選考開始
「そうそう、この前小耳に挟んだのですが、北の遺跡に失伝魔法の極意書があるそうですよ」
「え、そうなんですか?」
「ええ。ですが、困難な罠もあるとか……」
ロムスは興味深そうに身を乗り出す。
「先日ギルドで噂話を聞いたのですが、北の山々を越えたところに塔があり、そこには古代の精霊にまつわる何かがあるとか」
「ウォフタート様に捧げてみるのもいいかもしれない」
「そうですね。しかし、ガーディアンがあるという噂もあります」
ネイは静かに頷いた。
「うーん、本当だろうか? 最近見つかった北の塔に、遙か昔の英雄が扱っていたような武器があるって噂……でも一筋縄じゃいかないって話もあるし……行ってみようかなあ、どうしようかなあ」
通りを歩くセバルトが、大きな声で独り言を言った。すれ違った、腰に剣を佩いた男が足を止めて振り返る。
セバルトは、自宅のテーブルに着きながら、黒い笑みを浮かべた。
「くくく……広まっているぞ、順調に。英雄の武具の噂が」
北の遺跡にゴーレムを配備しトラップをしかけてから一週間ほどの間、セバルトはさりげなく噂を広めていた。
曰く、北の遺跡には英雄の使っていた凄い武具がある、凄い魔法がある、凄い宝石がある、などなど、バリエーションはいくつかあるが、つまるところ、宝と障害があるというものである。
あくまで伝聞形式で広めたし、一度広まってしまえば噂など誰から来たかはわからない。
もはやセバルトが大元だということは知り得ないはずだ。
そして、様子を見ていた者もそろそろ動き出すはず。
こうして、エイリアの町の人や、エイリアの人と知り合いの別の町の人に伝播していけば、大勢が英雄の資質を確かめるセバルト謹製の迷宮にやってくる。
「さあ、試験の始まりです。英雄の武具を持つ資格のある人よ、集まるがいい!」
同日、北の塔にて。
セバルトは北の塔の中に作った監視部屋でこっそりと様子をうかがっていた。
全ての場所を見ることは出来ないが、小さな穴を壁に開けたり、鏡を利用したり、魔法で像を大きくしたりといったことで、いくつかの場所を監視することができるのだ。
この監視機能自体は塔に元々備わっていたもので、セバルトは、その機能で見ることのできる場所に、主にトラップをしかけていた。
「ふん、ふん。なるほどね~」
すでに何人かが挑戦している様子を見たセバルトは、ご満悦の様子で頷いた。
「みんな注意力が足りないんだよなあ。糸に引っかかって眠り薬が散布される、なんてちょっと注意すればわかるのに」
今回の挑戦者、髭面の男は、足に糸を引っかけたまま床を舐め、すやすやと気持ちよさそうな寝顔をしている。
ゴーレムに回収させて、裏口から外に捨てておく。
しばらくすると、入り口を開放し、次の挑戦者が入って来た。
入り口もゴーレムが操作してくれている。
作るのに苦労しただけあって、非常に高性能だ。命令してないことまではしてくれないが、『扉は一人が入ってくるまで開ける。その一人が塔から出たらまた開ける』くらいの命令ならしっかりやってくれる。
次の挑戦者である、ロングヘアーの女は、きらりと一瞬光を反射した糸を見逃さなかった。
軽く跨いで罠を超えると、迷路のような塔を進んで行く。
しかし4F、腕力か魔力で開く扉で詰まった。洞察力はあるらしいが、パワーが足りないようだ。
色々と踏ん張るが、どうにもこうにも開かない。
考えあぐねたあげく、別の道があるのではと探し始めたが、残念ながらここは隠し通路などはない。
あれを開けられるくらいの能力がなければ英雄の武具は扱えないという秤のようなものなので、純粋にパワーでなんとかしてもらおうというセバルトの意図だ。
結局、その女はずっと4Fをうろうろして時間を使い果たしてしまった。
ゴーレムが、がしゃん、がしゃん、と足音を立てて迫る。
女が嫌な予感に冷や汗を滲ませる次の瞬間、ゴーレムと対峙してしまう。
