セバルトとザーラ
アハティ家の研究室は一階の北側にある広い部屋だ。窓には暗幕がなされ、魔法の灯が一定の光量を提供している。木製の棚には、金属容器や壷や木箱、ガラス容器などに入った、薬草や薬液、鉱物や結晶などが並び、またトンカチやナイフ、秤や薬包紙などもあり、さすが賢者の研究室だけあり個人宅とはいえ本格的である。
その中央にある作業台をセバルトとザーラは囲んでいた。
「魔物を探知する羅針盤ですか」
「ええ。魔法学校で起きたゴーレム暴走事件や、他の事態も含めた厄介な魔物達を見つけるために」「そうすべきですね。明らかに異常ですから」
セバルトがそう言うと、ザーラはどこか満足げに頷く。
「やはりセバルト先生も以前から気づいていらっしゃったのですね」
ザーラは、羅針盤のような形の魔道具を作業台の上に置く。これは瘴気のような汚れた魔力を探知する力を持っている。これをもって、ローラー作戦でエイリアの周囲を調べるという。
「そういうわけなので、魔力を探知する羅針盤を作ろうとしているんです、それもたくさん。……しかし問題がありまして、作ることはできて性能は十分なのですけれど、量産性がよくないんです。出力を確保しようと思うと素材が多く必要で、そんなに数が作れなくなってしまうんですよね」
「なるほど……」
セバルトは魔力探知の羅針盤を触ったり使ったりしながら、その先端から発せられる波を真眼で視る。
特定の植物や鉱物や魔物の体の一部などの物質は、自然に特定のマナを編んだり、魔力を放出する性質があり、それらを適切に加工してやることで、魔法と同じような効果をもつ道具を作ることが出来る。なので、セバルトの眼も魔法に対して有効なようにマジックアイテムに対しても有効であり、マジックアイテムを解析し、改良点を考察していくのに役に立つ。
そして、この魔を指し示す羅針盤が必要としているものも、見えた。
「あれを使ってみたらできそうですね……よし、ちょっと採ってきます!」
「え? え? あ、待ってください私も行きます!」
セバルトが即動き始めると、ザーラもよくわからないまま急いで後に続く。そしてセバルトとザーラは、薬剤の香りが漂うカーテンが閉められた部屋を飛び出した。
向かう先は、冒険者ギルドだ。
「あの、あれというのは?」
「必要なのはこれこれ、これです」
セバルトは灰色の小さな角を手に取った。
メモットに買い取りたいからと出してもらったものだ。
「それは……ホーンモールの角、ですか?」
ザーラが顔を近づけまじまじと見つめる。
「あ、ご存じですか?」
「はい。土の中にいる魔物ですよね、割と珍しいですが、知っている人は少なくないと思います。でも、魔物自体は結構珍しいので、こんなにたくさん角があるのは意外ですね」
「先日、たくさんとってきてくれた方がいたんですよ」
言ったのはメモットだった。
「セバルトさんが、依頼をこなしにいく冒険者の方に、どこで魔物がたくさん採れるかとか、何に気をつけて戦うかとかを教授したんです。そしたら、いつもの何倍も魔物を討伐できて、その魔物からとれた素材もたっぷり。セバルトさん、教えるのうまいですよね~」
メモットの話を聞いたザーラが感心した顔で、手を合わせる。
「わあ、さすが先生ですね。ギルドの方まで助けているなんて」
「いや、そんなことはないです。たまたま詳しい分野だっただけです」
「やっぱりセバルト先生は驕らないんですね。。なんでもできるのに。そういうところ、いいと思います。そんな方に教えてもらえるなんて、ロムスも私もありがたいことです」
「え? セバルトさんがザーラさんに? 賢者に教えてるの?」
「ええ。私の知らないことを、たくさん知ってるんですよ。だから、お話出来ると嬉しくて」
ザーラが少女のような笑顔で応える。
「あーいやいや、全然そんなたいしたことないので! それより、素材です素材!」
嬉しいけど注目されるのは困るけど、と迷ったセバルトはとにかく当初の目的を果たす。
ザーラは、そうでした、と言ってホーンモールの角を見る。
「どうしてこれを? これはマジックアイテムの素材として試された事例はありますけど、見た目が綺麗なだけで特別な魔法的効果は見られないという報告があったと思いますが――」
「確かにそうです。これだけでは特に何の意味もない、何の作用もない物質でしかありません。ですが、あの羅針盤の針に使われている鉱物に一緒に使うことで、効果を高めることができるんです」
