EX・夏だ!海だ!釣りだ! 後編
こうして、島鮫体内川上りの授業が始まった。
現在地は胃袋。
胃酸の川の上を漂っているが、島鮫は海水を大量に飲んでいるので結構薄まっている。(この鮫は魚を牙で噛んで食べる鮫というよりは、大型の鮫の例にもれず、海水ごといろんなものを飲み込んで餌にするタイプの鮫だ)
中には海の中にあった岩や魚、吸い込む風に巻き込まれたカモメまでいて、空を飛んでいる。そんなあらゆる海のものが吸い込まれているのだからその中には当然――。
「あれは魔物ですよね! 見たことないものです!」
ロムスが指を指したのは、下半身が魚で上半身が馬の魔物。
セバルトはかつて魔王軍と戦った時に見たことがある。
「あれはケルピーですね。馬に見えますが肉食で、海の中に引きずり込んで溺れさせて食べる魔物です。魔術も使いますから、注意してください」
「オッケー! 先生は舟こいでて! 私とロムス君で進行方向にいる奴らは倒すから!」
メリエは流木や岩の上を飛び跳ねてケルピーの元へと行く。
ケルピーは泳ぎながらメリエに近付き、その眼が光ったと思うと、氷の矢がメリエを狙って飛んでいった。
「見えてる見えてる!」
しかしメリエはそれを剣で軽く弾き、ケルピーに間合いまで近付き、そのジャンプした勢いのまま剣を振り下ろし、一刀両断にし、ケルピーはいななきを残して海に沈んでいった。
「よし! まずは第一モンスター排除!」
「ナイスですメリエさん、その調子で前方の敵を排除してください」
舟を口の方へこぎながらセバルトが言う。
胃酸とは言えしっかりした木造の舟がそうそうすぐに溶けたりはしないので、焦らなくてもいい――が、後からまた海の魔物が迫ってきていたのをセバルトは察知した。
「ロムス君、背後から魔物が来てます。迎撃の準備を!」
後から迫っていたのは、半魚人――マーマンだった。
水の中から飛び出すと同時に、尖った石や貝を投げつけてくる。
「水の盾っ」
ロムスは素早く魔法図を展開し、大量、高密度の水を前方に出した。
石や貝はその水の盾に入るとすみやかに勢いを失い、水の中で止まってしまう。
「そのまま、礫っ」
さらに魔法を発展させ、盾として集めた水を無数の弾丸として撃ち出す。
マーマンは水の中に逃げようとするが、一歩間に合わず弾丸に撃たれて倒れた。
「ナイス! ロムス君! 後は任せるわ、前は私がやるから!」
「はいっ」
自然と分担がなされ、セバルトがこぐ舟を守るようにそれぞれ魔物や、あるいは舟が沈む原因になりそうな流木や岩を排除していった。
それはもう貫禄すら感じる安定感で、セバルトも十分安心して見ていられる。
(授業の成果は、ちゃんと出ているようですね。それが確認できていい課外授業になりました。これは外に出たらねぎらってあげなければ)
そしてついに、口までたどり着いた。
「どーよ! 先生! ここまで魔物もダイオウイカも岩も全部やっつけたわよ」
「しっかり見ましたよ、二人とも。ちゃんと家庭教師の成果が出ていて嬉しいです」
メリエは得意げに腕組みをしている。
ロムスも嬉しそうに頬を緩めたが、しかし首を傾げた。
「でも先生、ここまで来たけどこの後どうするんですか? 口が閉じてて出られません」
「ああ、ここから先は僕に任せてください」
セバルトは島鮫の上あごに内側から手をかけた。
メリエは怪訝な顔をする。
「任せろって言って……も!?」
セバルトはかつて英雄として魔王と一人で戦っていたころの力の一端を解放する。それは、巨大な竜すら膂力で渡り合ったことのある力。
数十メートル以上ある鮫の顎を、力を入れた腕で無理矢理持ち上げたのだった。
メリエとロムスは口をぽかんと開けたままその様子を見ている。
「何やってるんですか、二人とも速く舟をこいで外に出してください」
「あ、は、はい!」
慌てて舟をこぎ、口から外に脱出した。
そしてセバルトは今度はゆっくりと口を閉じると、島クジラの口を手で勢いよく押し――。
「また吸い込まれないように一気に岸に戻ります……よ!」
「う、わあああああああああああ! 速すぎよおおおおおおお!」
舟は猛烈な勢いで、海の上を滑り、元来た砂浜に着岸したのだった。
「はぁ……はぁ……馬より速かったんだけど」
「振り落とされるかと思いました……」
砂浜で肩で息をする二人の生徒。
その脇でセバルトは何食わぬ顔で釣った魚や島鮫の中で捕まえた魚を仕分けている。
「先生……どれだけ怪力なの」
肩で息をしながらメリエが呆れたように尋ねる。
「あれよりもうちょっと重いものなら持ち上げられますよ。メリエさんも、精進あるのみです」
にっこり笑っていうと、メリエもひきつった笑みを浮かべた。
「それじゃあ、無事に釣りもできたことだし……釣った魚を食べるとしましょう。運動の後は食事ですよ」
「あはは、そうですね。安心したらお腹が空きました」
「そうね。食べないと力もつかないし、じゃ、始めましょうか!」
切り替えのはやいところがセバルトの生徒達のいいところだ。
三人は釣った魚の食事の準備をしていく。
魚のあら汁、刺身、焼き魚――。
「んーーー、うまい!」
「海で食べるとよりおいしいですね!」
夕暮れの砂浜で海の幸を堪能して、海の休暇兼課外学習は無事に終わりを迎えたのだった。
十分満喫した三人は、飛行船でエイリアの町へ帰る。
そしてまたいつものスローライフをしながら家庭教師、そんな日常が続いていくのだった。
すごく久しぶりの更新なのに、読んでくださってありがとうございました!
久々にこのゆるい空気を書いてるのは私も楽しかったです!
新作でもまたよろしくお願いします!