温泉大作戦
「私が案を出してやろう。温泉など、どうだ?」
もてなし案を考えているレカテイアに、ワルヤアムルはそう言った。
セバルトもそれはいいかもしれないと思う。もてなしは直感的なものの方が、万人に通じるだろう。
「お! それはいいかもしれないさ。長老も温泉は大好きだったし……でも、温泉なんてこのあたりにはないんだよなあ。ただの風呂はあるけれど」
「あるぞ、この近くにも」
ワルヤアムルがあっさりと言った。
セバルトとレカテイアが視線を向ける。
「昔の通りならだけどな。南東の荒野に洞穴があって、洞窟温泉になってたはずだ」
ワルヤアムルの言う昔というのは、数百年前のことの可能性が高い。それが今でも残っているかどうかはわからないが、調べてみる価値はあるかもしれない。
「とはいっても、南東の荒野も広いからなあ。間に合うかなあ?」
「場所までは私も覚えてはないな。遙か昔のことだ」
レカテイアが不安そうに言うが、セバルトは自信ありげに笑った。
「調べ物なら、おあつらえ向きの場所があります」
「いつもすいません、ネイさん」
「いい。セバルト君の頼みなら。それに、精霊ワルヤアムル様のお望みだから」
「ふふ、よくできた巫女だな。偉いぞ!」
セバルト達がやって来たのは、寺院だった。
寺院の資料庫に、何かそれに関する情報があるかもしれないとやってきたのだ。ワルヤアムルは「ウォフタート寺院? 私の寺院じゃなくてあの爺のってのがちょっと気に入らねーなー」とこぼしていたが、結局一緒に来ている。もちろんネイは、まさかの精霊の登場に驚いていたが。
ともあれ、セバルト達は皆で資料庫に入り、温泉に関する情報がないか探し始めた。セバルトも書物を読み解いていく。
『エイリアの食べられる植物』『今昔祭祀方法』『寄付金処理に最適!計算の教科書』などなど、色々な本があるが、なかなか載ってそうな本は見つからない。
黙々と、探し続け、ネイが巫女達の夕食の仕込みをそろそろしないといけないかもしれないと言ったときだった。
「あったぞ。やっぱり、私の言うとおりだったな」
色あせた表紙の本を高く掲げたのはワルヤアムルだった。
開いたページを見ようと資料庫の中にいたものが殺到する。
「慌てるな。書いてあることは単純明快だ。温泉の場所と、目印になるものと、そこへの行き方が書いてある。いつでも、いけるぜ?」
翌日、セバルトとワルヤアムルとレカテイアとネイも、温泉へと向かっていた。
南東の荒野に見える、カボチャ岩から東にまっすぐ進むこと半刻、砂湖の南にある洞窟が温泉の場所だ。
おおまかに言うと、そのようなことが書物には書いてあった。
カボチャの形をした岩は思ったより小さくなっていたが見つかった。そこから歩いて行くことしばらく、荒野から一部が砂丘のようになっている場所があった。おそらくこれが砂湖だろう。
しかし、そのまわりに洞窟が見えない。
「どういうことかな、セバルト君」
「おそらく……長い年月の間に入り口が埋まってしまったんじゃないでしょうか」
「えー、マジかよ! 掘り起こさなきゃだめ?」
「長老の機嫌を取りたいなら」
「……やるさ、やってやるさ」
かくして洞窟探しが始まった。
棒を砂に突き刺したり掘り起こして、空洞がないかを確かめる。
「ふっ……こういうときこそ私の力を見せてやろう」
ワルヤアムルが目をつり上げ笑った。
と同時に、金属製の人形がキャラキャラとワルヤアムルの前に現れ着地する。
全部で十数体の人形が現れた。
「これは、ゴーレムのようなものですか?」
「私はドールと呼んでるんだ。そっちの方がかわいいだろう?」
ニッコリ笑うワルヤアムル。
これは冗談なのかマジメなのか、難しいところだ。
「こいつらに探させれば早く見つかる。さあ、いけ」
号令で方々に散り、ドール達は砂をかき分け始めた。
セバルト達も負けじと洞窟の入り口を探す。
そして人海戦術のおかげで、一時間ほどで砂に埋もれた入り口が見つかった。
幸いなことに、洞窟の中までは埋まっていなかった。
洞窟の中は少し滑る以外は、魔物や動物もいないし、凸凹も少なく、簡単に進むことができる。奥へと進んでいくと、熱気と湯気がもわもわと漂ってくる。
