絶滅キノコをもう一度 2
人間の食欲で取り尽くされ姿を消したはずの食材。
それをセバルトとメモットは復活させようと試み、メモットの実家の農家のキノコ栽培地へと向かった。メモットの両親も農家つながりでクロブルームのことは資料などから知っていて、セバルトが見せると、これはまさにと言葉を失うほどに驚いた。
そして両親の協力も得て、茸を育てる菌床に早速クロブルームの胞子を早速植え付ける。
そう、胞子は生きていた。すでに細かく調味料の形にして瓶詰めにしていたものはダメだったが、キノコの形のまま持っていたものもあり、それには残っていたのだ。
おがくずに麦の糠を混ぜて栄養源とした培地を殺菌して、余分なものが入らないよう素早く種菌を培地の穴に植え付けていく。
セバルトも全力をもって協力する。
「おおっ、目にも止まらぬ手の素早さです」
「鍛えたスピード、見せてやりますよ」
素早く正確な動きならお手の物だと、ささっと処理をしていく手さばきには、メモットも両親も感心していた。そして一連の作業は終わる。
「これで、生えるんですか?」
「いえ、わかりません。セバルトさんの作業は完璧でしたけど、そもそも茸の種類によってはうまくいかないこともあるんです。そしてこの茸に試した人はこれまで誰もいないので、まったくの未知数。信じて待つしかありません」
メモットは、不安げに、胞子をまいた場所を見つめる。こうなったらあとはセバルトにできることはない。信じて待とう。
胞子を植えてから一週間後。
その瞬間はセバルト、メモット、メモットの両親が、キノコの様子を見に行った時に訪れた。
出てる。
小指の先くらいの小さなものだが、陽の光を受けると黄金と見まごう亜麻色の傘に、クリーム色の茎の茸が、おがくずをまとめたような菌床から頭をだしている。
それは、紛れもなくクロブルームの姿だった。一度は絶滅したキノコが再び世界に蘇ったのだ。
セバルト達はそれぞれ目を見合わせ。
「うおおお! 太古の香辛料が復活したあああ! 失われた香辛料が! これで伝説の肉料理が食べられる!」
亜麻色の傘を持つ小さな小さなキノコを前に、四人は小躍りする。
「嬉しいわ、まさかこの手であの幻のキノコを育てられるとは思わなかった」
「ああ、本当に。娘はいい知り合いをもったもんだ。はっはっは! ありがとうな、セバルトさん!」
「いえ、僕の方こそ嬉しいです。ぜひ、育てて増やして、全国に広めてください」
「もちろん。私たち夫婦がキノコ農家の名にかけてやるわ。あなたはこの国の食を救った勇者ね」
セバルトはメモットの両親からあつく礼を言われ、何度も頭を下げられ、手を握られる。
大げさとは思わない。セバルトの方も同じくらい嬉しいのだから。うまい飯は時に世界に匹敵するほど重要だ。かなりの時間、そんな風に喜んだ後、セバルトは町の端にあるキノコ農場を、メモットとともにあとにした。
スキップするようなメモットの足取りは軽い。
「私も両親から話だけは聞いたことがあるんです。いいものが見られました」
「僕もメモットさんが知り合いでよかった。おかげで、クロブルームを使った料理をこれからも食べられそうです」
「ええ! 私も楽しみです。増やすには少し時間がかかるでしょうけど、その暁にはきっとネウシシトー国の皆が喜びます。何せ、滅びたはずのものが蘇ったのですから。今度は滅ぼさないよう、大事に食べなきゃいけませんね。キノコ好きとして、いいえ、エイリアの市民として尊敬します!」
メモットは興奮を隠さず早口で言う。熱を帯びたその視線は惜しみなくセバルトに注がれている。
「それでは、今日は私がごちそうします。両親もお礼をしろってたっぷり包んでいましたから。人も集めて、祝いと感謝の宴でもしちゃいましょうか! それくらいやっても罰はあたりませんよ」
メモットは、じゃらじゃらと音のする袋を取り出し、満面の笑みでセバルトのすぐそばに近づく。
そして全然躊躇することなく、体が触れそうな距離までも近づき、満面の笑みでセバルトに見せるように掲げ、激しく振って音をならした。
(って、当たってる当たってる!)
やはり大胆な時代だとセバルトは思うメモットが特にそういう性格という気もするけれど。いずれにせよ、いい時代になったものだ――じゃなくて、けしからん時代だまったく!
と割と駄目な思考をしつつ、慎み深い顔を作ってごまかした。
「そこまで言われるとちょっと恐縮ですね」
「ぜんぜん恐縮じゃないですよ。本当なら消えたものをセバルトさんが再びこの地上にもたらしたんです。それって、ものすごいことですよ。一度消えたら、普通ならもう二度とあらわれるはずはないのに、そんな当たり前の摂理すらねじ曲げてしまったんですから、セバルトさんは!」
両手をぐっと掲げて力説するメモットを眺めつつ、セバルトはまさか『不可視の玉壷』にこんな効果があるとはと驚いていた。
亜空間にものを入れ保存、持ち運びできる魔法『不可視の玉壷』。その中には、300年の間に姿を消したものもあったのだ。
300年という月日は、本来なら多くのものを生み出し、同時に消し去るに十分な月日。
だがセバルトというイレギュラーが、消えたはずのものを再びこの地上にもたらすという奇跡を可能にした。
せっかく奇跡が起きたのだから、ありがたく言葉に甘えて楽しもうか。
セバルトはそう決め、振る舞われるであろうエイリアの名物を想像して笑みをこぼす。
「それは楽しみです」
こうして幻の香辛料は、時を越えた存在によって蘇り、セバルト達は盛大な食事を楽しんだのだった。