未来の子孫
「洞窟ね」
「洞窟ですね」
怪しい魔物の影を見つけたというポイント。
そのすぐ近くで、セバルト達は小さな洞窟を見つけた。もしかしたら、これが関連しているのかもしれないと調査に中に入る。
中に入るときに使ったのは、メリエが荷物袋から取り出した、マジックランタンという小さいが強い光で照らすことのできるマジックアイテム。
「これいいですね。これを用いれば洞窟の隅々まで見られそうです。優秀な灯です」
セバルトが言うと、メリエがランタンを揺らして答える。
「エイリアの賢者が作った便利グッズよ。冒険者ギルドは仕事上マジックアイテムを使うことも多くて、賢者に色々作ってもらったり、作り方を教えてもらって量産したりしてるの」
「へえ、賢者が作った道具ですか。かなり明るいですね」
「ええ。油代も節約できるし、火事にもならないし、小さくて明るい。洞窟以外でも夜道でも便利、なかなかやる人よあの人は、うん」
そして、中を調査していく。
「これ、ちょっと変ですね」
すると、奇妙なものを――洞窟の奥に妙な痕跡を見つけた。
山にある小さな洞穴なのに、人工的なものがあったのだ。
洞窟の中は浅く、しかしそこには日常生活に使うような道具が置いてあった。小さな台、ナイフのような刃物の欠けた一片と思われる金属片、そして火をおこした痕跡まで。
「これってもしかして、誰かここで暮らしてたってこと?」
「たぶんそうだと思います、メリエさん。そしてそれは、おそらく人間ではない」
セバルトは、地面に落ちていた木の枝を拾い上げる。
「これは、魔桂樹の一種です。魔物が好むマナを貯蔵する性質のある植物。この枝葉がたき火で燃やされたようです」
「それって、つまり魔物がいたってこと?」
「ええ。そうして立ち上る煙を嗜好するのです、一部の知能の高い魔物は。そのような光景、僕は何度か見覚えがあります」
メリエの目が大きく見開かれた。
「知能の高い――って、それ結構危ないんじゃないの?」
「ええ。ただの獣のような魔物とは一線を画しますね」
知性をもつ魔物は、魔族と呼ばれ、持たない魔物は魔獣と呼ばれる。たとえばトロールやサラマンダーは魔獣の類いである。
かつての魔軍は魔族により構成されていて、魔獣はそれらが使役する戦闘用家畜として戦列に加わっていた。
知性のある魔物がやることとして考えられることの一つに、他の魔物を先導したり利用したりするということがある。
もしかしたら、強力な魔物が見られるのは、魔族が関わっているのかもしれないと、セバルトとメリエはともに思い当たった。
「最近魔物の数が増えてるってこと、そして、これまでいなかった強力な魔物がいるって言うことと関係あるのかしら」
「かもしれません。これだけではまだ詳しい事まではわかりませんが、そういった事実と合わせて、ギルド長に伝えたほうがいいでしょう」
メリエは深刻な表情になって、頷いた。
メリエからすれば、魔物が組織だって動く、そして自分たちの街の近くで何か企んでいるという事などこれまでになかったことだし、想定すらしていなかったことだろう。
不安に思うのも当然だ――とセバルトが顔色を心配そうに見た矢先、メリエはむしろ、闘志を瞳に表していた。
拳をぎゅっと強く握り、興奮の滲んだ声を出す。
「……のぞむところよ。こんな時のために、あたしは力をつけたんだから。その危険な魔物、来るなら来いよ。むしろこっちから行ってやる」
その言葉からは確かな力強さを感じる。
セバルトは少し驚きつつ、疑問を口にした。
「頼もしいですね。……しかし不思議です。あまりそういう強力な魔物は想定していない人が多いようですが、メリエさんはどうして?」
「皆を守るため。そして、あたしの力を示すため」
「そのために、普段から訓練をしていると」
「うん。だって、あたしは――英雄を目指してる」
――え?
「英雄を、目指している?」
「え……あ、口滑らせちゃったのか、あたし」
自分の言ったことに自分で驚いたような、あっけにとられた表情をするメリエ。
メリエは数度瞬きすると、セバルトに視線を向ける。そしてセバルトの顔をしばらく凝視したのち、おもむろに口を開いた。
「まあ、言っちゃったから教えてあげるよ。……あたしの家って英雄の血筋なんだ。300年前、たった一人で魔の軍勢と戦い、魔王達を倒し人々を救った英雄のね」
瞬間、セバルトは頭をガンと殴りつけられたような衝撃を感じた。
メリエはさらにゆっくりと続ける。
「英雄には子供はいなかったらしいけど、そのお姉さんには子供がいて、その人があたしのひいひいひいひい……おばあちゃん。つまりあたしは英雄の血縁。直系ではないけど、その末裔ってわけ。その話を聞いたとき、憧れちゃったんだ。伝説の英雄に。それに、悔しくて、かわいそうだった」
「悔しくて、かわいそう?」
「ええ。今は、ううん、今だけじゃない、ずっと長い間平和だったから、もう皆ほとんど英雄のことを覚えてない。そういう人が昔いたらしいって程度にしか覚えてないのよ、名前も皆忘れてる。必死に皆のために戦って、そして平和が訪れたかわりに彼は帰ってこなかったって伝承があるのよ、それなのに忘れるなんて、ひどいと思わない?」
メリエは憤慨したように、地面を蹴っ飛ばした。
セバルトはじっとメリエの言葉に耳を傾け続ける。
「でも、あたしは絶対に忘れない。ご先祖様が戦って戦って戦い抜いてくれたから、今あたし達がこうしていられることを。だから、このまま英雄の記憶が世の中から消えてしまわないために、あたしが証になろうと思ったんだ。ここに英雄の子孫はいる、英雄セバルト・リーツの遺志はここに残ってるって示すために」
今、セバルトにはわかった。
どうしてメリエが姉にそっくりだったのか。
照れくさそうに目をそらして語るメリエは、自分の姉の遠い子孫。自分とも血がつながった存在だったのだ。
本当に、血がつながっていたのだ。自分の血族は遙かな未来でも残っていて、彼女は自分を忘れずにいてくれた。