冒険者にアドバイスを
「忘れてた。肝心のことを」
翌日、セバルトは思い出した。
ギルドに警戒を呼びかけることをまったくしていなかったことを。
(キノコに気をとられて目的の一つを失念していた。このセバルト一生の不覚!)
もう一度行かなければとセバルトは急いでギルドに向かう。
すると――。
「おっ! 大将! いいところに!」
声をかけてきた冒険者がいた。
「あなた方は先日の……どうでした?」
それは、セバルトが以前冒険者ギルドで魔物討伐依頼について教授した冒険者達だった。顎髭の男と、魔女帽子の女が、酒盛りをしている。
「見ての通りよ。なあ」
「うん。大成功! それで酒盛り中ってわけ!」
気分良さそうに二人がコップを掲げる。
「……って、だいぶ前じゃありませんか? 依頼してたの」
「はっはっは。細かいことを気にするな。大成功したのは事実だ。酒盛りはまあ、年がら年中してるからな」顎髭を撫でて男が笑う。「お前さんの言ったとおりの場所を探したら、本当にでるわでるわ、何十匹って言うホーンモールが見つかって、討伐したい放題だったぜ。おかげで素材の角もたんまり手に入って、追加報酬もたんまりだ。そのおかげで最近景気がいいんだよ」
魔女帽子も口の周りに泡をつけて続いて言う。
「それにそれに、ホーンモールの角も盾で何回も防御したからね。たくさん見つかった分、たくさんガードしたけど、新しい盾だからびくともしなかった。あなたが教えてくれないで古い盾のままだったら……ぐさっ! とこいつはやられてたね、きっと。ありがとう。君凄いよねー、新人なのに。あんなに的確なアドバイスするなんて、すっごく頭いいんだね」
「たいしたアドバイスじゃありませんよ。ちょっとしたことです」
「いいや、ある。たいした男だ。そのちょっとしたことに気付くかどうかってのが、俺たち凡人とは違うところなんだな」
二人はしみじみと酒を飲む。結局飲むのである。
とそこに、イーニーが酒を持っておもむろに歩いてきた。
「やっぱりお前さんって凄い奴だな。魔法だけじゃなく、知恵の方も。この勢いだけで生きてるような奴らを御して、ちゃんとここまで成果出させるんだから。やっぱ教えるの向いてるぜ」
「先生に向いてるですか? いやぁ~。そんな~」
(先生に向いてるか、いや~困るな~実は先生やってるんだよね~。そうか向いちゃってたか~。やっぱり隠しきれない適正があるんだなぁ。ふふふ)
「誰が勢いだけだ!」という文句が聞こえる中で、にやけるセバルトは差し出された酒を手に取る。
「怒るな怒るな、まあともかくそれじゃあ、セバルトの指導に乾杯!」
四人はコップを掲げ、勢いよく酒を喉へ流し込んだ。
わいわいと飲んでいると、上機嫌になった顎髭の冒険者が、別のテーブルにいる冒険者二人組に声をかけた。
「おい、ノーダ、ラクサス! お前らもなんか教えてもらったらどうだ? たしかコボルトの巣の近くにある薬草とりにいくって言ってたよな」
目の大きい男と手の甲に傷のある男の二人組のコンビ冒険者らしいが、その二人は、顔を見合わせるとくすくすと笑う。
「何がおかしいんだ」
「いや、さ。そんな新人の言うこと真に受けてさ」
「言ってることは正しいじゃねえか」
「はっ、だからお前はダメなんだよ。適当に机上の空論がたまたま当たっただけに決まってるだろう? お勉強だけしてきた新人だろ、どうせ。そういう奴でもビギナーズラックでちょっとはうまく行くことがあんだよ。そんなのより、10年冒険者してきた俺の経験の方が役に立つに決まってる。そんなのがわからないから、いつまでもうだつがあがらねえんだ」
「んだと? てめえだって似たようなもんだろうが」
「そうだそうだ、素直さを持ちなさい」
二つの冒険者パーティが揉め始めた。
自分が火種になってしまってこれは困ったなと思うセバルトだが、下手に口を出すと巻き込まれそうなので、黙りたいところだ……けど、一応言っておく。
「あの、コボルトのことでしたら、少しは知ってることありますけれど……」
と、手の甲に傷のある男がくっくっく、と笑った。
「はっ、調子に乗るなよ新人。俺たちにはそんなもんいらねえよ。自分のケツ拭いてな」
「そうそう、これだから困るんだよなあ。小さいことばっかり気にする奴って」
あざ笑うような口調で言って、二人は出て行った。
後に残った冒険者は、「なによあいつら」「一度絞めてやる」などと怒っている。
「まったく、ケチがついたな。なあセバルトよ」
「あんな奴らコボルトにお尻噛まれればいいわ」
「まあ、聞きたくない人に無理に聞かせなくてもいいですよ。考えは人それぞれですから」
(でもちょっとはイラッとしたし、コボルトにお尻くらいなら噛まれればいい気味だな)
今度合ったら尻をチェックだと思うセバルトに。
「偉いっ! その大人の余裕、一等賞をあげましょー!」
魔女帽子がろれつのまわらなくなってきた口で言う。だいぶ出来上がってきているようだ。
「よーひっ、飲み直しですよ飲み直しー!」
魔女帽子の号令で、セバルト達は再び歓談を続ける。
「イーニーさん、真面目な話があるんです」
しばらく飲んで一段落ついたとき、セバルトは切り出した。
ほろ酔い空気の冒険者ギルドでセバルトは、先日のゴーレムのことを話す。
「そんなことがあったのか。しかもゴーレムだって? 勘弁してくれよ」
イーニーが頭をバリバリとかく。
「はあ、頭痛いぜ。……酒のせいじゃないぞ。なんというか、タイミングよくというか悪くというか、それに絡んでそうな依頼があるんだよ……なあセバルト、一回依頼受けてみないか」
セバルトにそんな台詞が投げかけられた。
「最近この辺に魔物が増えてきてなあ。これまではのんきにやってられたんだが、結構戦力が必要なんだ。今のお前さんの話以外にも色々あってな」
イーニーは続ける。前にも言ってたな、とセバルトは頷いた。
「んでもって、そんなときにちょうどあらわれたお前さんは戦力として言うことなしと来たもんだ。猫の手ならぬ虎の手を借りたいとこなんだよ、今の冒険者ギルドは。お前の力を見込んで、頼む! この通り!」
パン!
