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300年後の世界 2

 300年も経てば国で流通する貨幣の種類が変わるのは何もおかしくない。

 そしてそれは、現在の通貨を持っていないセバルトは、このままでは柔らかなベッドに潜り込むことはできないどころか、パン一つ買えないということを意味していた。


(くっ、俺としたことがこんな単純なことに気づかないなんて、気が抜けたか。こんな注意力では何かあったとき生き残れない。……いや、そこまで引き締める必要はもうないのか)


 何はともあれなんとかしなくてはと宿の前でセバルトは首をひねる。

 お金がなければせっかくの町でも、宿どころかほとんどのものが利用できない。現代のお金を手に入れる方法は――。


「そうだ、『不可視の玉壷』だ」


 『不可視の玉壷』の中身が健在だったのならば、話は早い。

 あの中にはお金以外にも、昔手に入れたまざまなものが入っているから、それを換金すれば現在の貨幣を生活に困らないくらいには手に入れられるはず。

 そして、そのあてはすでに知っている。

 イーニーから聞いた冒険者ギルドという場所だ。


 イーニーはその冒険者ギルドを取り仕切り運営するギルド長であると聞いた。

 冒険者ギルドは公私とわず依頼を受け、モンスターを倒したり、難しい場所にある植物や鉱物をとったり、危険な場所の調査をしたりといったことを仕事としている組織という話だった。それならば、モンスターを倒して得た素材などを換金するのに使える可能性は高いと推測できる。


 善は急げ、早速セバルトは冒険者ギルドに向かった。

 外観は特になんの変哲もない酒場のような木造の建物である。


 セバルトが建て付けの悪いドアを音を立てながら開けて中に入ると、ちょうど手空きのタイミングだったのか人は二人しかいなかった。

 入ったところはロビーになっていて、小さなテーブルがいくつかあるが、そこは誰も利用していない。奥には窓口が二つあり、おそらくそこで色々な手続きを行うのだろう、片方にはイーニーが、もう片方には眼鏡をかけた女性がいる。つまりいるのは職員だけということだ。


「おう、セバルトじゃないか。早速来てくれたか」


 入るやいなや、イーニーがからっとした声と手を上げ、笑顔で出迎えた。

 セバルトもつられたように笑い、窓口に向かって歩いていく。


 ああ、いいな。こういうの。

 セバルトがこういう笑みを見たのはここ10年ほどの間、ほとんどなかった。過酷な自然と魔物との戦いに身を投じ続けたセバルトは、人の笑顔を見るだけでほっと癒され、暖かい気持ちになる。


「旅の途中で手に入れたものを換金したいと思いまして。珍しい植物や鉱物、それに魔物からとれる素材なんかもあるんです。ここで、そういうものの換金ができるのではないかと思ったのですけれど……できますか」

「もちろんできるぜ。隣の窓口でやってくれ。メモット、この人がさっき話してた旅人だ」

「セバルトさんですよね。ギルド長をありがとうございました。私はメモットと言います」


 眼鏡をかけた女が頭を下げる。と、イーニーが首を傾げる。


「しかし、英雄のモニュメントも知らないって、どこを旅してたんだ? あれはそこら中の町にあるけどね」

「ええッ!? と、それは……」


(いきなりのピンチ! まさか俺自身が英雄に足元を救われるとは)


「えー、それはー……旅といっても、森とか谷とか荒野とかばかり旅して人里はあまり行ってなかったんですよ。いやあ、だから知らなかったんです。それにしてもちょっと変わった形ですよね」

「なるほど。それなら、あの形の由来についても知らないんですね」


 メモットが言う。


「由来? あの模様が彫られた石が何層も積み重なったみたいな形の?」

「ええ。それぞれの層が、英雄が魔軍を滅ぼすことができた七つの理由を表しているんです」

「七つの理由っていうのは」

「武術、魔法力、伝説の装備、魔に関する知識、精霊の加護、製作技術、不屈の心。魔領を一人で生き抜き、魔物を打ち倒したのは、これらを持っていたからだと言われています」


 セバルトは感心したような顔で頷いた。


「なるほど」


(初めて聞いたぞ、そんな話。魔軍を滅ぼすにはそんなものが必要だったのか!)


