メリエとロムス
「それじゃあやりましょう、メリエさん」
「うん、ロムス君」
町外れで会ったロムスとメリエは、せっかくだから一緒に訓練しないかという話になり、エイリア西の森に来ていた。その中の少しひらけた日だまりで、かたや魔法、かたや武術の訓練をしに来ている。
「さて、それじゃあ。せっかくだし二人で一緒にやってみようか。同時攻撃っていうか、コンビネーションって言うかさ!」
無理矢理それらしく話を変えるため、大きな声でメリエは言う。
「あ、それ、いいですね。武術を使う人と一緒にやることってあまりないので、勉強になると思います」
ロムスは乗ってきて、ローブを翻しメリエの横に立つ。
メリエは話を切り替えられたことにほっとしつつ、訓練用の剣を抜いて構える。
「うむ。それじゃああの岩を標的にして、連携の練習しよ」
「はい」
メリエは体内マナを活性化させ、ロムスは魔力を指先に集中する。そして、水の塊が出現すると同時にメリエが地面を蹴った。
数十分後、そこには見事に割れた岩があった。
その前には、割れた岩にもたれて座る二人の姿。
「すごいですね! こんな岩が割れましたよ!」
「うん。あたしたちって結構ヤルかも」
興奮気味なのは今はむしろロムスだった。魔法を使ったり二人で対戦してみたり一緒にストレッチしたりと訓練しているうちに、段々熱を帯びてきたのだった。実は結構うちには熱いものを秘めてるタイプなんだなとメリエは驚いている。
岩を割ったのは、ロムスの魔法の力を込めたメリエの剣。魔法剣にすることで、バラバラに使った時よりも高威力の攻撃を繰り出すことができた。
「そうですね、結構頑張りました。もちろんセバルト先生あってのことですけど」
メリエはロムスをじぃっと見る。
(この子セバルト先生のこと好きだなー)
ロムスが不思議そうに眉根を寄せると、メリエは首を振って言う。
「ま、たしかに先生のおかげもあるかもね。一番はあたし達の努力だけど。そういえば、セバルト先生といえばさ、先生の傷って魔物と戦ったせいなのかな」
訓練をしつつメリエが思い出したように口を開いた。
「傷があるんですか?」
「体の傷。前、裸見た時、たくさん傷があったの。ロムス君みたことない? 旅人って言ってたけど、なかなか過酷な旅してきたのね」
はぁー、と感心したようにメリエがため息をついた。激しい旅路に思いを馳せているように。
とそのとき、ロムスの不思議そうな声がした。
「あの、どうして先生がメリエさんの前で裸になったんですか?」
瞬間、メリエが高速で首をロムスの方へ素早く回した。
「ち、違うのロムス君、そういうことじゃなくて教育の一環で!」
「そういうこと? なんのことでしょう、僕は何も言ってませんけど……」
さらっと言葉を滑り出したロムス。
「あああそうじゃなくて……うー……! 忘れる! 練習!」
わたわたと両手を振り回しているメリエは話を切り替える。
「いま休憩しようって」
「あああそうだった。休憩! とにかく全てを忘れて休むの!」
メリエはそう言って、眉間にしわを寄せながら座禅を組むようなポーズで目を閉じる。
ロムスはその様子に吹き出した。
「あはは。メリエさんといると、なんだか元気が出てきます。……実は僕、この前ちょっと失敗してしまって、落ち込んでいたんですけど。自分に自信が持てなくて、前を向けないんです。どうやったら、メリエさんみたいに前向きになれますか?」
「……私もそんなに前向きじゃないよ。落ち込むこともあるし。私もちょっと失敗しちゃってね。もっと力があればいいなって」
「そうなんですか?」
メリエは目を開け、息を一つ吐く。
「案外そうなの。……でも、ロムス君は自信持ってもいいと思うな。ほら、ここにあたしがいる」
メリエは自分を指し示した。
「メリエさんが?」
「そうそう。同じ生徒仲間のあたしが。それに先生も、ロムス君のお母さんも凄い人だしさ。凄い人が大勢ロムス君を支えてるわけだから、もっとガツンと行っても大丈夫だよ。自分だけじゃ足りないなら、周りの人の自信ももらっちゃえばいいんだよ」
「皆が僕を……」
ロムスは目を閉じ、幾人かの顔を思い浮かべる。
(ああ、そうか)
そして、杖を握りしめた。
(昔から僕は変わってなかった。怖い相手がいると何も出来なくなるのは、魔法が使えるようになっても同じだった。それは力の問題じゃなかった。自分に自信がないからだ。――でも、メリエさんの言うとおりだ。僕は僕だけじゃない。僕の中にはいろんな人がいる。自分だけでやるとしても、それは自分だけじゃない。だったら、信じられる。信じないと)
メリエがおっ、という表情をした。
(ロムス君の目の色が変わった。何か掴んだのかな。頑張って姉弟子っぽいこと言えたなら、よかった。強がってみて。……はぁ。でもあたしの方はなあ。気の持ちようでどうにかなるもんでもないし。……あれ?)
とそのとき、メリエは背後の岩にあらためて気付いた。
ロムスとの魔法と剣技の同時攻撃で訓練中に砕いた岩だ。
「そうよ。これって、硬いものも砕けてるじゃない……ああ、そっか。そういうことだったんだ」
メリエはロムスと同じように納得の表情を浮かべた。
今自分が言った通りじゃないかと思ったのだ。
セバルトの生徒は自分以外にもいる。自分が皆を守らなければと思っていたけど、そうじゃなくていい。重要なのは、人が救われること。何人かで協力すれば、かつての英雄みたいに人を救えるなら、そうすればいいだけだ。
自分一人では無理なことでも、力を合わせればできる。それがこの割れた岩の言っていること。
(英雄は一人じゃなくていい)
「そんな単純なことに気付いてなかったなんてね」
思わず声を上げて呟いた自分を、ロムスが不思議そうな顔で見ていることにメリエは気付いた。
メリエはロムスに向かって、にっと笑う。
「さっきの二人で協力した魔法剣、強かったね」
「はい。剣士の人が戦う時の姿って初めて見ましたけど、本当に強そうで見とれちゃいました」
「本当に強そう?」
メリエのテンションが一気に上がっていき、剣をぶんぶん振り回して喜びを表現する。
「うわっ、あぶなっ」
「あっはっはー、ロムス君なかなかわかってるねー。君、将来有望だよ」
「そ、そうですか」
「そうだ! さっきの連携技に名前つけないとね!」
「名前?」
ロムスが首をかしげる。
「そうよ。必殺技には必殺技らしい格好いい名前がいるじゃない。お互い、パワーアップしたことだし、それにふさわしい名前を考えないと。ツインスラッシュとかどう? センスあって格好いいでしょ」
「え? いえ、あまり……格好良さとセンスは感じないですけど」
「ぅぐっ」
「あ、でも大丈夫ですよ。そもそも名前は技の性能には影響ありませんから」
「正直に言いすぎでしょー! ロムス君って結構厳しいよね、……ふん、ロムス君にあわせようとして少年向けの名前を考えすぎただけよ。私の本気で絶対ぎゃふんと言わせてやるからね。……もちろんロムス君も考えるのよ」
「え、僕もですか」
「もちろん。二人で協力すればもっといいって、わかったじゃない」
二人は吹っ切れた顔で、必殺技の名前を考えるのであった。