「え、そうなんですか!?」
落ち着いた雰囲気を忘れて声を高くして驚くザーラ。セバルトはそれに対して落ち着いて頷く。
「ええ、本当です」
「あ、いいえ、疑ってるわけじゃないのですが、聞いたことがないので驚いてしまいました。そんなことがあるんですね」
「まぁ、組み合わせなければ何の効果もありませんから、なかなかそういう発想にいたらないのかもしれません。でも、ほら、さっきも話に出てきた地霊の一族。彼らは色々な知恵を持っていて、そこで教わったんです」
「あ、クワガタの」
「はい、クワガタの」
ザーラはなるほどという表情で頷いたかと思うと、体を微かにうずうずとさせはじめた。
そして自分でもホーンモールの角を手に取ると。
「ね、セバルト先生。早く試しましょう。どうなるかやってみたいです」
うきうきした表情でそう言うのだった。
アハティ家の開発室に帰ってくるやいなや、ホーンモールの角と、開発中の魔力探知の羅針盤を合わせた道具を協力して作りはじめる。
とってきた素材からエキスを抽出し、それをマナと魔力を通しやすい糊と合わせて、羅針盤に塗布。その際にはマナを効率的に編み励起するための誘導線を描くようにして、より効率的に通じるようにする。
(結構楽しいな。こういう地道にチマチマした作業をやるのは結構好きだ)
すでにベースはできているし、二人とも魔法に関しては一家言ある者なので順調に進み、すぐに新バージョンの試作品が完成した。さっそくテストしてみると、見事に使った素材は少ないのに発せられる波動はむしろ強力なものになっていた。
(よし、成功だ)
セバルトは拳をぐっと握る。
触媒を使ったことで、最初より十分の一以下の素材で同じだけの性能を確保できた。それに素材の量が減ったことで、製作時間もかなり短くできる。
「やったぁ! やりました、魔力探知の羅針盤完成できました!」
と同時に、高い声がすぐ側から聞こえ……ザーラが両手をあげて喜びを爆発させていた。
思ったより大きい反応に口を半開きでセバルトはザーラに見入ってしまう。
ザーラが視線に気づき、手をすーっと落とし、視線を彷徨わせ、照れくさそうな顔になる。
「あはは……お恥ずかしい。はしゃぎすぎですね」
そのテンションの移り変わり様が面白くて、セバルトの方が今度は笑顔になってしまう。
笑いながら、セバルトはフォローする。
「全然、むしろいいものが見られました。賢者が無邪気に喜ぶところなんて、なかなか見られないですよね~。いやあ、珍しいものが見られてよかったです」
「うう。からかわないでください、セバルト先生。そういうときだけ賢者って言いますよね」
下げた両手でおさげをぐるぐると回しながらザーラは不服そうに唸る。
「ついつい、あんまり嬉しそうだったので。……できましたね、マジックアイテム。僕もほっとしました」
一息ついて、二人とも真面目モードに戻り、できあがった探知の羅針盤が起動する様子を観察する。成功を讃えるように、赤い光が揺らめいている。
「……ええ、すごいです。セバルト先生の素材のおかげです」
「最初に使っていた鉱物と組み合わせたからですよ。あれを使う発想は僕にはありませんでした」
過去と現代の知識と品物を合わせたことで、新たな効果を生むことができた。家庭教師先の親だからお世辞を言っているわけでなく、間違いのない事実だ。だからこそ、セバルトの言葉には真実がこもっていて、ザーラの心に響く。
「セバルト先生――ありがとうございます。あなたにそう言ってもらえると、とても嬉しいです。……さて、できたなら、あとは量産ですね。よーし、がんばりますよ!」
ザーラは眉をきりっと持ち上げ気合いを入れる。
「しかし、私までセバルト先生に色々教えてもらってしまいました。ただでさえ生徒さんが複数いてお忙しいのに。すいません」
「いや、複数って言っても二人ですし」
「そちらの方はどうなのですか? いえ、聞くまでもありませんね。うまくいかないはずありません。セバルト先生なら」
「それが、ちょっと苦戦してるところもあるみたいです」
ゴーレムに身を竦めたロムスのことが脳裏をよぎる。
そしてメリエも、訓練中に見た限りまだ問題がある。
「でも、きっとすぐに解決しますよ。彼ら自身で」
そのために、今の時代の英雄候補は一人じゃないのだから。