 セバルトが自分でそう言ったことはないので、誰かが後から考えたんだろう。想像力豊かな人がいるものだなとセバルトは思う。

 しかし、そんなに外れてもいないとも思う。メモットが挙げたものはどれも、魔軍との戦いの旅では有効に働いた。

 しかし、知らない間にたいそうなものが作られてるというのは妙な気分だ。他にも後世の創作がないだろうな、と嫌な予感が走ったセバルトだった。


「英雄って有名なんですね」

「まあ、あれを作った頃はそうだったんだろうな。今じゃ俺も名前知らないくらいだけど」

「私も知りません。なんて言うんでしょうね」


 イーニーとメモットがそろって首を傾げる。……おい。

 モニュメントがあると知っていい気になっていたらこれである。セバルトは肩を落とした。

 まあ、知られてない方が都合がいいけどさ。何かあって騒がれても面倒だし。……と頭でわかっていても少しばかり納得がいかないのが人間である。


「ま、英雄様ほどとはいかないだろうけど、セバルトはトロールを一発でやっちまった奴だ。きっとすごい素材を出してくるぞ、期待しとけ」


(英雄です)


「トロールかあ。本当最近物騒ですね、どうしちゃったんでしょう。南の荒野で突然溶岩が湧いたなんて妙な天変地異まで起きたらしいですし。賢者様もこの前、調査するつもりだと言ってましたけど……と、ずっとお待たせしてましたね、すいません。ささ、どうぞどうぞ。いい素材、待ってますよ」


 メモットと呼ばれた窓口の女性は目を輝かせ、セバルトに向かって両手でこっちにこいこいとジェスチャをする。気を取り直し、素材をのせる台の前に移動したメモットの隣にセバルトは行き、


「とりあえず……これくらい、ですね」


『不可視の玉壷』から、あまり強すぎないモンスターの素材を次々と出していった。

 あまり強すぎると驚かせるだろうから、このくらいなら大丈夫だろうというレベルのものだ。

 瞬間、気楽に笑っていたメモットの表情が一変し、顔中が驚愕に塗りつぶされた。


「ちょ、ちょっと待ってください!?」


 引きつった声を上げると、後ろにある棚から分厚い本を取り出し、台の上の素材と本の中身を見比べながらさらに驚きを深めていく。


(もしかして……やってしまった?)


「なんですかこの素材は!」


(やってしまったらしい)


「凄い素材があるじゃないですか! クリーピングゲイズの目玉にサラマンドラの燃舌、リッチのフード……こんなの図鑑でしか見たことがないですよ!? バルトさん、あなた何者なんですか!? どうやってこんなものを!」


 メモットが驚愕と好奇と畏怖が混ざった声で尋ねる。

 予想よりずっと大きい反応にセバルトは慌てて取り繕うための言葉を考える。

「ええと、いえ、そんなに! ……そんなに大したものじゃないんですよ。旅の途中にたまたま、本当に偶然そういう魔物と出会ってしまって、ちょうど魔物同士の争いで弱ってたみたいで、そこを漁夫の利で運良く倒せただけなんです。長旅をしてるとそんな場面もあって……倒せる人も多少はいるんですよね? だからあまりお気になさらず」

「いやいや、気になりますよ。凄いですね。こんなモンスターとやり合えるなんて、見てみたかったなあ。生のモンスターも。戦うところも。は~」


 メモットはうっとりしたように息を吐きながら、素材とセバルトに熱い視線を向けてくる。


「うっ……これは」


 セバルトの体が固まった。

 夢中になっているメモットはセバルトの動揺にも気付かず、体がくっついていることにも気付かず、「おー」「ほー」「すごいです」と感心している。

 固まった理由はそのメモットだった。彼女が胸元が大きく開いた服を着ていたからだ。


(そうだ、魔領を旅して十年ってことは、女の人を見るのも十年ぶりってことじゃないか。この距離、この肌の感触、この露出度! くっ……今の自分には刺激が強すぎる。気を、気をしっかりもたなければ! ……それにしてもずいぶん開放的な服だな)