一目見て力の差を悟ったのか、女は逃げ出すが、このゴーレムは単なる鈍重なパワーファイターではない。スピードも非常に素早く、繊細な動きもできるのだ。
女はあっという間に腕を掴まれ、ゴーレムから射出された紐でぐるぐる巻きにされ、強制退場させられたのだった。
セバルトはその様子に満足げな様子だった。
「さすが俺が苦労して作ったガーディアンゴーレム。隙のない強さだ、素晴らしい……でも、これ、最後の試練にしちゃって倒せるか……?」
一抹の不安を覚えるセバルトであった。
それからも何人もが塔に挑戦するが、ある者はすぐ、ある者は粘るが結局トラップを見破れずに散っていった。
最高記録は、あのロングヘアの女の4F扉。そこを越えた者はまだいない。
(まあ、観戦した初日からクリアされちゃあ苦労して作ったかいがないってものだしな。まだまだ苦戦してもらわないと)
監視部屋で、持ち込んだ干し芋をむしむしと食べながら、セバルトは思う。自分のかけた仕掛けが上手く作動するのを見るのは、なかなかに楽しい。
監視部屋は、各フロアに一つずつ有り、梯子で上り下りできるので、それで参加者がフロアを移動するに合わせて、セバルトの方も随時様子を見ることが出来る。
今は一階にて、新参加者を待っている状況だ。
「――お、来た来た。時間的に最後の一人かな。閉店前に、どこまでいくか見せてもらおうか」
入って来たのは、長い髪を一つにまとめている女の冒険者だった。セバルトが監視している中で、女は糸の張り巡らされたものを、なんなくかわして先に進む。
さらに、2Fの隠し扉にも気付いて、厄介な電気ショック地帯を迂回した。
これはなかなかよさそうだと思っていると、あれよあれよという間に4Fまで到着。そして例の力と魔法の扉まで来てしまう。
「おいおい、最後に筋がいい人が来たじゃないか」
呟いていると、女はしばらく扉を調べているが、開く様子はない。
さすがにここで快進撃は終わりかと思いながら、セバルトは次の動きを注視する。
すると、女が口を開いた。
「結構力がいるみたいですわね。これを使うしかないみたいです。おいでなさい、オートマリオネット隊」
女は背中に背負っていた袋から、手のひらサイズの人形を取り出した。
しかも次から次へと、十数体も。
それらは糸もないが自動で動いている。
(あれもゴーレムみたいなものか? 小さいけど、あんなものを隠し持ってたのか)
セバルトが驚いて見ていると、女はマリオネットに命令し、扉の元へと向かわせる。小さい土人形が一斉に扉を押していくと、少しずつ、しかし確実に扉は開いていった。
「結構ギリギリでしたわね。さすがの遺跡というところでしょうか。気を引き締めて行きませんと。さ、皆戻りなさい」
女が荷物袋を開いて床に置くと、マリオネット達が次々と入って行く。
そして、女は開いたばかりの力の扉を通り抜け、さらに先へとすすんでいった。
セバルトは、感心しつつ、心配しつつ。
(大きいのを作るのは難しいが、小さいのをたくさん作って持ち運びやすくする作戦か。やるな。しかしまさかここまで突破するとは、ちょっと心配になってきた。まだクリアしないでよ?)
だが、そんなセバルトの思いも虚しく、女はどんどんと先に進んで行く。
知恵の輪のような仕掛けも時間はかかったが突破し、ついに5Fの最後までやって来た。
そして、下へ下へと向かっていく。
このまま進めば、いよいよ最後の難関、セバルト謹製ガーディアンゴーレムとの最終決戦だ。
だが、そこまで行くのはもう阻むものは何もない。
ただ階段を下りて1F広間に行くだけ。
セバルトも急いで降りていく。
そして、最後の挑戦者は、最後の大広間の扉を開いた。
ゴーレムと対峙する。
(大蛇の牙までわざわざ入手して作った特別製ゴーレム。まさかいきなり壊れるなんてことはしないでくれよ。頼む、挑戦者を止めてくれ!)
セバルトが祈り見る中、観戦初日にしてあっさりクリアされるかどうかの瀬戸際が始まる――。