瓶詰め
挑戦者の女が繰り出したのは、扉を開いたのと同じマリオネット十数体。
人間より大柄なセバルト製ゴーレムに、同じような人形をぶつけて戦おうという狙いのようだ。
「数の力を見せて差し上げなさい」
と命じると、マリオネット達は固まってわちゃわちゃと駆けていく。
ガーディアンゴーレムは胸の宝形から魔法の光線を放ち、塊の中央付近にいたマリオネットは避けきれず、機能を停止した。
(よし!)
観戦するセバルトはガッツポーズ。
気分は競技を観戦するファンである。
「散らばって囲みなさい!」という女の声に従いマリオネット達は散開する。あの人形は、逐一指示を出していくタイプのようだ。
セバルトのゴーレムは、周囲を囲まれてしまう。
一匹正面にきたものを、ちょこまか逃げる中狙い澄まして踏みつぶしたが、それと同時に他のマリオネットが攻撃を仕掛けてきた。
今度はマリオネットが光線を放つ。
狙いは全員同じく、セバルトのゴーレムの右腕。
別々の個体からだが、ぴったり一点を集中的に狙ってきた威力は相当なもので、セバルト自慢のボディから火花が飛び散り、右腕がだらりと垂れたまま動かなくなった。
(ああっ、俺のゴーレム君が! よくもやったな……それにしても、あのマリオネット統率が取れてるな。大きくて強いのを目指すのではなく、ああいうアプローチも面白い)
セバルトが悲しみつつ感心していると、ゴーレムは毒液を口から射出した。紫色のしゅうぅぅぅ……と音を立て泡立つ液体は、マリオネット三体を飲み込む。
無生物にすらその魔法的な毒は通用し、マリオネットは動けなくなる。
さらに、足だけで素早く動き回り、逃げるマリオネットを踏みつぶし、合計6体のマリオネットが倒れた。
しかしゴーレムもかなり不利な状況には違いない。
女は少しだけ口の端を緩めていた。
――だが、その笑みは凍り付く。
きゅるきゅる、とネジが巻かれるような音がして、ゴーレムの右腕が光に包まれる。
がしり、と歯車が噛み合うような音とともに、ゴーレムは右腕を上げた。
「たしかに動けなくしたはずなのに、再生したんですの!?」
セバルトのゴーレムは体を低くして、腕を振るい薙ぎ払う。マリオネットが何体か巻き込まれて吹っ飛ばされる。
勝ちムードだった女の顔に焦りが滲む――と決断は早かった。
「これはちょっと無理ですわね。退きます!」
マリオネットに指示を出すと、わらわらと鞄の中に戻っていき、
女は広間から引き返していった。
そのまま入り口へと向かって戻っていく。
セバルトは呆気にとられて逃げていく様子を眺めるが、感心した声を漏らした。
(再生力を上回るのが無理そうだと考えたら、即撤退して体勢を整えるか。いい判断だ。無理をしても戦力が削れるだけ。道具を運用するのは得意そうだな)
彼女が一番英雄の武具を使う場所に近い。
セバルトはいい収獲を得たという顔で、その日の遺跡を閉業した。
(……まさかの邂逅)
翌日、エイリアの町の通りを歩いているセバルトの前には、昨日のマリオネットの女がいた。
赤茶の長髪を風に流しながら歩く後ろ姿は小柄で、しかしどこか隙がない。
どうしたものかと考えながら、セバルトは後ろをついていく。
一番優秀な成績を出した者だから、接触して遺跡の感想を聞いたり、突破した後の宝をどうするつもりかを聞いたりしたいと思っているのだが、しかし、表向きはセバルトは遺跡のことは噂話程度にしかしらない一般人なので、そのまま尋ねるわけにもいかない。
どうするか……第一声は……と考えながら、ひたすら後ろをついていく。
見ようによっては不審者である。
「あの、先ほどから何かようですの?」
突然、女が振り向いた。
不思議そう眉根を寄せているその目は朱色で、ぱっちりしている。近くで見ると、すばしっこい小動物を思わせる雰囲気があった。
セバルトは慌てて言葉を探す。