 密着され至近距離で柔らかそうな肌を目にしたセバルトは、つい素肌に目がいってしまう。

 300年前はこんなに肌があらわな服なんて着ている人はいなかった。必要性のあるとき以外は皆もっと肌を隠していたのに、長い時の流れの中でこうなってきたというのか。


 セバルトは視線をイーニーの方へと移した。

 あらためて見ればイーニーの服の胸元も大きく開いていて、見る人が見ればなかなかにワイルドでセクシーなことに気づく。

 思い返せば町を歩いている人もそういう感じだった。今くらいに近づくことがなかったから気にならなかったけど……まったくもってけしからん! こんなに無駄に開放的な格好をするなんて!


(はぁ~本当にこの時代の若い者は何を考えているのか、けしからんな! ……ちら)


 心の声と裏腹にセバルトはメモットの開かれた胸元に視線を走らせる。これは結構なたわわだ。谷間まである。まったくけしからなすぎる。

 それにしても鎖骨も見えているのはなかなかポイントが高い――。


「どうかしましたか? 固まってますけど」

「あいっ!」


 メモットに声をかけられ、セバルトの返事が裏返った。


「どうしたんだ? いきなり妙な叫びを上げて」

「え? い、いやぁ、別に。ちょっと最近の若者について考えてぼーっとしてたのです」

「おっさんくさいこと考えてるな、お前さん」


(うるせー、イーニーだってだいたい同じくらいの年だろうが)


 と内心では思ったが、やぶ蛇になりそうなのでセバルトは何も言わない、言えない。


「メモットさん、それより換金は?」


 セバルトは話を無理矢理戻す。


「え、えーとですねぇ。うーん……」


 メモットは眼鏡の位置を直しながら唸る。


「どうしましょう、こんなものすごい素材をうちに持ってきた人がいないので、値段のつけようがないんです。基準がないんですよ。なので、ちょっと時間がかかりそうです。……あー、でも、待ってもらうにしても時間がかかりすぎちゃうかもなー……。あのう、セバルトさん、どうしましょう。前例がないものなので、ちょっとやそっと待ってもらうのではすまなそうなんですけれど」


 メモットが様子をうかがうような上目遣いでそう言った。

 困ったなとセバルトは数瞬考えて。


「それなら、とりあえず一部だけでもいただけないでしょうか。おおざっぱな見込みの三分の一くらいでいいので。それで正式に価格が決まったら、その時に残りの分をお願いするという形で。もちろん渡しすぎたということでしたら、その時にお返しします」


 現金のないセバルトにとっては、とにもかくにも当座を凌ぐ金が必要だ。


「そうですねえ……」

「まあ、それでいいんじゃねえか。2、30分で答えが出そうな雰囲気でもないしな、おまえの眉間のしわ的に」


 考え込むメモットに、イーニーが声をかける。

 メモットは額に手を当てて、むうと口をとがらせつつ。


「私のおでこはゆで卵並みなのが自慢なんですから、変なこと言わないでください。……賢者ザーラさんに教えてもらえば、なんでも知ってそうだけど、でもお忙しそうだし、うーん。……そうですね、ギルド長の言うとおり、やっぱり時間はかかりそうです。わかりました、セバルトさん、おおよその金額をおわたししますので、こちらへどうぞ」


 と再び両手で手招きをした。

 セバルトがメモットの隣へ行くと、イーニーが親指をぐっとあげる。配慮してくれたらしい。さすが長、気配りもできていい人だ、とセバルトは感謝する。


 少しのやりとりの後、セバルトは20万ラケイアを得た。

 これまでに集めた情報によると、一人で暮らすなら2ヶ月程度はなんとかなりそうな金額だ。

 もっとも、家も何もない状態のセバルトでは生活費はもっとかかるだろうけど、それでもとりあえずしばらくは問題なし。

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新作【追放されたからソロでダンジョンに潜ったら『ダンジョン所有権』を手に入れました】を書き始めました。 ダンジョンにあるものを自分の所有物にできる能力を手に入れた主人公が、とてつもないアイテムを手に入れモンスターを仲間にし、歩んでいく物語です。 自分で言うのもなんですが、かなり面白いものが書けたと思っているので、是非一度読んでみてください!
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