死神再臨 2
エイリアの南、荒れ地にて。
太陽は傾き、空を覆う雲の隙間から赤い光が大地に差している、その場所に、メリエ、ロムス、ザーラを含む冒険者や魔道士、衛兵などが集結していた。
そしてまた、相対する魔物の集団も。
「すごい数だな」
「ええ。こんな大勢の魔物なんて見たことがない。まるで、昔話にあった魔軍の侵攻みたい」
冒険者たちは、これまでにない多数の魔物の集団を見て不安げな声を出していた。魔物退治の依頼を請け負うこともあるが、それはほとんどの場合単体や小規模な群れ程度で、今現在目にしているような、百をゆうに超える数の様々な魔物の混成部隊など、目にしたことも、想像したことさえなかった。
冒険者たちも数十はいるものの、魔物の中にはオーガデーモンやトロール、ゴーレム等、彼らの力を超えるものも多数いる。
侵攻を続け、町へと近づいてきていた魔物達は、防衛についた冒険者達を見つけると足を止め、今は魔物たちも攻める機をうかがっているようであった。
両者は距離を置いて互いに見合っているが、きっかけがあればすぐにでも戦いは始まりそうな状況である。
「皆さん、大丈夫です。力を合わせれば必ず勝利はできますよ。私も今日は久々に全力を尽くします。ともに行きましょう」
そのとき、落ち着いた、それでいて力強い声が荒れ地に響いた。
その声の主はエイリアの賢者ザーラ・アハティのもの。
ザーラはまるでどこかの秘境に出かけるかのような、厚手のズボンとシャツを着て、日よけの帽子をかぶり、手には赤色の杖を手にしている。
声を聞き、その姿に気付いた者たちが声を上げた。
「賢者様が! おおおおお、ザーラ様が! 戦闘態勢に入られたっ!」
ザーラを中心に歓声があがり、士気が高まる。
ちょっと異様なその盛り上がりに、その様子を見ていたメリエが首をかしげた。
「何をあんなに盛り上がってるのかしら。戦闘態勢ってなんなの」
「あれは、ザーラが魔法の鍛錬と研究のために、古代遺跡や秘境なんかにどんどん行ってた頃のおきまりの格好さ」
ぽそりとつぶやいたメリエに答えたのは、近くにいたイーニー。
「今は主に研究とか指導教育とかをやってるが、もともとはバリバリの実戦派で魔道の探求者。もちろん、そのフィールドワークをした際には、魔物たちとも無数に戦っているはず。戦いは俺たち冒険者以上にお手の物ってわけだ」
なるほどそれで戦闘体制かとメリエは納得する。
エイリアでも有名人な賢者がかつてのように戦闘モードに入ったとなれば、士気も上がるだろう。
「それに、今とはまた違ったタイプの人気もあったしなザーラは。才色兼備な若手天才魔法使いってことで。その時の頃を思い出してるんだ。まぁメリエぐらいの世代の連中はなんのことやらだろうが、俺たちやもう少し下くらいまでは、あの頃のザーラを見てるからな。テンションも上がるってもんだ。……さてさて、いい具合に士気も上がってきたことだ。そろそろ、行くかね」
イーニーが魔物たちの集団に目をやると、ちょうど、一旦止まって様子伺っていた魔物たちが、再び歩を進め始めたところだ。
頃合いだ、とイーニーは手にした槍を掲げ声を張り上げた。
「やっこさん達ついに動き出したぞ! もう待ったなしだ、必ずエイリアは守って、俺たちが勝利する! 行くぞ!」
イーニーがかけた号令が、開戦の合図となった。
エイリアの者たちも魔物達へと一斉に向かっていき、乱戦が始まった。
戦いはいくつかの場所に別れて進行していた。
デーモンやコボルト達の群れと戦っているのは、ザーラを初めとした魔法使いの部隊。
ザーラは大地を操る魔法で、地面から槍を作り出しそれをモンスターに向かって射出して攻撃している。それは素早く丈夫で正確で、次々に魔物たちは射貫かれ倒れてゆく。
「さすが賢者様。戦いぶりを近くで見られて光栄です」
一緒に戦っている魔法使いが、ナイフを魔法で操ってコボルトを翻弄しながら声をかけた。
「ありがとうございます」とザーラは答えつつ、周囲の他の魔法使い達の様子を見る。そして、思い切って単独で前線に飛び出した。
魔法使いたちは頑張ってはいるが、レッサーデーモンくらいならばともかく、オーガデーモンやヘルハウンドといった強敵に対しては分が悪いようで、複数人で当たっても押されたり、手痛い一撃を受けた者もいる。
それならば自分が引き受けようと、派手に魔法を使って目立ちながら、敵陣の一番奥にいる指揮官らしきデーモンの方へと進んでいく。
「よし。来てくれました」
すると、思惑通り強い魔物達が一気に追ってきて集まってきた。
チラリと見た後方では、数と質が低下した魔物達に対して、魔法使いたちが盛り返せそうに優勢に事を運んでいる。
