魔法試験
エイリア魔法学校二年二組の生徒たちはザワザワと話しながら教師の後をついていく。だがその中にあって、ロムスは一言も口をきかない。手に握った短杖を強く握り、真剣な表情で集中している。
ロムスは今日の試験にかけていた。
セバルトに師事して今までに知らなかった魔法の真髄を知った。それを発揮する時が早速来たのだ。
あんな貴重な情報を自分のような無名の、まだ魔法使いとも堂々と名乗れない落ちこぼれ生徒のために教えてくれたセバルトのためにも、今日の試験は成功させたい、そう強く決意していた。
ロムス達が向かったのは、街の東にある湖だった。
湖は中央に向かって大きくつきだした岬のようになっている部分が特徴的で、メリエともよく訓練をする場所だ。そこそこひらけているし、周囲には木々もあり気持ちもいい場所である。
今は魔法学校のグラウンドを他のクラスの生徒たちが使っているから、ここでやることとなった。
「さて、まずは軽く準備をして、それから試験を始めるぞ」
湖のほとりにつくと、すぐに教師が言った。
しばらくは各自ウォーミングアップを兼ねつつ、その後試験を行うと言うことのようだ。
生徒たちは湖の周囲に散らばり、思い思いの場所で魔法の訓練を始め、ここまで誰の目にも見つからず来たセバルトは、林の中に潜みロムスの様子を見守り始めた。
「ロムス~、今日はだいじょうぶなのか?」
ロムスが練習を始めようとした矢先、嫌味な声がした。
そちらに目を向けると、そこにいたのは前回の試験が終わった後にも嫌味を言ってきたキツネ似の男子生徒とタヌキ似の女子生徒の姿。
「うんうん、私たちも心配でさあ。みんなの前で恥かいちゃうんじゃないかなーって。私なら仮病使って休んだなぁ」
女子生徒は髪の毛を指先でクルクルともてあそびながらいやみに笑う。
「今日は頑張るよ。練習してきたんだ」
今までならロムスは曖昧な表情を浮かべてやり過ごすまでじっとしていたところだが、今日は違う。真剣な顔で決意を宣言する。
と、意表を突かれた二人の生徒が、少しばかり不満げな声を漏らした。
「なんか生意気じゃない?」
「ああ。勉強したって無駄なんだよ、そもそも才能がないんだからさ。ふっ、まあ一生懸命がんばってきたのに失敗するのを見るってのも風流だけどな」
「あははは、それ風流って言わないでしょー」
二人は声を上げて笑う。
二人はひとしきり絡むと去って行き、組んでウォーミングアップを始めた。ロムスも一人で黙々と魔法を確認して体を温めていく。その様子に動揺は見られない。あれこれ言われても、試験に影響はなさそうだとセバルトは安心する。
「それでは、試験を始める! 全員集合!」
やがてついに、魔法学校の教師が声を上げた。
声に従い生徒達が集まると、教師は試験の説明を始めた。曰く。
「魔法使いは実際に戦うこともある。特に最近の情勢は危険であるので、立ち会いというものの重要性が高まっている。だから今日は実際に相手と立ち会いで魔法の実力をはかる試験とする」
おー、と生徒から歓声があがる。
と同時にロムスに声をかけたのは、また先刻の二人だった。
「なあロムス、俺とやろうぜ」
「あっ、私が声かけようと思ったのに。ロムスくんとやったら圧勝間違いなしだからって、組むのずるいんじゃない? ねえロムスくん、私とやろうよ」
「そりゃお前もだろうが。俺がロムスを一発でのして、試験も一発最高評価って行く予定なんだよ」
だが、どうやらその二人のロムスと組みたいという動機は、自分の成績を上げたいというものが100%だった。
ロムスはなんと言ったものやら、閉口して醜い争いを眺めている。
と、もめている様子を見て教師が口を出す。
「こら、静かにしろ、まだ話は途中だ。だいたいロムスと組んだら力の差がありすぎて試験にならないだろう」