とイーニーが両手を勢いよく合わせる。
旅人ということにしているので、冒険者ギルドなどを利用することは少なくないだろう。『不可視の玉壷』の中にはいろいろな素材があるし、ここの世話になることもこの先あるはずだ。
それならば、少しくらいは希望に沿って依頼を受けておくと、今後この町で暮らす上でも利があるとセバルトは考えた。なにより、ロムス君のこともある。
「わかりました。この街の人が安心して暮らせることは、僕としてもそうあって欲しいですし、できる範囲でお手伝いします」
「おお、そうか! それはありがたい。さすがだよお前は!」
身を乗り出し、強引にセバルトに肩を組んでくるイーニー。
無精髭がごりごりこすれていたいんですが。
「それで頼みたい依頼ってのはな、なんだか知らないが、爪と翼と牙を見たって話があるんだよ。山の中に」
その特徴――もしやデーモン? セバルトの脳裏に悪魔の姿が浮かぶ。
「それに……その山で姿を消したものもいる。かなり危険な可能性が高い。その怪しい魔物が何者かを調べるっていうのが第一の目的。もしそれが危険なら排除してほしいってのが第二だ」
セバルトは少し考えて首を縦に振った。
下手をすると死者が出ている。対処するか否かを含めて調べる必要はありそうだ。
セバルトの返答を聞くと、イーニーはにやりと笑う。
「よっし! もちろん報酬は渡すから心配するな! メモット、お前も成功した暁には野菜でもくれてやれ」
「なんで私が個人的におまけしなきゃならないんですか、たしかに実家は農家ですけど、ギルドの資産かギルド長のポケットマネーで報酬はまかなってください」
「ちぇっ、けちくせーなぁ。ギルドに身を捧げろよ」
「嫌です。私が個人的に依頼するならともかく。公私は分けるタイプなんです」
メモットにすげなく断られたイーニーは、セバルトの方を見て、肩を大げさにすくめる。
「まあ、そういうことだ。わかったかセバルト」
「わかりましたけど、イーニーさんが僕にたくさん報酬を渡してくれてもいいんですよ」
「そいつは無理だ」顔の前で腕を×印にして豪快な声をイーニーは出す。「はっはっは。まあ、そういうことだ。それじゃあ、頼んだぞ兄弟」
セバルトが頷き了承したそのときだった。
ギルドのドアが勢い良く開かれ、一人の女が入ってきた。。
「イーニーさん、なんか顔赤いけどどうしたの」
「メリエちゃん、昼間から仕事中に酒飲んでるんだよこの男は。でも仕事はさせるから遠慮せず言っちゃって」
メモットが説明すると、やれやれという表情で、入ってきた者はイーニーに再び視線を向ける。
「もちろん、遠慮なんてしないわ。町の平和を脅かす案件今日はある? 最近ぶっそうなんでしょ。あるなら、私が今すぐ退治しにいってあげる」
「はは、ちょうどいいとこに来たな、メリエ。うってつけのが一個あるんだ」
イーニーはセバルトに目配せする。
メリエと呼ばれた女はその視線を追い、セバルトと目が合う。
それが、冒険者メリエ・ゼクスレイとセバルトとの出会いだった。
イーニーがメリエに話したのは、セバルトに語った依頼と同じものだった。
戦力的にはセバルトは十分だが、このあたりの地理や、冒険者ギルドのことについてなど、そういったことを知るのに同じ冒険者と一緒に一度依頼をやれば、ちょうどよく理解させられるだろうという計算で、イーニーは誰かしら供をつけるつもりだった。
そうしたらやる気満々のメリエが入ってきたので、ちょうどいいとメリエにセバルトと一緒に依頼をこなすよう頼んだのであった。
話を聞いたメリエは、依頼を了承すると、セバルトの方へとつかつかと向かってくる。そして見定めるようにつま先から頭の先まで視線を動かしていき。
「あなたが新人のセバルトね。いいよ、あたしが色々教えてあげる、先輩としてね。感謝するように」
と、腕を組みながら言った。
だが、セバルトからの返答はなかった。
セバルトはメリエの顔をじっと見つめたまま、黙っている。
「って、ちょっと。どうしたの、セバルト」
凍り付いたように何も言わないセバルトに、顔の前で手を振るメリエ。
「いきなり固まってるんですけど。おーい、聞いてる? というか聞けー!」
「ねえさ――」
不意に、セバルトの口をついて言葉が出かけた。
メリエの手が止まり、不審げに目を細めた。
「ねえさ?」
その瞬間、はっと我に返ってセバルトは口をつぐんだ。そして取り繕うように、今度はセバルトの方がいやいやと手を振る。
「あ。いや、ああ、ごめんなさい。なんでもないです。ええと、なんでしたっけ?」
「なんでしたっけじゃないよ。あたしの話を聞いてなかったってこと!? むむむむむ――」
メリエが不満げにセバルトをにらむ。
だがそんな表情にも、セバルトは我を忘れそうになる――そう、セバルトが気を取られていたのはメリエの顔だった。
瓜二つなのだ。
セバルトの姉に。