一方で、ザーラの周囲には、オーガデーモンやヘルハウンドが集まってきている。
これに対して対処しなければならない。オーガデーモン一体なら問題なく以前も倒したが、複数に囲まれていてはさすがに賢者といえど楽ではない。
ザーラは短く息を吐き出し気を引き締めると、手にした杖に魔力を集中し、一気に解放した。
固めた地の槍が次々と魔物たちに襲いかかっていく。
しかし集まっている魔物はいずれも強敵ばかりで、一方的にやられるばかりではなく硬い氷の槍を魔法でうったり、炸裂する炎の弾を吐いたりして反撃してくる。
いくつかは相殺し、いくつかは魔物たちに突き刺さる。だが一撃ではさすがに倒れず、依然として数は多い。
それでもザーラは十倍以上の数の魔物と渡り合っていたが、全方向から襲いかかってくる相手すべてに注意を払いながら戦うのは並大抵の集中力が必要なことではなく、ザーラの精神はじりじりと削られていく。
そしてついに、オーガデーモンが放った一本の氷の槍が、ザーラの注意をすり抜け、その胸に突き刺さらんと向かってきた。
「しまっ――!」
「賢者様!?」
悲鳴が上がった瞬間、水が弾けた。
弾けた水は、氷の槍を防いだ水の盾。
水滴を顔に受けながら目を見開いたザーラの瞳に映ったのは、ローブを翻すロムスの姿。
「お母さん、大丈夫?」
「ロムス君――!?」
「よかった、間に合って。――僕も手伝う、一緒に倒そう」
胸に手をあててひと息ついたロムスは、すぐに凛々しい顔つきになり、素早く水魔法を使い、多数の水球を周囲に展開し、取り囲んでいる魔物たちを油断なく見つめる。
驚いた顔をしていたザーラは、その様子を見ると嬉しそうに微笑を浮かべ、力強く杖を構えなおした。
「ええ。やりましょう!」
ザーラはもう負ける気がしなかった。
こんなに成長したロムスとともに戦うのだから。
「全員ひるむな、きっちり守りを固めて――」
「ぐああっ!」
イーニーがゲキを飛ばしたのと、冒険者の一人が巨大なこん棒によって薙ぎ倒されたのは同時だった。
トロールやジャイアントオーガのようなパワーのある魔物達をなんとかして抑えようとしているイーニーたち冒険者だったが、その力におされてうまくいかないでいる。徐々に守りの人員が減っていく。
「あたしにまかせて!」
そこに駆けつけた者がいた。
槍を突き出し、マジックアイテムで牽制し、前進を妨げようとしている冒険者達の前に颯爽と飛び出した者の姿に驚いた声を出したのはイーニー。
「おい、メリエ。奴らは並の魔物じゃないぞ!」
「誰に向かってそんなこと言ってるの。並じゃないから、あたしがやるんじゃない。でも、集中するために他の魔物にちょっかい出されないよう大物以外はせき止めてて!」
不敵な笑みでそう言ったのはメリエ。
衛兵達とともに前線へと進んで行っていたのだが、ピンチのイーニー達を見て、駆けつけたのだった。
言うが早いか、メリエは剣を構え魔物の群れに突撃していく。近寄られたジャイアントオーガは棍棒を振り回して撃退しようとする。
メリエは素早い動きでそれを回避して、その流れのままに腕に切りつける。ジャイアントオーガは苦痛の咆吼を上げ、棍棒を取り落とし、メリエはその隙を見逃さずに胸を突き刺し肩に向かって切り上げた。
ジャイアントオーガが倒れると同時に、トロールが拳を振り下ろし襲いかかってくる。メリエは今度はそれを片腕で受け止めると。
「せいりゃあっ!」
お返しとばかりにトロールに向かってキック。その威力は凄まじく、トロールの巨体が後方に倒れ込み砂煙が上がる。
メリエは後をすかさず追って跳びかかり、首を切りつけとどめを刺した。
さらに他にも襲いかかってくる魔物を次々とスピードとパワーでなぎ倒し、イーニーたちに群がっていた魔物達は一掃された。
「ふうっ」
額を拭って一息ついていると、イーニーがぽかんと口を開けている。メリエはニヤリと笑った。
「ふっふっふ。ね、大丈夫だったでしょう?」
「メリエ……お前、一体何を……何が起きたんだ?」
「鍛えてもらったのよ。先生にね」
「鍛えてって……いやいや、いくらなんでも鍛えられすぎだろ」
唖然とした声を出すイーニーにつられてまわりの冒険者達もうんうんとうなづく。メリエはその反応に満足至極な様子で得意げに鼻をならし、振り返って前を向いた。
「あたしの努力と先生の指導力があれば余裕なのよ。それに、他の魔物はイーニーさん達が倒してくれたし、協力した成果! ……ちゃんと、守れてよかった。やってきた甲斐があった」
呟いて、大きな声で続ける。
「苦戦してる人たちを応援してあげて。数の少ないトロールとかコボルトとかなら倒せるでしょう」
「ああ……って、メリエはどうするんだ?」
「あたしはボスを倒しに行く。弟弟子と一緒にね」