生徒スピカ
「まさか、仕組まれてたとは思いませんでしたわ」
セバルトは自分が英雄だということ以外は包み隠さずにスピカに事情を話した。
それを聞いたスピカは、もちろん面白くなさそうに、腕を組んでセバルトを横目で睨んだ。
「本当に申し訳ありません。ですが、道具の使用に長けた方の力が欲しかったのです」
「本来なら最初に見つけたあなたのものになるはずのところを、私に譲ってくださるというなら悪い話ではありませんけども」
盾に視線を落とすスピカ。
「あなたはこれの真価をご存じですの?」
「ええ。魔法を防ぐ強力な効果があります」
「扱うことも?」
「はい」
「こんな遺跡に来てるくらいだし、他にも色々持ってたり、使えたりする?」
「はい」
スピカはふうと一つ息を吐いた。
そして、セバルトを見据えると言う。
「私に色々な道具のことを教えてくださいませ」
「え……」
予想外のことに、セバルトは言葉を失った。
こちらから言おうと思っていたことを、相手に先に言われたのだ。
「突然のことで驚かれるのはわかります。ですが、私は手に入れなければならない、使いこなさなければならない道具があるのです」
何か事情があるらしい。
スピカの思い詰めたような目はそう言っていた。
厄介ごとに巻き込まれる? と一瞬思ったセバルトだが、こちらも厄介なことを任せようとしているのだから、少しくらいは巻き込まれても必要経費、お相子だと考える。
「わかりました。僕にどれだけのことが教えられるかわかりませんが、あなたの道具の教師になりますよ」
「本当ですの!? ありがとうございます!」
スピカは思い詰めたような顔を屈託のない笑顔にした。
こういう顔を見ると、英雄時代の血が疼いてしまうが、抑えて抑えて。冷静にいこうとセバルトは自分に言う。
「ええ、強力な道具を扱える人がいれば、何かあったときに僕も皆も助かりますしね。それで、いったいどんな道具が欲しいんですか? この英雄クラスの盾でもだめなんでしょうか」
「はい。これも凄い道具ですけど、私がここに探しにきたものは、別の道具なのです」
「それはいったい」
「空を飛ぶ神器です」
(――空を飛ぶ神器です? 聞いたことないぞ!?)
安請け合いは、いつでも困った事態に繋がるのである。
「なぜ空を飛ぶ神器が必要なのですか?」
スピカは唇を噛んでかすかにためらってから、言葉を発した。
「直接的に空が飛びたいわけではないのです。空からしか行けない場所にあるものが、必要なんですわ」
「空からしか行けない。孤島や、高山でしょうか」
「そういうことです。ネウシシトー国の西にある砂漠、その中央部にある精霊の食卓と呼ばれる台地の上に、風の宝があると。私の故郷を救うために、それが必要なのですわ」
「単にお宝が欲しくて遺跡を巡っていたわけじゃなかったんですね」
「ええ。故郷を救えるものを探して彷徨っていました。そしてついにそのアテを見つけたのですが、手に入れる方法がないというわけです」
かつて、空を飛ぶ技術を持った民族がいた。
彼らは陸からは到底近づけない場所も調べた。
その情報が各地の遺跡にいまだに残っている、ということだろう。
ブランカのことや、セバルト自身の体験、このワルヤアムルの塔をとっても、過去にあった知識や技術が一時的に埋もれてしまうことはある。
天翔る翼や、それによって得た知見もそういったことなのだろうとセバルトは思った。
だとすれば、それを明かすのは単純に興味深くもある。自分と似た境遇とも感じられるから。
「だから、それについてセバルトに伺いたいことがあるのですわ」
「正直なところ、直接それについては僕はほとんど何も知りません」
「ええ。それはそうだと思います。ですが、空を飛ぶ神器、風の宝、これらを使う時に、力が必要になると思うのです。そして、これらを手に入れるまでの道程でも」
