憧れの羽毛布団 3
捕まえたグースをもって業者に行き、早速布団を作ってもらった。
仕事は速く、グースを捕まえた翌々日にはもう立派な羽毛布団が出来上がった。
セバルトはそれを手に入れると、宿へと戻り、まずは、ベッドの上に置き、眺める。
「ごくり……なんて柔らかそうなんだ。もう我慢できない。はあはあ」
セバルトはベッドの上に乗り、ゴールデングース布団にくるまる。
(すごい……もう二度と放したくない柔らかさだ。世界から守られてる感が凄まじい)
体がとろけそうなほどの気持ちのよさをセバルトは全身で満喫する。
これは下手をしたらもう二度と布団から出られないな、と思った瞬間、まぶたが重くなってきた。こんなにすぐ眠気がくるとは……と驚きながら、セバルトは夢の世界に落ちていった。
翌朝、目を覚ましたセバルトは至上のぬくもりとふわふわ感とともに幸福に目を覚ました。なんだか今日一日、なんでもできそうな気がしてくる朝だ。
「はっはっは、なんて爽やかなんだ。今日も一日やるぞ!」
窓を開け放ち、朝の光を浴びながら思わず宣言してしまう。
そんな羽毛布団でえた最高のテンションで、穏やかな一日をはじめられることにさらにテンションを上げながら、セバルトは活動を開始するのだった。
「へえ、結構立派な家だ」
その日の午後、セバルトはロムスの家へと訪れた。
約束通りセバルトがロムスの先生になることを了承してから、第一回目の授業だ。
二階建ての家はどっしりとして大きく、それだけでなく庭も大きい。花や木が植えられていて、姫リンゴはちょうどかわいらしい実をつけている。
家にあがり、ロムスの部屋へと案内される。
みっしり本がつまった本棚に、年代を感じさせる木製机。いかにも勉学が捗りそうな部屋だなとセバルトは思った。部屋の中はきっちり整理されている。真面目な性格なのだろう。
あらためて自己紹介などを少しして、本題に入る。
「じゃーん、これを見てくださいロムス君」
そしてセバルトがロムスの部屋で広げたのは、布団だった。
「ふ、ふとん? 先生これはいったい?」
「この前のグースの布団ですよ。ほらほら、触ってみてください」
ロムスは手を触れた。
瞬間、ロムスの手が吸い付いた。
「ふふふ、魅了されましたね。このふわふわ感、暖かさ、まさに窮極の布団です。僕の分の布団を作ったあまりですけど、どうぞ」
ロムスが口をあんぐりと開けながら、布団の感触を味わっている。
「はあ、凄いんですね。ゴールデングースって」
「ええ。これもロムス君がグースをうまく引き寄せたおかげです」
しばらくその暖かみを楽しんで、授業を今度こそ開始する。
「それでは、この前の種明かし、はじめましょうか」
「あのグースの不思議な感覚と、魔法がうまく使えるようになったことですね。不思議です。先生はどんな魔法を使ったんですか」
ロムスは目を輝かせて尋ねる。
セバルトはその様子に満足しながら小さく何度も頷いた。
(あれが出来たってことは、ロムスは真のマナに気付いたってことになる。マナを巧みに利用するグースを捕まえる過程でロムスはマナの扱いを体で覚え、そして俺は布団が手に入る。この完璧な一石二鳥作戦、うまく成功したみたいだ)
「それを知るために、外に行きましょうか」
セバルトとロムスは魔法を思う存分使うために広い庭に出た。
「さて……もう一度ロムス君の魔法を確認させてもらおうかな。得意な魔法を使ってみてください」
「はい、先生。アクアスフィア」
ロムスは掌の上に水球を作り出すと、それを飛ばした。地面に当たると破裂して飛び散る。
「やっぱり、鳥を捕まえる前よりずっとうまく使えてる」
ロムスが呟いた。
「それは、マナを上手く扱えるようになったからです。アクアスフィアに必要なマナを。なぜ魔法が発現するか、知っていますか?」
「はい、それは習いました。魔力を込めた指で正しい魔法図を描くと、マナを操作することができて、その力で魔法が発動すると」
「ええ、そうです。大前提として、魔法とは術者の周囲にあるマナを魔力で操作し、様々な現象を起こすことだと言われている。ではなぜそれをやると……たとえば今みたいな手順で魔力を込めた指をうごかしてやると、今みたいに水が出たりするのでしょう」
「働きかけに精霊の奇跡が応じるためだと習いました」
「なるほど。ある意味では正しいですが、現実はもっと体系的です」
セバルトは、地面にかがみこみ、尖った石で色をあらわす文字を書いていく。
