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元英雄の昔話

 怪しい徴候があったものの、ここしばらくは目だった問題は起こっていない。

 なので水面上では、何事もなく平和な日々が続いている。

 セバルトも、そこまで気にはしていなかった。何か起きたときのためにするべきことは、普通に暮すことだと日常生活を送っている。


 そして、そんな日常であれば、買い物だってするだろう。

 セバルトは未来の味を求めて食料の買い出しをしに出かけた。

 天気は快晴、犬が何か食べ物を加えてのそのそ歩いている平和な光景に、のほほんとしてしまう。

 と、その光景の中、買い物をしている見知った姿に出会う。


「ザーラさん、こんにちは」

「セバルト先生、こんにちは。お買い物ですか」

「ええ」


 食料品店の前で、二人は出会った。どうやら互いに今日の夕食を材料を買いに来たようだ。


「そういえば、しばらくは首都にいっていたそうですけれど、普段はこのエイリアにいる時の方が長いのですか」

「そうですね。ここにいることの方がさすがに長いです。とはいえ結構家を留守にすることも多いので、ロムスには不便をさせてしまっているかもしれませんけれど。だからセバルト先生が来てくださって助かります。本当なら私が教えるべきなんだとは思うのですけど」

「それは仕方ないですよ。高名な魔法使いということですから、いろいろなところから声がかかるでしょうし、なかなか自分の子供だけを見るというわけにもいかないでしょう。まあ、私としてはそのおかげで教えることができるので、むしろありがたい話です」


 そうしてしばらく話していたのだが――。


「あの、どうしたんですか? そんなに見つめて。僕の顔に何か?」


 ふと異変にセバルトは気づいた。

 なぜかじっとザーラがセバルトの顔を凝視していたのだ。

 やけに真剣な表情でじっと見つめていて、何かと思って見返すと、ザーラはそっと唇を開いた。


「もう、我慢できません」

「え――」

「ずっと会いたかったんです。来てください、私の部屋に!」




「そういうことだったんですか。なるほど、なるほどー」


 アハティ家の中にある一室に、様々なマジックアイテムやポーションの瓶などが取り揃えてある、魔法の研究や訓練や実験などを行う部屋がある。


 その中で、ザーラがとても感心した様子で、横に座るセバルトの話をメモにとっていた。

 ザーラが言っていた私の部屋というのは、魔法の実験室であり、会いたかった理由とは、ロムスが未知の魔法技術を身につけているのを見て、どうしても自分もそれを知りたかったからだった。


 それを聞いたセバルトは、一瞬考えたがすぐに了承した。

 それにもとより、家族くらいには話すであろうと思っていた(ただ、ロムスは先生がいいというまでは話せないと言っていたらしい。口が硬い生徒だ)。


――本当ですか? でしたら是非、お願いします! もちろんお礼はいたします。魔法の秘儀を教えていただくのですから、なんでもどれだけでも言ってください

――え、いえ、そこまではいいです。まあ、そうですね……家庭教師の授業と同じように考えていただければ、それで結構ですよ。

――そ、そんなのでいいんですか? あれほどのことなのに?

――ええ。


 セバルトに頼んだときのことを思い返したザーラは感嘆のため息をついた。


 このセバルトという男は、どれほど無欲なんだろうかと感心した。深い知識と高い能力を持ちながら、それを使って金を荒稼ぎしようと思ったり名声を得ようとは考えず、偉ぶることもおごることもなく、平穏な生活をしていければ十分という態度。

 それはまさに、おとぎ話に出てくる静かに魔道を究める徳の高い賢者のようではないか。自分以上に賢者と呼ばれるにふさわしい。


(いやー、賢者と呼ばれるくらい力がある人がさらなる力を得るなら願ったり叶ったりだなあ。何かあっても全部解決してくれそうだし。未来のトラブルはアハティ親子におまかせで俺は密かに隠れ住めるぞ)

 一方セバルトはラッキーと有頂天だった。


 意識のすれ違いはありつつも、こうしてセバルトは、今日はロムス・アハティではなくザーラ・アハティの家庭教師をすることになったのである。




「失伝魔法というのはそういう点で、現代魔法とは異なっていたんですね。またカスタマイズドスペルもマナの調整が重要と。ある程度無意識にやっていたことですが、七種のマナがあるという事は思いもよりませんでした。ロムスはこんなにいいことを教えてもらってたんですね。いいなあ」


 そう語るザーラの表情は、年齢よりも幼く見えた。ロムスの母親としてあいさつをしている時はもっと落ち着いた様子だったが、今は声が鞠のように弾んでいる。

 興奮した様子でロムスが身に付けた魔法を見た感想を述べていた時と似ている様子だ。魔法となると結構人が変わるらしい。


「あははは。でもさすがだと思いました。言われてすぐにマナの変化に敏感に気付けるのは熟練しているからだと思います」

「ありがとうございます、セバルト先生。セバルト先生に褒めてもらえて嬉しいです」


 にっこりと笑い、学校の生徒のような口調を作っていうザーラ。

 セバルトはその調子に噴き出してしまう。もう、会うのに心配していた時の事は遥か過去のことである。結構面白くて、かわいいとこのある人だなと思っている。


「どこでどうやって身に付けたかということは秘密みたいので深くは聞きません。こうして教えてもらえだけでも十分ですから」

「そうしていただけると幸いです。まあ、様々な場所を旅してきたので、その途中に色々あったんです」


 もはや定番となったいいわけをするセバルト。旅万能説。


「旅……ですか。旅人なんですか、セバルト先生」

「ええ、まあ、そんなところです。でもしばらくはここエイリアで落ち着こうと思ってます。というのも、だいぶ長い間旅をして来たので、少しばかり人里が恋しくなったんでしょうね」

