保護者面談
ロムスが活躍する様子をじっと見ていたセバルトはほっと息を吐いた。
どうやら自分は、ちゃんとロムスの期待に応えて魔法の実力を身につけさせることができたようだ、と。生徒も教師もロムスの力を認めている。十分な力をロムスは示すことができた。それが確認できてよかった。
ロムスと同様セバルトの方もまた、やり遂げた充実感を胸一杯に感じていた。自分が力を付けるのも楽しかったが、こういうのもまたいいものなんだな。
それもこのエイリアに来たからだな。暮らすのに不便はないし、布団は柔らかいし、いい人達とも知り合えた。ロムスも間違いなく力を持てるだけの器がある。
この町に運良く来ることが出来てよかった。
見ず知らずの時代の見ず知らずの場所だったけれど、今は間違いなくそう思える。
(それに……前は全然ダメだったところも見てるからな。ロムス君があそこまでできるようになったのは、間違いなく俺の力がある。いや~さすが世界を救った俺だな。落ちこぼれ生徒を満点まで引き上げられるなんてな~。やるじゃないか、俺)
へへへへ……と森の中で一人セバルトは悦に入って笑う。
もし誰かにみられたら、完全に変質者である。
「さーて、それじゃあ戻りますか」
心地よい気分の昂ぶりを感じながら、生徒の成長を見届けたセバルトは湖から意気揚々とエイリアの町へと引き返していく。
だがそのとき、セバルトは思いもよらないものを目にしてしまった。
まったくの予想外、なんでこんなところにと思わざるを得ないもの。
「あれは……ザーラ・アハティ?」
賢者と呼ばれるロムスの母が、湖を囲む森の中に潜み、木の幹と茂みに隠れて湖畔の様子をうかがっていたのだ。
(挨拶した方がいいんだろうか……?)
家庭教師をしている子の親だからやっぱり挨拶するべきだろう。緊張するからちょっと躊躇するけど、しかし顔を合わせないわけにもいかないし。
深呼吸をしてセバルトは近づいていくが、ザーラはまったく気づく様子はない。
近くで見ると、やはり間違いなくザーラだ。魔法学校に侵入したときに見た肖像画のとおりの顔。
「こんにちは、ザーラさん」
「はうぃっ!? いえ違うんですこれは覗きとかではなく――あれ?」
声をかけると同時に、エビのように体をびくんと跳ねさせたザーラ。引きつった表情のまま、セバルトに振り返った。
「……ええと、あなたはどちら様……?」
「僕は、セバルト・リーツという者です。ロムス君の家庭教師をさせていただいてる――」
「ああ! あなたがセバルト先生!」
「はい。はじめまして、よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします。失礼しました、先生に対して」
ぺこりと頭を下げるザーラ。
結構腰の低い人だ。
「しかし、こんなところで会うなんて奇遇ですね。そのせいで驚かせてしまいましたけど、すいません。妙なところでザーラさんを見つけたものだから、気になって声をかけてしまいました」
「いえ、私が勝手に驚いただけ……ああ、なんだか凄く変な声を聞かせてしまったようでお恥ずかしいです……」
顔をほのかに赤くしながら、セバルトに対しても顔だけを出して木の幹に姿を隠そうとするザーラ。尻隠して頭隠さずである。
頭だけを出したまま、ザーラが言う。
「それにしても、全然気付きませんでした。気配を殺して歩くタイプの方ですか? セバルト先生って」
「どんなタイプの人ですか、それ。ちょっと静かに歩いていただけですよ」
ふふ、と今度はザーラの方が軽く笑った。
結構気やすそうな人だとセバルトはほっとする。
(家庭教師をしてるところの親御さんがキツい人だと大変そうだからなあ)
「もしかして、セバルト先生、ロムスの様子を見に?」
「実は、そうなんです」
「やっぱりそうだったんですか。私もなんです。試験があるって聞いていて、家庭教師をお願いしたじゃないですか、それで今回は頑張るって言っていたので、気になってたんですけれど、たまたまロムス達が移動するところを見かけたので、つい。心配性すぎますよね」
「奇遇にも僕も同じです。お互い様ですね」
セバルトとザーラは声を押し殺して一緒に笑った。
ひとしきり笑って空気が和むと、ザーラがすっとまじめな顔になり、そして小さく礼をした。
「心配する必要はありませんでした。ロムスが立派に魔法を使っている姿が見られてよかったです。セバルト先生のおかげですね、学校の先生にも負けていない魔法を使えるなんて」
「ロムス君の努力の成果ですよ」
「そう言っていただけると嬉しいです。……でも私は知ってますよ。ロムスが使った魔法は、普通に学校で教えられているものとはまったく違うものだと。一応、賢者と呼ばれていますので。……私にとってもあれは驚かされるものでした」
(賢者……賢者か)
「賢者という肩書きがあると苦労が多いでしょうね。背負った名を忘れたくなる時ってあると思います。僕はザーラさんが賢者ということは忘れるので、ザーラさんも僕の前では忘れてください」
自分が英雄としてばかり見られて辟易していた、その経験からザーラにも似たような境遇を想像し、自然とセバルトの口をついてでた言葉だった。
不意のその言葉を聞いたザーラは驚いたように、目をぱちぱちと瞬かせる。
と、ふっと子供っぽい表情を見せて、
「そうなんですよ! わかっていただけますか! うわあ、嬉しいです。魔法使いとして有名になってからは、皆が賢者様と呼んでくださるようになって、ありがたいことではあるんですけど、いつも重たい荷物を背負ってるみたいだったんです。そう言ってもらえるとありがたいです。じゃあ、お願いしますね!」
ザーラは本当に嬉しそうな声をあげる。
(会ったばかりなのにいきなり妙なことをつい言ってしまって、まずいかと一瞬思ったけど、悪くは思ってないみたいでよかった。やっぱり同じなんだな。俺もいやというほど味わったし。これから肩書き仲間同士、仲良くしたいね)
無邪気さすら感じる満面の笑みのザーラに、セバルトも笑顔で頷いた。