「これが魔法の本体。魔法を定義する要素なんです。一般には知られていませんが、マナには種類があるのです。赤橙黄緑青藍紫(ROYGBIV)の七つに分類されます」
「虹の七色ですね……ってええっ!? マナが七種類?」
セバルトが素っ頓狂な声を上げる。
「そんなこと誰からも聞いたことありませんよ。学校の先生も、母も。マナはマナってものだって」
「誰も知らないからでしょう。でも僕はそれを旅の途中に知りました」
マナを見ることができるのは、セバルトの眼の力だ。
かつてセバルトが、第三の魔王と戦った時に右目を失い、第五の魔王と戦ったときに、失った右目のかわりに魔王の持っていた魔視の真眼を手に入れた。
それはマナ――魔法の源――を観測することができる眼だ。
マナとは大気中に存在する魔法の源となる材料で、魔力とはそのマナに働きかけ、様々な現象を引き起こさせる、人や物が持つ力である。
というのがロムスも知り、魔法学校でも教えられている、一般的な魔法に関するメカニズムである。
それは間違っていない。おおむね正しい。だがもっと詳しく言うならば、七種のマナを特定の順番に並べ、それに魔力を通じ発火させることで、魔法が発現するのだ。
マナは非物質的ながら粒のように一つ二つと数えることができる性質をもっていて、また同じ種類のマナは全て同じ性質をもつので、配列によってマナの状態や、そこから発せられる魔法を一義的に決定することができる。
「実際見てみましょうか」
その原理をロムスに説明すると、セバルトは魔法図を一度だけ描く。すると、手のひらサイズの水球が三つ同時に現れた。
「えっ、どうやって? 今、一度しか――」
「さあ、逃げてください」
さらに水球がロムスの方へと向かって行く。ロムスは軌道から避けるように脇にそれるが、すると水球もロムスの方へと向きを変える。
困惑した様子でロムスがさらに動くと、水球も軌道を変えてあとを追跡していく。
セバルトが手を叩いた。同時に三つの水球は地面へと流れ落ちて消える。
ロムスはセバルトの方を見て、目を見開き。
「これは、これはいったいなんの魔法なんですか」
「アクアスフィアです。工夫すれば、一度の魔法で複数の水球を出すこともできるんです。そして、対象を追跡するような効果を付与することも」
「僕が聞いたのは、水球をつくり、撃つだけです。そんな効果はなかった。そういうことがやりたいなら、別の魔法を使ったり、複数回魔法を使わないと……」
「『魔法』を知れば、それができるようになる。魔法図を暗記するのではなく、魔法がなぜ、どういう仕組みで発現するのか、その仕組みを理解することです。それを理解すれば、原理的にはどんな魔法でも使うことができる。現代の魔法であろうと、失伝魔法であろうと」
ロムスは唾を飲み込んだ。
「たとえば、今僕が使ったアクア・スフィアのマナ配列は『BBVBGBBBBGBBBBVYYBYYBYYBYYB』という形に、少しブランチを付け加えたものになっていました。YYBというマナの組み合わせが水球の個数を決定します。YYBYYBYYBという部分があるので、三個の水球が出せたわけです。他にもマナの配列を変えれば、様々な性質を変えたり、効果を付与することができる。これが、魔法の本当の原理。七種類のマナをどのように配列するかによって、どのような魔法が発動するかが決まるのです」
魔法とは魔力によってマナを特定の配列にし、そこにさらなる魔力でエネルギーを与えて着火する、その二つの手順によって様々な事象を引き起こすことなのである。しかし。
「そう、だったんですか? 今まで、聞いたことがありませんでした」
ロムスはまったく覚えがないというような顔をしている。
事実、そんなことは聞いたことも教わったこともないのだろう。
「魔法図っていうのは、こういう風に魔力を宿した指を動かせば、マナが特定の魔法を使うにふさわしい配列に並ぶっていうことなんです。それを経験的に見つけて、記録したもの。でも、なぜその魔法が発動するかはわかっていない。だから、応用ができない」
「じゃあ……マナの配列と魔法の変化の関係がわかっていれば――」
「ええ。好きなように魔法をカスタマイズできる。一つの基本となる魔法から、十でも二十でもバリエーションが作れるんです。今お見せしたように」
ロムスの目が輝いてきた。自分がこれまで一度も聞いたことのない、魔法の隠れた真実に触れていると徐々に実感してきたのだ。
そして、未知の手段による魔法習得が始まる。