ロムスに絡んでいた生徒二人は不満げに「はーい」と言って、少しの間を置き首をかしげた。
ロムスはかすかにむっと眉間にしわを寄せる。
「お前らは別の奴と組め、というかお前ら二人で組んでやれ。いいな。そういうわけだから、ロムスは俺と組みだ。最初にやって実力を見てやる。それが終わったら他の奴らを見るから、ささっと終わらせるぞ」
言いつつ教師は杖を握り、魔法を使う準備をする。
ロムスは不服だった。
当たり前である。教師から、お前は実力がないから特別扱いで、試験もどうせたいしたことないだろうからささっと終わらせると言われたに等しいのだから。
だから、ロムスは杖を握る手に力を強く込めた。授業の成果を見せるために。
「……それじゃあ、お願いします」
「ああ。お前から撃ってこい、それで試験にしてやる」
組み手といいつつ、一撃で判断する気満々だ。
ならばその一撃に力を込めなければならないとロムスは全力を込める。相手は教師だし思いっきりやっても足りないくらいのはずだ。
ロムスが魔法図を描くと、水が集まっていく。それは猛スピードで凝縮し、水球とは思えない硬度になっていく。さらにそれは一つではなく、いくつもロムスの前に現出する。一瞬で多数の、濃縮された水球を作り出された。
ロムスは、以前よりは力はついたけれどまだそこまでの実力はない――と、自分では思っていた。
だが。
「なっ……!」
教師が目をむいた。
「いきます! はぁっ!」
ロムスは作り出した水球を一斉に教師に向かって放つ。
教師は慌てて土の魔法を使い、石の盾を作り防ごうとする。なんとか直撃は防いだが石の盾はあっさりと砕け、盾にも教師に当たらなかった水球は肩をかすめて、背後にある木の幹を削る。
教師は生唾を飲みこんだ。
こんなはずはない、この落ちこぼれの生徒がこれほどの威力の魔法を――と考える間もなかった。
ロムスは再び、最初よりも多くの水球をすでに出していたのだ。
組み手の試験――それを忠実に守り、相手が体勢を整える前に、さらなる追撃を行おうと。
ロムスは自分がどれだけ力をつけえたかをいまだ理解していない。挑戦者のつもりの全力――だが、それはもはや、その範疇を超えていたのだ。
「馬鹿なっ、こんなに早く二発目なんて!」
教師が思わず叫ぶと同時に、水球が放たれた。
初撃以上の攻撃、盾だけではすべてを防げないと判断し、石の盾に加えて大慌てで自分からも岩石弾を放ち相殺しようとする。
だが、その焦りが失敗を生んだ。
「しまっ――よけろ!」
水球にぶつけるはずの岩石弾が数個、方向を違えてしまったのだ。
それは一番近くで訓練をしていた、ロムスをからかっていた二人の生徒達、その二人のうちの男子生徒の方へと向かっていく。
「な? あ――うわあああ!」
教師が焦って手加減を忘れ出した魔法。しかも不意打ちのように襲いかかってくるそれを、生徒に防ぎきれるはずもなく、男子生徒の体を岩石の硬い弾が直撃する――。
「あ、れ?」
はずだったが、男子生徒が堅くつむった目をゆっくり開けると、目の前には水のクッションができていて、それに石がめり込んで止っていた。
そして、そのクッションに向けて杖を向けていたのは――ロムスだった。
「お、お前が守ってくれたのか?」
「えっ? あっ? うん、そ、そうみたい」
ロムスの方も放心状態で頷いた。
咄嗟のことで、ロムス自身何をしたかわからないうちに、無我夢中で魔法を使っていたのだ。だから、教師の暴発させたような魔法を自分が止められたことにロムスも驚いていた。
集中が切れて、ロムスの魔法がゆっくりと解除される。水が形を失い岩が地面にぽとりと落ち、大きく音を響かせた。
教師がロムスへと近づいてくる、そして。
「ロムス・アハティ。今日の試験は、満点だ」