「それはいいですね。素晴らしいことだと思います。是非好きなだけ滞在してください。今は失われた知識や技術が、古い遺跡から見つかることがありますから、きっとその時に、このような魔法の秘密なんかも知ったんでしょうね」

「え? ええ、はい。そうです」


 古い遺跡からというか、まさに古い時代そのものなのだが、実際セバルトは旅をしてる最中に、当時から見てもさらに古代の遺跡などで、封印された魔法を覚えたり、古文書を読んだりして、色々と魔法や技術などを身に付けたりもした。


 だから適当に話を作って合わせたことが実際にもあっていた。ナイスアシストとセバルトはザーラに賛辞を贈りたい気分だ。


「やっぱりロマンがありますよね、冒険って。魔法と同じで、未知の世界を切り開いていくというのが素敵です」

「好きなんですか、そういう古代遺跡とか未知の領域やら何やらが」

「はい、私の主人は冒険家だったんですよ。私自身も古い魔道具や魔法などを探して一緒に行ったこともあります」


 石けん状に固められたマナ結晶を指で軽くたたきながら、ザーラは言う。

 この部屋は色々な魔法関連のものがあって、何かと触りたくなる。セバルトも、ほんのり暖かい炎のマナを含んだ花びらを指でつまんでいたりする。


(夫が冒険家だったか)

 冒険者ギルドにいる何でも屋的な側面が強い冒険者と違って、いろんなとこに旅をする字義的そのものな冒険家と賢者と呼ばれる魔法使いとは、なかなか愉快そうな夫婦の組み合わせだな、とセバルトが思っていると、ザーラは少し間をおいて。


「とは言えやはり冒険というものは危険なものですね。主人は6年ほど前に西部の山脈を冒険中、落石に巻き込まれてなくなってしまいました」


 ザーラが伏し目がちに言った。

 そういえば以前、ロムスが母一人子一人と言っていたと思い出しながら、セバルトは言葉を探す。


「それは……大変でしたね。ご苦労なさったんじゃないでしょうか」

「ええ。でも皆さんが助けてくださるのでなんとかやっていけています。最近ではセバルト先生もロムスにいろいろ教えてくださっていますし。ありがたいことです」


 しみじみと言うと、ザーラは顔を上げ。


「セバルト先生は気をつけてくださいね。しばらくはここにいるという事ですから大丈夫でしょうけど、旅をするときには安全に。ロムスも先生にはとてもなついているようですし、私たちに教えてほしいこともたくさんありますから」

「――ええ。気をつけます。ご心配いただきありがとうございます」


 なるほどとセバルトは頷く。

 六年前に亡くなっていたのか、ロムスの父は。まあ、そう珍しい話でもないが。魔軍がいた頃は当然のように死人は出たし、そうでない平和な時期でも事故も病気も人間同士のいざこざもあり、あっけなく人は死んでしまうものだ。


 それに……死ななくても、急にその時代から消えてしまうこともあるしな。

 自分の境遇をあらためて振り返ったセバルトは、少しばかり自分の見てきたものについて話したくなってきた。


 旅に出てから見聞きしたものはたくさんあり、それらすべてが自分が消えるとともに消えていくのがもったいない気がしたのだ。人類にとって有益な情報も無益な情報もいずれも。


「もしよろしければ、お話聞かせていただきますよ」


 ザーラが穏やかな瞳でそういった。

 まるでセバルトの心を見透かしたように。


「どんな旅をしてきたのか。きっと、色々なことがあった旅で、盛りだくさんなお話だと思います」

「いえ、しかし。相当に長い旅でしたから、話しはじめたら長くなってしまいます」


 セバルトは躊躇するが、ザーラは首をゆっくりと振った。


「どれだけ長くても私は喜んで聞きます。旅の話は好きですから。それに……話したいことは、話したい時に話すのがいいと思います」


 ザーラは少し考えるような溜めの後、静かに言葉を紡ぐ。


「主人は音楽が好きで、あるとき、首都で弦楽器のコンサートが開かれるから行かないかと私に言いました。ですが私は魔法使いとして名声も高まってきたころでやるべきことも多く、ちょうど予定がぶつかってしまったため、主人が冒険から帰ってきて、私の仕事も一段落した、次に開かれる時に行こうと決めたんです。そして――彼は帰ってきませんでした」


 旅に行って、二度と帰ってこなかった――。


「次って、必ずしもないんだと私はそのとき知ったんです。だからそれからは、今やれることは、今やりたいことは、今やることにしました。そして、誰かがそう望むなら、必ず私はそれにつきあおうと。だから先生、是非お願いします。私も今、お話を聞きたいです」


 『次』がなくなってしまった人はセバルトにも多くいる。彼らからすれば、セバルトが帰ってこない人になってしまった。まさか時を超えるなんて、セバルトも思ってもみなかった。

 実体験済み。それだけに、ザーラの言葉はセバルトの胸の奥にしみ込んできた。


 なかなかに力のある言葉を紡ぐ人だ。

 自分はザーラから先生と呼ばれているが、今はむしろザーラにはっとさせられた。人生経験の差ってやつか、これが。


「じゃあ、少しだけお話しさせてもらっちゃおうかな」

「ええ。是非。少しでなくても、私はいくらでも聞きますから」

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新作【追放されたからソロでダンジョンに潜ったら『ダンジョン所有権』を手に入れました】を書き始めました。 ダンジョンにあるものを自分の所有物にできる能力を手に入れた主人公が、とてつもないアイテムを手に入れモンスターを仲間にし、歩んでいく物語です。 自分で言うのもなんですが、かなり面白いものが書けたと思っているので、是非一度読んでみてください!
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