絶滅キノコをもう一度
「明らかに異常だ」
セバルトは一人、呟いた。
そう感じた理由は、先日のゴーレムの暴走。
あの残骸と場所を深夜に人気が無くなってから調べたが、そこでセバルトは濃密な瘴気を感じたのだ。
瘴気は強力な魔物がまとう気のようなもの。つまり、あれは間違いなく力ある魔物の仕業ということだ。たとえばデーモン種のようなものが、何か細工をしていた。
「強力なモンスターがでたと言っていたな、冒険者ギルドは。その原因が上級デーモンだとすると、ロムスくん一人じゃ荷が重いか」
あのゴーレムよりさらに強力な魔物がいる可能性が高い。それならば。
「――二人目、見つけないといけないな」
もし、かつての魔領にいたような魔物がいれば、ロムス一人ではどうにもならない。魔法に対してきわめて強靭な魔物などもいる。力で戦う者が必要だ。
武術、魔法、伝説の装備、魔物の知識、精霊の加護、製作技術、不屈の心。昔の人曰く英雄の資質らしい。そんなに外れてはいないであろうそれらセバルトが持っているものを、それぞれ別の人に伝授して力があわされば、英雄ができるというわけだ。
これにはもう一つ利点があって、一人ではなく複数で英雄となれば、セバルトが苦労した英雄の肩書きによる負担も軽減される。一人の双肩に全てがかかると苦しいが、大勢ならば分散するし、お互いで助け合うこともできる。
「次に狙うは……武術の生徒だな。即効性のある力が欲しいところだし、冒険者ギルドに行こう」
戦士となるには必須の才能のあるものもいるかもしれない。
それに、今回のことを注意喚起もしなければいけない。
「おまけに、先日冒険者ギルドに渡した素材の換金の残りを忘れてた……」
あらゆる理由から、セバルトは冒険者ギルドに足を向けるのだった。
宿からギルドまでの町の風景にも慣れてきた。
水道が結構整っていることや、その結果公衆浴場がいくつか町にあること。赤や緑などかわいらしく明るい色の屋根が結構あること、ガラスの窓のある建物が一般にも広まっていることなど、新たに見るようになったもののことも把握してきた。これらは結構快適な生活に役立っている。
また逆にこの時代では見なくなったものもある。過去に住んでいた町では、拡声効果のあるマジックアイテムがあり、これによって町全体に情報を伝達するということをしていたが、今は鐘楼による原始的な合図くらいしかないらしい。あのマジックアイテムには、ヴァンパイアの牙のような高密度の魔力を有した魔物由来の素材を使っていて、セバルトも必要な素材をどっさり寄贈したこともあるが、それが今では供給されなくなったからだろうとセバルトは推測している。
特に大きな魔法学校や精霊寺院を眺めつつ歩き、セバルトはギルドの扉を開いた。
「こんにちは」
ギルドのなかにはイーニーとメモットが以前と同じように窓口にいて、今日は数人の冒険者たちもいた。
冒険者達は、ロビーにあるテーブルにつき、なにやら仕事の打ち合わせをしているようだ。
セバルトの姿を見つけたメモットは目を輝かせ、両手でこっちにこいこいとジェスチャをする。
セバルトはメモットの正面まで行く。
自分で自慢していたようにおでこがつるっとしているなあと思いつつ。
「先日の換金をお願いした素材、査定もう終わりましたか?」
「はい! もちろんです、ちょっとお待ちくださいね」
やはりもう終わっているようで、程なくして査定の済んだ金額を手にすることができた。ゆうに百万ラケイアほども手に入り、これで当分は飢える心配をする必要ないとセバルトは一安心。家庭教師の収入もあるし、安泰安泰。
安泰ついでに、さらに安泰度を高めようと、換金を追加でする。近々欲しいものもあるし、ちょうどいい機会だ。
「他にも換金したいものを持ってきたんですが、いいですか?」
「ええ、もちろんです。なんでしょう。また凄いやつですか~?」
メモットが期待を隠さず言う。セバルトは苦笑いしながら、『不可視の玉壷』から、換金したい素材を取り出す。
「そうそう凄いものばかり持ってませんよ。これです」
前回の反省を活かし、今回は魔物の素材以外のものをチョイスして換金することにしている。これなら、強い魔物を倒せるなんて……! という展開にはならないはずだ。
(ほら、メモットだって前みたいに驚いた顔はしてな……あれ? あっれー?)
メモットが口をぽかんと開けたまま固まっていた。
素材を穴が空くほど見つめている。
その視線が向いているのは……竜樹ではない。精霊銀ではない。クロブルームでは……これだ!
