したメリエに直接攻撃をしようと迫る。
「カスタマイズドスペル、千雨!」
だがそれは止まる。ロムスが自信を持って描いた魔法図が、操った魔力が、無数の水弾を飛ばし、ゴーレムの動きを阻害したのだ。
「ナイスアシスト! こっちもぉ!」
そこにさらに、メリエが横様から思いっきり蹴りつける。
アイアンゴーレムは轟音と共にバランスを崩し倒れる。すかさず上にメリエは乗り、魔法剣をアイアンゴーレムの体に突き刺す。魔法の力を帯びたことで硬い体にも通じるようになった剣は、ゴーレムの体深くへダメージを刻んだ。
赤いコアは色あせ、うめき声のような音をきしませながら、アイアンゴーレムは動かなくなった。
「やりました!」
ロムスが歓喜の声を上げた瞬間、指揮官の魔族が二人に向かってきた。味方が崩壊し勝ちの目がないと悟ったのか、赤黒い鱗に覆われた悪魔が、やぶれかぶれで襲いかかってくる。
デーモンは魔法を発動し、鋭い氷の粒をいくつも放ってくる。その威力は他のデーモンとは一線を画すものだが、ロムスは水でガードし、またメリエも剣を用いてその氷の粒を弾きながら距離を詰めていく。
「ちぇりあぁっ!」
「いっけー!」
魔力を凝縮した水撃と、力を込めたメリエの斬撃は同時にデーモンに襲いかかる。上級モンスターとはいえ、鍛え上げられた二人の力を同時に受けてはひとたまりもなく、魔力のこもった小さな尾だけを残して砂と消えた。
それを見て残っていた小物の魔物達が一斉に逃げ始めた。形勢不利に加え、ボスが倒れたことによってもう勝てないと悟ったのだろう。その様子を見て勝利を確信したロムスとメリエは笑顔を見合わせる。
「やったー!」
「やったー!」
二人は同時に諸手を挙げて、同時に跳び上がった。
「見てた見てた!? 倒せたよゴーレムが!」
「はい! 今度は向かっていけました!」
「うんうん、やったね、ロムスくん!」
「はい、メリエさん!」
「あたし達って最強の弟子コンビじゃない?」
「僕もそう思います、最強ですよ!」
ぱしぱしと何度も何度も手をあわせながら、喜びを爆発させるメリエとロムス。メリエだけでなくロムスも珍しく感情を思い切り露にして、声も大きく喜びを表している。
かつてそれぞれが破れた相手に、それぞれが力をあわせて勝利した。
暮れゆく中、家庭教師の生徒たちは勝利の喜びをいつまでも爆発させていた。
「皆、よく戦ってくれた。あれほどの襲撃を抑えることができたのはまさに全員が死力を尽くしてくれたからだ。ギルド長として、この町の治安を預かる一人として礼を言う。……さて、能書きはこれくらいにして、勝利を祝おうか!」
「おおー!」
人間たちの勝利で戦闘が終わって少し時間が経った後、戦った者たちをねぎらう宴に、イーニー達はエイリアの町の集会所に集まっていた。
急であったのでさほどの準備はできないが、飲み物や簡単な食事などが置かれていて、傷は浅いものはそこで勝利の美酒を味わっている。
そこにはロムスやメリエの姿も、もちろんあった。
がやがやと勝利を称え合う中にあって、二人もまた興奮冷めやらぬ様子で、二人で力を合わせて戦った時のことを語り合ってきた。
「魔物に向かって防御と攻撃をうまくやりとりできてたよね、あたし達。やっぱり同じ人から教わってるからかな」
「そうかもしれません。一緒に訓練したことはまだ数えるほどだから少し不安だったけど、うまくできてよかったです」
胸に手を当ててほっと息を吐くロムスと、うんうんと頷くメリエ。
「水の盾でガードしてくれたり、タイミングばっちりだったわロムスくん。頼りになるぅ、さすがあたしの弟分」
「あはは、ありがとうございます。メリエさんも格好良かったですよ。剣を構えて敵に向かっていく姿、まるでおとぎ話で聞いた英雄みたいでした」
「……っ! ロムスくん、ううっ……いい子だなあ君は!」
肩を組んでロムスの鳩尾を拳でぐりぐりとするメリエのテンションは、かつてないほど高い。ロムスはちょっと照れくさそうにしている。
「二人とも、凄い活躍でしたね」
そこにやってきたのは、たった今祝いの席にやって来たザーラだった。
気付いたメリエとロムスがそちらに顔を向ける。
「あ、お母さん。もういいの?」
「ええ。少しだけ参加させてもらうことにしたの。怪我をした方は、他の方が見てくれるって」
ザーラは傷を癒すポーションの作成や扱いなどもお手のものなので、傷を負った人の治療をしていたのだが、功労者なのにずっとここにいてはいけない、ここはだいじょうぶだから少しくらいはみんなと一緒に祝ってこいと、ともに治療にあたっていた医者や寺院の僧達に何度も言われ、少しだけならと顔出しに来たのだった。
「メリエさん、戦いの様子見ていました。ロムスを引っ張っていって、町を守ってくださったようで、ありがとうございます」
ザーラが深々と礼をすると、メリエはぴしっと背筋を伸ばした。
エイリアの町に住み鍛錬をしている彼女にとっては、賢者はやはり特別な感情を持っている存在でもある。
「エイリアの賢者と呼ばれる方にそう言ってもらえるなんて光栄です。でも当然のことをしたまでですから、礼には及びません。弟弟子を守るのも、エイリアの人たちを守るのも、あたしにとっては当然のことだもの」
「あの、順番的には一応僕の方が兄弟子だと思うんですけど……」
「気にしない気にしない! あたしはロムス君が弟でいいから」
ええー、という何か釈然としない表情を浮かべるロムス。
その二人のやりとりを見て、ザーラは楽しそうに笑っている。
「ふふ、よかったじゃないロムス。いいお姉さんができて」
少し真面目な顔になってザーラは続ける。
「本当に、二人とも素晴らしかったです。あなたたちがいなければ、こんな少ない被害で戦いを終えられたかどうか。いえ、そもそも町を守ることすらできなかったかもしれません。ありがとうございます。頼りにさせていただきますね」
ロムスとメリエは、はっと目を見開き、独り言のように言葉を漏らす。
「母さんが僕を頼りに――」
「賢者があたしを――」
「僕、もっともっと勉強します」
「ええ、先生に教えてもらったことをしっかり身につけないと……あれ? そういえば先生は?」
二人は周囲を見渡すが、そこにはセバルトの姿はない。
近くにいたメモットに尋ねてみても、すでに帰ったというわけでもなく、全く見ていないと言っている。
「戦いが始まる前には、魔物の動向を監視すると言っていました」
「魔物の動向を監視ですか。奇襲などを防ぐということでしょうか」
メモットの答えを聞いたザーラがそういったとき、不意にザーラは虚空に視線を向けた。
何かピリピリとしたもの――大気が震えるような大地が揺れるような、そんな強力な力を感じた気がしたからだ。
しかしそれが何なのか正体はつかめないまま、気のせいかと首をかしげる。
セバルトはどこに……?
三人が疑問に思う中、宴はまだ続いている。