元英雄の昔話 2
そうしてセバルトは、ザーラに自分がしてきた旅についてのことを話していった。
もちろん、魔王や魔神と戦ったということを話すとさすがにおかしいので、その辺りは適切に変えつつだが。
一年中赤色の霧に閉ざされている渓谷。赤子のすすり泣きのような音を発する木々が立ち並ぶ不気味な森。鳥の翼とムカデの足を持った虎のような魔物との大立ち回り。地霊と呼ばれる小さな種族が住んでいる集落に訪れ、歓待を受けたことなど、様々な冒険譚を。
「それで、その地霊たちがすごく気のいい人たちで、もてなしてくれたのですが、黄金クワガタのステーキというものが一番のごちそうらしくて……さすがにちょっと面食らいましたね」
あるときは固唾をのみ、あるときは笑い、あるときは真剣なまなざしでセバルトを見つめて、話を聞いていたザーラはこのときは驚きに目を丸くした。
「クワガタ? 食べたんですか。というか食べられるんですか」
「彼らはすごく期待した目で見てくるんです、キラキラと、宝石みたいな目で。いくつもの宝石の目で周りから見つめられると、断るに断れません。思い切って、口に放り込みました。そしたら……なんと、おいしかったんです」
「本当ですか!?」
「ええ。淡泊なんですが、奥底には肉のうまみが凝縮されてる感じで、凄く美味でした。それに感動して、後日自分で捕まえたクワガタを食べたらまずかったので、多分種類によるんでしょうね」
「え。なんで自然に普通のクワガタを食べてるんですか」
「え? いや、おいしかったので。貴重なタンパク源ですし」
「いやいやいや」
ぶんぶんぶんと手を振るザーラ。
なんだかリアクションがだんだん大きくなっている気がするセバルトだった――と、そのとき、ザーラがぴたりと動きを止める。
「はっ、なるほどそうでしたか」
「え? 何が?」
「話をうかがうにつれ、ハードな旅だということがよくわかってきました。きっと泥水をすすり、地虫を貪らなければ生きていけないような状況だったのですね。さぞ大変だったでしょう。せめてこの町にいるときは美味しいものをたくさん食べてください。家庭教師に来た時、私がいればセバルト先生の分もお料理を作ります」
ザーラは目に涙を浮かべ、慈愛に満ちた表情をしている。
何だがものすごく過酷な環境で生きてきた人だと解釈されてしまったらしい。
実際過酷な環境に来てたんだけれどさすがにそこまで……いやまあたしかに泥水を吸ったことはあるけど……虫も食料が足りない時はちょくちょく食べてたような……あれ?
もしかして自分はネウシシトーの標準的な生活から結構離れていたのではないかと改めて気づかされるセバルトであった。
セバルトは楽しかった。
これまで旅のことなど誰にもほとんど話していなかったから、それについて話せるということが。
話を聞くザーラも、もともとが魔法使いとして冒険などをしていたこともあるからだろうが、好奇心が強いタイプなのか時に息を呑み、時に笑い、いろいろと尋ねたりしながら話を聞いていた。
セバルトの人生の半分は孤独な旅で占められていた。だからそれについて話せるというのは、自分のことを知ってもらうことにも等しかった。自分のことを知る人はほとんどいない場所で、それは思っていた以上に、心強く、心安らぐものがあったのだ。
「セバルト先生のお話、とても面白いです。まるで自分が見知らぬ土地に行ったような気分になれました。ふう、行きたいなあ。溜まってる仕事を忘れて」
ザーラがうーんと伸びをしながら言う。
「行っちゃえばいいじゃないですか。無理にでも行かないと。延々仕事がやってきますよ」
「たしかに。そうなんですよね。片付けたと思ったらまた来る」
「賢者以前に一人の人間なんですから、たまには責任とか忘れたってバチは当たらないと思います」
「もし、私がそうしたら、セバルト先生がご一緒してくれますか?」
「ええ。その時は」
「あっ、聞きましたよ。忘れませんからね。……セバルト先生も、何かお困りのことがあれば、なんでも言ってくださいね」
「別にそんなにありませんよ?」
「それならいいんです。でも、たまに凄く苦労をしてきたのだろうなという、そんな重たいものを抱えていたような表情が見える気がするんです。私も、少し重たいなと思うことがあるので、なんとなく、わかるんです。同類の気配が」
セバルトは目を見開いた。
自分は険のある顔をしているのだろうか。それとも、やはり名前を背負ってしまったものどうしで、感じるものがあるのかもしれない。
「私ではセバルト先生の荷を持つことはできないかもしれませんけど、話を聞くことくらいはできますから。話せないことでも、隣にいるということくらいはできます。だから、遠慮なさらず」
セバルトは、ゆっくりと頷いた。
理解者。それは多分、セバルトにとって必要なものなのだとはじめて自分で気付いた。
「ありがとうございます……それじゃあ、今度はザーラさんの話も聞かせてもらえますか?」
ザーラは穏やかな笑顔で頷いた。
そしてザーラからも一流の魔法使いである彼女がどんなことをしているかを聞いた。
他の人に魔法を教えたり、特に首都に行って他の魔法使い達に魔法を教えたり、自分で魔法の研究をしてそれを発表したりということをやっていたらしい。
そして最近いちばんやっていることは、魔法を利用した道具――マジックアイテムの研究開発ということだった。棚に置いてあるポーションや、振ると魔法を起こすことができる杖や、魔力で動く台車のようなものなどを作っているらしい。
セバルトは説明してもらいながら、ちょうど部屋にあるいろいろなマジックアイテムを実演を踏まえながら見ていったのだが、なかなか面白い。
「結構色々なものがあるんですね」
「ええ――でも、セバルト先生もいろいろ知っているんじゃありませんか。魔法に関して私以上の知識を持っていましたし」
「まあ、多少なら」
「実は――今はちょうど作らなければいけないものがあるので、少し忙しいんです」
含みを持たせた言い方に、セバルトはすぐぴんときた。
「……それはもしかして、この前のことに関連して――」
「ええ。魔法学校でゴーレムが暴走したこと、そして強力なデーモンがいたことなどをはじめ、近頃この付近で起きている異常の原因となった存在を探すための羅針盤です」
ゆっくりとふれる針の入った半球状の物体を、ザーラは手のひらにのせて示す。
不吉なものの胎動を指し示すように。