子孫への講義は難しい 2
――の、だが。
「いったいなんだってゆーの」
授業が始まって数分、早速メリエが挑むような目をセバルトに向けていた。セバルトが、「強力な魔物と戦うには重大な問題があります」と言ったからだ。
あるなら教えてもらおうじゃないの、という感じである。殊勝なのは長くは続かないのである。
「技術的なことは訓練をよくしていますが、力が足りないと思います。強力な魔物というのは根本的に人間をはるかに超えた能力を持っていますから、技術だけを磨いても限界があります」
「んー、それはたしかに。筋肉をもっと鍛えた方がいいってこと?」
言うがはやいか、メリエは腕立て伏せをしてみせる。
なかなか綺麗なフォームだ。
が、セバルトは止める。
「いい姿勢ですが、そういうわけではありません。筋肉だけを鍛えても限界があります。人間の内に宿る力を鍛えるのです」
「あ、そうそう、それそれ。あの、あたしのお腹になにかした、あれよね」
メリエが腕立てふせの姿勢のままセバルトの方を見て動きを止める。
と同時にセバルトは上着を脱いだ。ひきしまった上半身がさらけ出され、湖面に反射した太陽の光を一身に浴びて輝く。
「なななななー!?」
メリエが目を見開き、大慌てで立ち上がる。セバルトはメリエに一歩近づき、仁王立ちになる。
「触ってみてください」
「に”ゃっ!?」
メリエは不可思議な声を上げ、両手を中途半端にあげた奇っ怪なポーズをとったまま顔を赤らめていく。
「なにおいきなり! 先生になったからって、権力をかさにそういうことをするつもりなの!? だいたい、いくらなんでも早いって、それにこんな場所はまずいというかなんというか……」
「触れたら僕の体内マナを感じることができることと思います。それが、メリエさんがオーガデーモンを倒した時に見せた力の源です」
「もうちょっとロマンティックなシチュエーションにこだわりたいというか……へ? 力の源?」
呆けたような表情になったメリエに、セバルトは上半身裸のまま頷いた。
体内マナとは、マナの変質したものだ。
魔法を使うときは大気中のマナを使うのだが、そのマナを体内に取り込み肉体に宿らせると、相互作用が起こって性質が変化する。それをセバルトは体内マナと呼んでいる。そして、この体内マナによって人間の肉体は劇的に強化される。生身であっても、獣や魔物よりも強く、石や鋼よりも硬く。
「そんなものが……知らなかったわ」
説明を聞きながら、メリエが感心したように何度もうなずく。
知らないのも無理はない。これはセバルトが魔軍との戦いの旅の中でマナと魔力と闘争漬けになった中で、身につけ気付き知るようになったことだから。
「ええ。ですが知らないだけで、メリエさんも利用しているはずです。どんな人も、自然に無意識的に呼吸をするようにマナを取り込み肉体を強化しているのです。ただ、量が少なく強化もされにくく気づきにくいのですが。強靱な身体能力を見せる人は、無意識的に結構な量の体内マナを利用していることもありますね。ですが意識して体内マナを利用するようになれば、それ以上に多くを効率的に利用し、より強くなれますよ。あのときのように」
「オーガデーモンとの……あれ、どうやったの?」
「僕のマナをメリエさんの体内のマナにぶつけ、マナを揺らしてやったんです」
「揺らすと、力がでる?」
「ええ。マナが特定の波長で振動すると共鳴し励起され、増幅し肉体に作用し、強化されるんですよ。前は緊急時でしたのでそれを無理矢理外部からやりましたが、もちろん自分自身でもできます。というかその方がより効果的ですし、体への負担も少ないのでそっちの方がいい。ただ身につけるには訓練が必要ですけど。なかなか大変な訓練が。……やれますか?」
セバルトが強い目でじっとメリエの目を見据える。
メリエはたじろいだように息をのむが、深く頷いた。
「もちろんよ。やると言ったらやる。絶対に」
そして、訓練の本番が始まった。
メリエは湖畔にある岩の上に座禅を組むようにして座り、目を閉じ精神を集中していた。
耳に聞こえるのは湖のさざ波の音のみ。
そうして、自分の中にあるマナを感じ、魔力を操作する感覚を覚える。
「……」
じっと集中する。
「……わからん!」
叫び、すっくと立ち上がった。
目を開いてきょろきょろと周囲を探し、セバルトを見つけると岩から飛び降りる。
「先生ー、全然できないんだけど。マナの振動とか魔力の手とかさっぱり。剣を振ってる方がずっとやりやすいよ」
「でしょうね」
「でしょうねって、ちょっとそんな投げやりな」
メリエがじとっとした目をセバルトに向けた。
実際のところ、これは結構難しい技術である。
マナに干渉するためには自身の持つ魔力によって行わなければいけないが、剣士や戦士といった者は、魔力の扱いは大抵の場合苦手だ。
「でも、できるはずです。誰でもマナも魔力も持っているものですから」
マナはあらゆるものに宿っていて、人は呼吸や食事によってそれを体内に取り入れている。そして取り入れたマナは一部は魔力へと変換される。食べたものが栄養となり筋肉になって力の源となるように。
しかし一部はマナのまま体内に留まり、それが身体を強化する源となる。
ゆえに魔力が強く魔法使いに適正がある人は、体内にマナのまま残っているものは少なく自身をあまり強化はできず、戦士に向いている人は、マナでの肉体強化はやりやすいが、魔力によって大気中など周囲にあるフリーなマナを利用する魔法は苦手となる。
もちろん個人差があり、中には例外的にどちらも規格外に強いものもいる。文武両道な人がいるように、魔法も戦闘もどっちも圧倒的な人が。
「でもなかなか何もできてる感じがしないんだけど」
「そんなにすぐにできたら、誰でも達人になれてしまいます。触れた時の感じからすると、体内マナはちゃんとたっぷりあるから、できるポテンシャルはあります」
「本当かな~?」
「本当ですよ。全然何も感じないのは、メリエさんが技術不足だからです」
笑顔で言うセバルトに、メリエが頬を膨らませる。
「なんだとっ。違うわ、先生の教え方がへたくそなんですー」
「違います。へたくそなのはメリエさんですー……って、のった僕も僕ですが、子供みたいな言い争いをしている場合じゃありませんよ」
「まあそうだけど。はぁ~……本当に英雄みたいに強くなれるのかな~。なんかうまく乗せられてるだけの気がする」
メリエは力を試すように石に手をかけてみるが、持ち上げられない。
すでにある程度体内マナの活性化はできているはずだが、どうやらそれに本人は気づいていないらしい。どうしたらきっかけを掴むことができるのか……。
セバルトは湖を見ながら考える。何かうまい手はないかと。
そのとき、魚が水面に跳ねた――瞬間、閃いた。
(この作戦、いけそうだ。しかもこれなら俺も楽しくスローな一時を過ごせる。これしかない)
「まあ、すぐにはなかなか難しいですよ。じっくりやっていきましょう、メリエさん。今日はこの辺で終わりにして、また今度。自主練習はしておいてください」
何かを閃いたセバルトは、不敵な笑みを浮かべ、その日の授業を終わりにした。