セバルト達は進み続ける。
「あった!」
レカテイアが声を反響させ、指を差したその先に、乳白色のお湯溜りがあった。
直径5mほどの大きな穴に、たっぷりと湯が溜まっている。
「これは結構立派な温泉ですね。こんないいものがあったとは、驚きです」
「ああ、白い温泉は竜湿原でもみたことないから、長老も喜ぶさ」
レカテイアがセバルトに言う。
温泉の種類もちょうどよかったらしい。
「ふふ、なかなか気持ちよさそうな湯じゃないか。ドール達に探させた甲斐があったな。じっくり味わうとしよう」
「ボクも入ってみたいよ。温泉って初めて見た」
ワルヤアムルとネイも乗り気である。
単にレカテイアのもてなしというだけでなく、いいものを見つけられた。エイリア名物にきっとなるだろう。
しかし痛恨のミス――体を拭くものなど、風呂に必要なものを持ってきていなかったので、次に味わうことにして、セバルト達はエイリアに戻ったのだった。
温泉を無事に発見したセバルト達は、それを長老のもてなしに利用することに決めた。
あとはレカテイアに任せることにして、セバルト達は温泉を利用すればいい。もてなしに使った後は、エイリアの人達に知らせて、皆で使えばいいだろう
そしてセバルトは、より高性能なミスリルゴーレムを作ろうと画策する。
が、しかし、ミスリルがない。
「こんなことなら、ミスリルゴーレムを倒した時、もっとたくさん素材をとってくればよかった」
旅の途中、装備の補修のために使い切ってしまったのだ。
まあ、平和になって以降に必要になるとは予想外もいいところだが。
念のため冒険者ギルドにあるかどうか確かめに行ってみることにする。
ワルヤアムルは、適当にぶらついてくると言って一人で出かけている。気楽な精霊だと思うが、まあ精霊だし何かあっても困ることはないだろう。
「お久しぶりです……お」
「あら、あなたは。お久しぶりですわ」
冒険者ギルドに入ると、セバルトの目下の懸案の種がいた。
スピカ。
赤茶色の髪を一つに束ねている小柄な少女が、カウンターでイーニーと何やら話しているところだった。
「おお、セバルトじゃねえか! なんだ、この子と知り合いなのか?」
「ええ、まあ。……冒険者ギルドにも来るのですね」
「探し物がありますので。ここが一番素材などあるのでしょう」
(素材? 探し物? なんだか嫌な予感が)
「ええと、ちなみに何を探しているのか、教えていただいてもよろしいでしょうか」
「ミスリルですわ」
セバルトはひきつった笑みを浮かべた。
スピカの姿を見た時から、そんな予感がしていたのだ。
「私は魔道人形を使っているのですけれども、強化にミスリルが欲しいんですの」
「ってこの子は言ってるんだがな、ミスリルなんてそうそうないって話なわけだ」
思わずセバルトの欲しい物もないことがわかってしまった。ギルドにないなら、自前で調達しなければならない。
「残念ですわ。あれがあれば、塔も間違いなくなんとかできますのに。ところでセバルトさん、あなたは?」
「僕もミスリルを探しに」
「これは驚きです。同じ目的でしょうか」
「……ええ、いえ。僕は武具の補強に使いたいなと」
咄嗟に口から出任せで誤魔化す。
まさか塔を守るゴーレムを強化したいとは言えるはずもない。
「そうですの。贅沢な素材はなかなか使えませんね、お互い」
「あはは~」
「どこかにミスリルのある場所ご存じありません?」
スピカが尋ねるが、セバルトは知らない。
こうなったら、一緒に探すのも手かもしれない。
相手にだけ見つけられたらこちらが負けてしまう。だが両方見つけたら、現状ではこちらのゴーレムが上回っているのだから、まだセバルト側が有利なはずである。
「しかたありません。ミスリルなど、そうそうあるものではありませんしね。スペシャルドリンクで代用することにします」
スピカがやれやれと首を振った。
「スペシャルドリンク? 教えていただいてもいいですか?」
「ええ。とっても元気になるスペシャルドリンクですわ。あなたにはお世話になりましたし、見せて差し上げます」
スピカは手招きして、冒険者ギルドをあとにしていく。