ミスリルエンジン製作記
「天翔る船はミスリルエンジンで供給される魔力をオリハルコンの帆が受け、浮力を発生させて飛ぶ仕組みだ。オリハルコンは無事だが、エンジンがぶっ壊れちまった。こいつは作り直さなきゃならない」
セバルトの家にて、ワルヤアムルが語った。
いったん船から戻ってきて、作戦会議中だ。
「わかりましたわ。それができるまでは空の旅はお預けというわけですわね」
「そういうことだな」
「作り方はワルヤアムル様がご存じだと思いますが、材料の方はどうでしょう。ミスリルは――ちょうどよくありますけど」
ゴーレムを強化しようと思って掘り出したミスリルをちょうどいい塩梅に持っている。これは不幸中の幸いというものだろう。
「ミスリルはあれでいいな。だがもう一つ必要なものがある。ミスリルエンジンを点火してミスリルの魔力を引き出すものが」
「それはどんなのが必要なのですか」
「アダマンタイト、精霊石、竜玉、などだな。昔は精霊石を使ったが、どれでもいい」
セバルトは不可視の玉壷をチェックするが、いずれも見つからない。
どうやって手に入れたものかと考えるが――。
「あ、もしかして!」
セバルトはレカテイアの元へと向かった。
「竜玉が欲しい? センセイの頼みなら聞きたいところだけど……」
竜のことは竜に聞くべきだと考え、セバルトはレカテイアのところに来た。狙いは竜玉だ。
しかしレカテイアは頭を掻いて難しい表情をする。
「俺は持ってないさ。故郷の竜湿原にはあったけど……」
「そうですか……残念ですがしかたありませんね」
「でもセンセイを手ぶらで返すのは俺もできないさ。この前も長老をもてなすのに世話になったし――あ! あの長老なら持ってるかもしれないさ!」
長老マレギ。
竜人の長であるなら、たしかに期待できる。
幸いマレギは、この際に人間の集落を知りたいと言うことで、まだエイリアに留まっていた。
セバルトはレカテイアとともに、マレギの元へと行く。
「この前の温泉の方か」
「ええ。お久しぶりです」
マレギは相変わらず、深い皺の奥の目を光らせ、セバルトを見つめる。
「レカテイアからすでに聞いている。竜玉が必要ということらしいな」
「はい。天翔る船を動かすために。ぜひ、譲っていただきたいのです。もちろん、お礼はいたします。何か欲しい物があれば交換も」
マレギは少しの間自身の頬の皺を撫でていたが、ゆっくりと首を振った。
「我らの目的を達成するために、お主には大恩がある。しかも、我も個人的に、いい湯の恩がある。これを持っていくがいい」
マレギは、セバルトに淡く赤い玉を渡した。
セバルトは驚いて尋ねる。
「いいのですか?」
「よい、よい。竜湿原ではさほど珍しいものでもない。他にもいくつもあるものだ。その代わりと言ってはなんだが、空にレカテイアを連れていってやってくれぬか。どんな世界があるか、我々も知りたいのだ」
「もちろんですよ、引率します」
セバルトはマレギと握手する。
レカテイアが喜びつつ、微妙に複雑な表情をしていた。
「俺は小さい子供じゃないさー……」
さて、竜玉を手に入れたセバルトは、ワルヤアムルとともに、ミスリルエンジンを製作することにした。
そのためには、色々道具や触媒など必要になる。
そこで、お願いしたのが。
「まさか精霊様が私の家においでになるとは思いませんでした」
ザーラ・アハティは自身の家の研究開発室の扉を開きながら言った。
そう、セバルトがかつて、魔物探知のコンパスをザーラとともに作った場所だ。
「へえ、なかなかいい開発場所じゃないか。道具も揃ってるし、ここなら問題なく作れそうだ」
「褒めていただきありがとうございます」
礼をすると、セバルトの方へザーラは体を向ける。
セバルトが今度はザーラに礼をした。
「ありがとうございます、急なことだったのに」
「いえ、だって空を飛ぶ船ですよ? こんな興味が湧くこと、見過ごせるわけありませんよ。むしろ私に黙って飛んでいったら、あとで文句を言うところでした」
ザーラは頭に指で角を生やしてみせて笑う。
セバルトはその姿にほっと癒される気持ちがした。
(やっぱりザーラは癒やし系だ。また前みたいに暢気に製作するのは悪くないな)
「でも、長旅になるので行けないのが残念です。出張が入っていて……あらかじめわかっていたら、空けていたのですけど」
「心配しないでください、またいつでも飛べますから。その時に必ず乗れるようにすると約束します」
「絶対ですよ。空の旅に行きましょうね!」
「ええ」
「別にセバルトの船じゃないけどな」
ワルヤアムルが茶々を入れてきた。
だが様子を見ると、準備がもうできている。さすが加工が得意な精霊だ。
「さあて、準備はできた。作ろうぜ」
そして、セバルト達は協力してミスリルエンジンの製作を始めた。
様々な霊樹や薬品、触媒を用い、魔力を注ぎ、形を整え……二日目の夕方になり、ミスリルエンジンは完成した。
「完璧だ! これで問題なく動くはずだぜ」
ワルヤアムルができあがったエンジンをバシッとたたく。
見た目は、長方形に筒がたくさんくっついた、小さいパイプオルガンのような形だ。
「ふう。勉強になりました、精霊様と一緒にマジックアイテムを作って」
「本当に、さすが手際がいいですよね」
実際、セバルトから見ても見事だった。
これほどのマジックアイテム製作技術があれば、とても助かるだろう。
(……待てよ。もし、いや、さすがにおこがましいかもしれないけど、ワルヤアムルが英雄候補になってくれれば、英雄の資質の一つ、製作技術に長けた者も揃う。正直教えることはないが、それはむしろすでに英雄候補として完成してるのだから、都合がいいじゃないか)
ありだな、とセバルトは思った。
本当に困ったことがあれば、人々に力を貸してくれるくらいには親しげだし、貢ぎ物とかをあげれば結構働いてくれそうだ。
まさに英雄並に活躍してくれるに違いない。何しろ信仰を集める精霊なのだから。
「それでは、船に積んで来ます」
「はい。お土産話聞かせてくださいね。そして次は私も行きますね、スケジュール空けますから」
「ええ。ちゃんと見てきますよ」
セバルトは笑顔で頷き、そしてザーラの研究室を出ようとした。
時だった。
「ちょっと待ったー!」
元気のいい大きな声が、ドアの外から響いてきた。