「なるほど……直接ではないが、ということですね」
直に情報をあげられれば一番だろうが、そうじゃないのは承知の上らしい。
承知の上であるなら、遠慮はいらないだろう。
「わかりました。それでは、それを手に入れに行きましょう。その代わりといってはなんですが、この盾の使いかたをお教えします。それに、他にも特殊な道具を」
英雄の使っていた武具を渡して、使えるようになってもらう。
それがあれば、この先風の宝を手に入れる過程で何かあってもやくにたつだろうし、危機が迫ったときに、武具を使って戦える。
「ありがとうございます! 助かりますわ!」
スピカが飛び跳ね、勢い余って盾に頭をぶつけた。
あいたた……と頭を抑える姿は、どうやらちょっと抜けたところがあるらしい。
「しかし、その空を飛ぶ神器はどこにあるのでしょうか」
「それこそが――」
「ここだ、セバルト」
サクッ、サクッ、という足音が近づいてきた。
追いついた精霊ワルヤアムルが、下向きに指を差していた。
「この遺跡の真の宝が、空を統べる船なんだよ」
「……え?」
「……え?」
セバルトとスピカの驚きの声が重なった。
別の驚きではあったが。
「あなたは、いったい?」
スピカが疑問の声を続ける。
セバルトはああ、そっちかと気づく。
たしかに突然遺跡の奥から言葉を発する金属の人形があらわれたら、いったい何者かと思うだろう、普通は。
セバルトはワルヤアムルのことをスピカに説明した。
説明してもやっぱり驚いていた。
信仰を集めている精霊が自分の前に出てきたのなら、そりゃそうだろうとセバルトは再び思う。
さて、セバルトの驚きの方についてもそろそろ説明してもらいたい。
「この遺跡に空を飛べるものがあるんですか?」
「あるぞ。それこそが、この遺跡の真の宝だ」
ワルヤアムルはさらりと言った。
「あの盾じゃないんですか? というか、あの盾はだったらいったい」
「精霊に捧げるものが一つじゃあ景気が悪いだろ。たっぷりお供えすることがおかしいか?」
なるほど、正論だ。
現代でも精霊の祭壇に捧げるものは多岐にわたる。食べ物、酒、花、宝石、その他諸々。
わざわざ遺跡を作るくらいのことをして、中身が一つということはないだろう。
「それに、単純な宝物庫としての機能もあったはずだ。だから宝は一つの方がおかしいのさ」
「その割には、あまり宝がありませんでしたわ」
スピカが言うと、ワルヤアムルは皮肉るように笑い声を上げる。
「ま、遺跡荒らしは大昔からたくさんいるってことだ」
「う゛……」
色々な遺跡を歩いていたスピカは気まずそうに目をそらした。
「まあ、気にしちゃいないぜ。どうせ私は使いはしないものだ。作った奴らももうとっくに歴史から消えちまったみたいだしな」
「世の中は無常ですねえ。……事情はわかりました。目玉は空を飛ぶ船だと。しかし、そんなものがあるとは驚きです。どうやって空を」
「浮遊金属オリハルコン。名前くらいは聞いたことあるだろう」
「まさか、そんなものが実際に?」
話にはセバルトも聞いたことがある。
それを使って作った物は、飛翔の力を得ると言われる鉱物オリハルコン。
だが、魔領も含め色々なところを旅したことのあるセバルトも、実物を見たことはない。
戦う上では、丈夫で鋭い金属の方が重要だったから探さなかったということもあるが。
「私を誰だと思っている? 金属の精霊だぞ? 伝説の金属だろうと、入手はたやす……くはないが、不可能ではない」
そのとき、スピカが身を乗り出した。
「で、でしたら! 本当に空飛ぶ船が!」
「ああ、ある。昔はそれで空を飛んでいたなあ」
スピカが両手をきつく握りしめて喜びをかみしめた。
故郷の問題はかなり深刻な物だったようだ。
「ワルヤアムル様、それはすぐに動かせるものなんですの?」
「まあ、場所はわかっている。……地下だ」
ワルヤアムルは、こんこん、と地面をつま先で叩いた。