「ええと、いえ、僕も北の遺跡をなんとかしたいなあと思っていまして、昨日あなたが塔の中で結構粘っていたみたいだから、アドバイスを聞きたいなと」
「近くや遠くで眺めている人は多かったですものね。物陰から見ていたということでしょうか」
物珍しさで、塔の外で見る――と言っても中は見えないので待つだけだが――人は結構いた。挑戦するしないにかかわらず。
なので、セバルトが見ていたというのはさほどおかしな話ではない。
「ライバルに塩を送るようなことはいたしませんわ」
すました顔で女は言う。
「う、やっぱりそうですか」
「ですが、協力してくださるなら、話は別です。少々手こずりそうですし、ね。お手伝いしてくださいます?」
女はセバルトをくりんとした目で見据える。
セバルトは肯定した。
「ええ、もちろん。それで、どうでした塔の感想は」
「それは、道すがら話しましょう。欲しいものがあるのです。私はスピカ=クルンと申します。よろしくお願いいたしますわ」
スピカは、にぃっと八重歯を見せて笑う。
「保存食ですか。なんでまた」
「私は方々をまわっているので、保存食があると助かるのです」
「旅をしているのですか?」
「ええ。探しているものがあるのです。塔にそれがあるかもしれないと聞いて、エイリアにやって参りました」
買い物をしたセバルト達は、湖の側の森に来ていた。
そこをしばらく歩きながら、木の皮をいくつか引っぺがして取っていく。
「これでいいのですね?」
「ええ。このヒフナラの皮は防腐作用があります」
「これを、瓶詰めに入れると、より長持ちするのですよね。このあたりではどこで取れるか知らなかったので助かりましたわ。それでは、作りましょう」
そのまま二人は、スピカの泊まっている宿に行き、キッチンを借りた。
そこで、皮をよく洗い、火で軽く炙る。
次に瓶詰めに入れるものだ。
ヒヨコ豆をたっぷりと煮て、トマトソースで味付けしたものを作る。
ほくほくした香りと、トマトの酸味のある匂いがあわさって、思わず唾が湧いてくる出来になったら、瓶の中にそれを詰める。
先ほどの木の皮を一枚いれたら、沸騰したお湯に瓶を入れる。この状態でしばらくぐつぐつと湯煎し、それから密封すると、長期間腐らなくなるのだ。
理屈はよくわかっていないが、とにかく熱を加えれば腹を壊しにくくなるということはセバルト達も知っているので、封をすることでその状態を封印できるのだろうと考えられている。
十分に熱を加えたら、コルクで瓶に蓋をして、蠟で隙間を埋めて完成。
長期間保存可能で料理がどこでも食べられるという優れものの完成だ。
「セバルトさんは、こういうのも得意なのですね」
「僕も結構旅人やってましたから。ちょっと味見してみますか?」
「もちろんです!」
瓶に入れずに取っておいた豆のトマトソース煮を、二人はスプーンでたっぷりと掬って頬張った。
スピカが頬も目も丸くする。
「おいしいですね! さすが旅をしていただけありますわ。色々作られていたのでしょう」
「ええ、それなりに。もっとワイルド系のものの方が多かったですけど。口に合ってよかったです」
「私も、故郷の料理など知っていますの。そちらを次は作りましょう」
「おおーそれはいいですね、レパートリーがどんどん増えていきますよ~」
ウキウキした様子で故郷の料理をスピカはセバルトに教える。披露できることが楽しいようだ。そうして、どんどん料理の瓶詰めを作っていった。
他には野菜スープや、肉のシチューなど何品か。手間はかかるが、長旅の中でもたまにこういうものを食べると、活力が湧いてくる。
もちろん味見もしている。
そしておなかも膨れてきたところで、セバルトがいよいよ尋ねる。
「ところで――塔は攻略できそうですか?」
スピカはちょっと考え、にこりと笑った。
「作戦は、ありますわ」