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OMOTENASHI



「これが……スペシャルドリンク……」


 スピカが泊まっている宿に行くと、出てきたのは、黒いどろどろした液体だった。見るからに体に悪そうだ。


「まさか人間が飲むものじゃありませんよね」

「もちろんです。プチゴーレムちゃん達が飲むと、力が増すのです」

「そんなものがあったとは。詳しいんですね」


 300年前には聞いたこともない。

 セバルトが寡聞だっただけかもしれないが、セバルトが飛んだ時間の間に開発されたものかもしれない。


「私の切り札ですもの」

「そんなにパワーアップするのですか?」

「ええ。あと少しのところで塔を攻略できそうだったのですが、これがあればきっと間違いなくいけます」

「その塔に行ったときはなぜ使わなかったんですか」


 スピカが顔をほんのり赤くして、目線を逸らした。


「忘れていたのです。使い果たしたことを忘れていて、作っていませんでした。お恥ずかしい……あれば勝てていたかもしれませんのに」


 結構抜けてるところがあるらしかった。

 しかしいいことを聞けた、これで対策を――と考えかけたセバルトはいったん止まる。


 考えて見れば、一方的に相手の手の内をスパイみたいに知った上で戦うのはフェアではないのではないか。

 そんなずるをしていいのかと。


 別に競技ではないのだから、関係ないといえばその通りなのだが、しかし考えてしまうともやもやする。


(このスペシャルドリンクは作ろうとしたり使ったりしないようにしよう。強化するならミスリルだけだ)


 しかしそもそも、セバルトは忘れていた。

 勝つことが目的ではなく、試練を超えられる人材を探すことが目的だと。

 超えられるならそれでいいはずなのだが。


「それにしても、いつまで塔は封鎖されているのでしょうか。早く再挑戦したいのに、困りますわ。他の方も、よく塔の様子を見に行ってはがっかりしてますし」


(あ、忘れてた。封鎖してたの)


 そういえば、そうだ。

 というかフェアというなら、こっちの準備が整うまで無理矢理締めるのもフェアじゃない。

 色々迷走していた。 

 原点に立ち返ろう、生徒を探してスローライフだ。


「わかりました、スピカさん。目が覚めましたよ、僕は」

「はい? どうしたんですの、急に」

「行ってきます!」


 怪訝な顔をしているスピカの元を辞去し、セバルトは塔へと急ぐ。

 そして、再び塔の扉は開かれた。


「そう、こうじゃないとな。あとは、攻略される前に強化できるか否かという勝負だ。そうじゃないとズルってもんだよ……ん?」


 塔を眺めたセバルトはその時、奇妙な感覚に包まれた。

 周囲を見渡すが、特に何もない。

 だが、どこかで感じたことのある魔力のようなものだった。


「誰か、特別な力を持ったものが塔に来たのか……?」


 完璧に同定はできないが、大物の予感を感じながら、セバルトは塔を再解放した。


 そして家に戻るとレカテイアから手紙が来ていた。

 明日は、長老が来る日だ。




「久しいな……レカテイアよ」

「あ、ああ。久しぶりさ、長老マレギ」


 レカテイアはがちがちに固まっていた。

 彼の前にいる老爺は、龍神の長老マレギ。竜湿原に住む竜達の長であり、レカテイカにマナ異変の調査を命じた者である。深い皺に彩られた

 対峙するレカテイアは明らかに平時と違っていた。あがっているというか動揺しているというか、苦手な相手なのだということが誰の目にも明らかな様子だ。


「マナの異常を無事解決したという話は聞いた。よくやった」

「それはどうも……」

「詳しい話を聞きたいところだが、その前に私は疲れた。少々休みたい」


 レカテイアの眉がぴくりと動いた。

 来た! ここで使う時!