メモットが見ていたのは、小さなキノコ。
乾燥させて削って香辛料として使うもので、肉料理にあうものとして、好物なのでセバルトが旅に出るとき結構たくさん持っていたものの残りだ。
そこそこ高級品ではあるが、そこまで驚くほどだろうかとセバルトが思っていると。
「……ちょ、ちょっと! セバルトさんこれ!」
いきなり叫び、メモットがセバルトの隣へ飛んできた。空のバスケットをぐるぐると振り回しながらという凄い勢いだ。
「はい、どうかしましたか?」
「どうかしましたかじゃないですよ! これ、このキノコ! ああ、とにかくちょっと来てください!」
大声で叫ぶと、きょろきょろと周囲を伺い、セバルトの手を取りギルドの外へと連れ出していく。
「おーい、どうしたんだメモット」
「ちょっとばかり用事です! 明日には遅くても戻ってきます!」
それは早退と言うのでは……? と思いつつ、イーニーもひらひらとやる気なく手を振ってるし、まあギルド的にいいならいいやと思いながら、セバルトは何やら凄い勢いのメモットに引っ張られてギルドの外に出て、そして、人気のない路地裏に連れて行かれた。
「どうしてあんなに凄いものを持っていたんですか!?」
「あんなに凄いもの?」
押し殺しつつも叫ぶように、興奮した様子でメモットは言う。
その剣幕にちょっとひくセバルト。
「クロブルームです、このキノコです!」
「おいしい香辛料ですけど、それが何か……」
「なんで持ってるんですか。あれは100年以上前に絶滅した茸なのに」
「……え?」
ぜ・つ・め・つ?
まさかと思うセバルトを、メモットが眼鏡がずり落ちそうになっていることにも気付かずじっと凝視していた。
クロブルームと呼ばれる茸を乾燥させ、削ったものがかつて香辛料として使われていた。粗挽きにすることもあるし、もっと細かい粉にしてすり込んでもいい。
甘い香りとぴりっとした辛みがあり、肉の臭みを消しうまみを増すとして珍重されていた香辛料だ。非常に人気があり、贅沢な肉料理にはかかせないものとして使われていたが、その人気故に採られに採られた。
元々数が少ない希少なものだったのに、それだけ無計画に採られたらどうなるかは言うまでもない。クロブルームが宿主としていた木が良質な材木として多く伐採されたことも後押しし、クロブルームの絶滅という形で結末は訪れたのである。
キノコの人工栽培が始まったのは、今から80年ほど前のことだったため、クロブルームを栽培し安定供給することを試すことさえできなかったのも痛かった。
そのような経緯で、クロブルームはかつて存在した美味な香辛料として、また資源保護の苦い教訓として語られるだけの存在となっていたのだ。
だが――。
「それをいきなり出してきたじゃないですか! もう私驚いてしまって、是非味わいたいと……いえ、どうしてそんなものを持っているのかと!」
セバルトは事情をメモットから聞いた。
今となってはクロブルームを知るものはそう多くないが、メモットは実家が関わりがあって、それを知っていたという。
(まさかこんな落とし穴があるとは……魔物素材を避けたのに、なんという裏目)
目立たない作戦を立てたはずなのに、やってしまった。
セバルトが思い返すと、これ以外にも結構やってしまっている気がする。これが平和ボケというやつかと思いつつメモットへの言い訳を考える。
旅先ではるか北を旅していた時に見つけて、食べてみたらうまかったのでたくさんとってきたという説明で、とりあえずごまかした。メモットの納得度は半分というところだが、嘘という証拠があるはずもないので、強引にこの説明で押し切る。
だが……説明はともかく。
(あの美味しい香辛料がなくなってしまっていたとは、ショックだな)
セバルトもクロブルームを使った肉料理は好きだったので、これは手痛い。
好きだからこそ、旅立つ時に『不可視の玉壷』にいれて、何かあったときは贅沢しようと思っていたのだ。
セバルトはうなだれ、力なく地面を見つめる。
あの香辛料を使った肉料理が、今ある分を使い果たしたらもう食べられなくなるなんて。悲しい。悲しいよ。
……そんなこと絶対に許容できない。
セバルトは顔をあげた。
これは世界の危機に匹敵する危機だ。マジ落ち込みしてる場合ではない、元英雄として戦わなければと、セバルトは決意する。
「どうして持ってるか、そんなことは些細なことです。それより、メモットさん!」
「は、はい!?」
それまで穏やかに話を聞いていたセバルトの突然の大声に、メモットは小さく飛び上がる。
「キノコの栽培が今はできるって本当ですか?」
「あ、はい。何せ私の実家がキノコ栽培してますから。緑茸とか蜜茸とか育ててます」
「そういえば、実家が農家って言ってましたね。……それ、クロブルームにも使えませんか?」
「あっ……セバルトさん、もしかして」
「ええ。まだ胞子が残ってるかもしれません。蘇らせましょう、僕らの手で!」