「長老マレギ、実は人間の温泉がこの近くにあるんだ」


 マレギのロマンスグレーの眉がぴくりと持ち上がった。

 ついでに側でたっているおつきのものの眉も持ち上がっていた。


「人間の温泉……とな?」

「ああ。疲れてるなら入ったらどうかと思ってさ」

「……ほほほ、お主ももてなしというものがわかってきたな? 案内してもらおう」


 そしてレカテイアは、表に止めてあった馬車に長老マレギと一緒に乗り、温泉へと案内していった。



「ふー、気持ちいいですね」

「うむ。我が封印から目覚めて以来の温泉だ。悪くないぞ」


 一方その頃、件の温泉には、男と狐が入っていた。

 セバルトとブランカは、ともに目を細めてお湯の感触を楽しんでいる。


「このトロトロ感が……肌によさそうです」

「それだけではない、毛並みもつやつやになっているぞ」


 狐の肉球でぺたぺたと自分の白い毛を触るブランカ。そして自分の腕を触るセバルト。


「はぁ~芯から温まりますね~」

「うむ。ここで暮らすのも悪くないぞ~」


 白いお湯から顔だけを出して、目を細める二人。

 ぐでぐでと半分とけそうに温泉につかっている二人は、しばらくしてようやく湯からあがり、体を拭いて身支度を調えた。


 ちなみに、温泉として使いやすいように、衝立や着替えを入れる箱などを運び込んでいるので、それを利用している。滑らないよう地面にも敷物を完備。

 いつでも気持ちよく温泉につかるためにはこのくらいのことはしなければならないのだ。


「ふう。気持ちよかったー。また来ましょう」

「言うまでもないな。む? なんだあやつらは」


 引き返そうとしたセバルト達は、数人の集団が洞窟の入り口から向かってくるのを見た。

 先頭にはレカテイアがいる。


「あ、レカテイアさん。温泉ですか」

「ああ、そうさ、センセイ。これから長老をおもてなしだ」


 レカテイアの目線を追うと、白髪の老爺がいる。刻まれた皺は、なかなかに古強者感のある雰囲気を出している。


「レカテイアの知り合いか。センセイ、とは?」

「そのまま、色々教えているんです、こちらの世界のこととかを」

「……なるほど。マナの異常を止めたときに世話になったという……あとであなたにも話を聞かせて欲しい」

「ええ。まあ、でも、まずは温泉を味わってください。いいお湯ですよ」

「うむ。そうさせてもらおう。さあ、レカテイア。案内せい」

「そんなにせかさなくても逃げないって……わかった、わかりましたっ」


 レカテイア達の一行は、足を早めて洞窟の奥へと向かって行った。

 ブランカが尻尾を振りながらセバルトに言う。


「妙な知り合いが多いな、セバルトは」

「それ、あなたもですよ」




 セバルトが町に戻り、しばらくしたときだった。

 家を使いのものが訪れ、話を聞かせて欲しいと来た。

 セバルトはレカテイアの元へと行き、長老マレギと向き合う。


「レカテイアから話は聞いた。世話になったそうで、礼を言う」

「僕としても解決しなければいけないことでしたから。この町に住み続けるためには。お気になさらず」

「うむ。そうだな、この町はいいところだ。湯も食事も、そして人間の作った建造物は何より素晴らしい」


 そういえば、レカテイアも建物に興味津々だったなとセバルトは思い出す。

 竜人族は、建築が好きなのかもしれない。


「問題が解決したことを確認できて、安心といったところですね。あとは観光を楽しんでください」


 とセバルトが言うと、マレギは眉をひそめた。

 真剣な面持ちになり、セバルトに鋭い眼光を向ける。


「なにかあるのですか?」

「あの時……黒い力の塊があったとレカテイアから聞いた」

「ええ。強大な魔力を含んだようなものがありました。それも異常の一因だった」

「それのさらに強力なもの……大きな塊が、ここに近づいているようだ」


 セバルトは目を見開いた。

 なんだって?


「おそらく何者かが人為的に、あれを利用していたと思われる。おそらく、その張本人が動いている。目的はわからないが、ここをめざして。正確な位置まではわからないが、マナの歪みの中心が、動いている状況に遭遇したのだ。ちょうど誰かが持ち運んでいるように」


 この前の商人の事件でも、あの黒いマナ――魔人の欠片が関わっていた。

 あれを人に与えたり、色々な場所に置いたりしている、その張本人がここに向かっている? なんのために?


「あまりいいことが起きる感じはしませんね」

「うむ。それの警告ということもあるのだ。あれがこの前の歪みの原因だとすれば、その諸悪の根源の何者かを叩けば、もっと長く強固な平和が訪れるはず。それは我々にとっても望ましい」

「ええ。僕にとっても、それで静かな生活になるならありがたいです」


 ある意味ピンチ。

 だがある意味チャンス。

 厄介ごとの種をまいている大元を立てれば、俺の懸念の危機はへり、のんびり隠居暮らしも最高に捗る。


(ありがたい情報だったな。レカテイアの長老)


 二度も厄介ごとを振りまいた奴を、懲らしめるときが来た。



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新作【追放されたからソロでダンジョンに潜ったら『ダンジョン所有権』を手に入れました】を書き始めました。 ダンジョンにあるものを自分の所有物にできる能力を手に入れた主人公が、とてつもないアイテムを手に入れモンスターを仲間にし、歩んでいく物語です。 自分で言うのもなんですが、かなり面白いものが書けたと思っているので、是非一度読んでみてください!
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