お掃除開始
「最高の遺跡を作ろう」
がらんとした塔の中で、セバルトは誰にともなく宣言した。
セバルトが思い描く図はこうだ。
遺跡が見つかったことを大勢に知らせる。
さらに遺跡の中にはお宝があるということを知らせる。
すると遺跡に人が大勢やってくる。
そこでセバルトが遺跡の中に試練を用意しておく。
試練によって実力のある者が選別される。
最終的に、英雄の資質のある者だけが遺跡の最奥にたどり着き、強力な武具を手に入れる。
世の中に危機が起きた時、その実力と武具を併せ持つ人に対応を任せる。
セバルトは楽ができる。
「完璧な作戦だ」
英雄の強さの秘訣として言われていたものの一つ、強力な武具。
それを与えると共に、扱える者を選別する。
セバルト好みの一石二鳥なやり方だ。
「そうと決まれば、この遺跡を試験会場にしないとね。まずは……うん、掃除だ」
色々準備する時に、埃やカビだらけでは臭いも健康にも良くない。
長期間かかるかもしれないのだし、しっかりきれいにしなければ。
まずセバルトは、水を確保することにした。
掃除には必須である。
いつもの湖に行き、大海獣の浮き袋で作った水を吸い込む袋のマジックアイテムを使用する。
これは、大きさは両手に収まる程度だが、その体積の数千倍、数万倍の水を吸い込める優れものだ。セバルトが大昔に退治した海の暴君、元々の大海獣の持っている特性を反映している。
水をたっぷりと入れて、塔へと持って来たセバルトは、最上階まで行くと、袋から一気に水を放出した。
洪水のように、激流が塔の中を洗い流していく。
階段に沿って落ちていき、迷路に沿って流れていく。
階下から聞えていたどどどど……という音が止むまで待って、セバルトは下の階へと向かった。
目につくような大きなゴミは流れ去っていた。
そして濡れた壁や床が汚れを露わにしている。
「よし、あとはゴシゴシとこすって綺麗にしていけばいいな」
いったん派手にやったら、次は地道な作業である。
ブラシで壁や床を掃除していき、綺麗にしていく。
完璧に、というのは無理だが、ある程度綺麗にしたところで、再び塔の中に洪水を引き起こし、こすって浮き出た汚れを塔全部の分一辺に洗い流す。
「うむ、見違えた。塔の中が輝いて見える」
体を回転させながら、塔の壁を指で擦る。
きゅっという音にセバルトは笑顔を見せた。
掃除を終えたセバルトは翌日、今度は仕掛けをつくるために塔に再び訪れた。
せっかく鬱陶しい迷路構造になっているところを利用し、単なる迷路では芸がないので、色々と罠を仕掛けていく。
細い糸が張り巡らされていて、当たるとしびれ薬を塗った矢が発射される罠。
踏むと紐が締まり、足首を引っかけ拘束する罠。
正しい手順を踏まないと開かない知恵の輪のような鍵を組み込んだ扉。
一定以上の魔力を与えるか、さもなくば一定以上の腕力で押し開く必要がある扉。
一見行き止まりのように見えるが、実は動かせる壁。
などなど、洞察力や腕力や魔力を要する仕掛けを迷路の様々な場所に組み込んでいく。
元々、遺跡の中にあったものをいくつかは利用し、あるいはセバルトが持っていたものも一部利用して、トラップ付迷路を作っていく。
一通り仕掛けたところで、一旦チェック。
自分でトラップをちゃんと回避できるかを確認していく。
「踏んでみて……あれ、発動しない。ちょっと紐が緩いか? こっちの扉は……重すぎるな、これじゃ誰も突破できなさそうだな。もうちょっと簡単にして……」
やってみると、想像したよりも大変だった。
誰でもクリアできるのではダメだけど、誰もクリアできないのでもやはりダメ。
絶対攻略できない塔を作る方がはるかに簡単だということをセバルトは知った。
(あー、だんだん面倒になってきた。しかしここでくじけてはここまでやって来た意味がなくなる。なんとかちょうどいいバランス調整しなければ……)
遺跡を攻略することはあれど、自分が作ることは初めてなので苦戦しつつも、翌日、翌々日までかけてセバルトは作りきった。
「よし! 完璧だ! これならギリギリクリアできる人がいるかどうかの難易度だ。終わった……全て……何もかも……」
セバルトは額を拭った。
胸にはやり遂げた満足感があった。
実際はまだ始まったばかりである。
「……まあ、終わってないんだけどね、まだまだ。……ふー、最後の仕上げ、やりますか。この塔の目玉を……」
塔の一階中央、がらんとした広間。
セバルトはその中央に立つ。
「最後の難関、宝を守るガーディアンゴーレムを作る!」
ゴーレム。
人間が操作して動かしたり、あるいは自動で命令に従って動く人形。
セバルトもかつて旅をしていた時に、何度もお目にかかったことがある。
宝を守るために遺跡に配置されている時もあるし、戦闘用に魔物達が扱っていたこともある。
遺跡と宝といったらゴーレムだろとこれまでの旅で思っているセバルトは、やはり最後に守るゴーレムを作らなければと思っていた。
ついでに、罠にかかって動けなくなった挑戦者を塔の外まで運んだり、獣や魔物のような異物が紛れ込んだら排除したり、そういう雑用もゴーレムにやらせたい。
「さて、それじゃあそっちの準備を始めようか」
セバルトは塔を後にして、家へと戻っていった。
家へ戻ったセバルトは、同じ住宅街にある青い屋根の家へと向かう。
ドアを叩くと、中から出てきたのは、ブランカだった。
「セバルトか、どうしたのだ?」
「ちょっとお尋ねしたいことがありまして」
紆余曲折あったが、もとは魔法学校の魔道具として封印されていたこともあり、魔法学校がサポートして、空き家を借りてエイリアの街中で生活している。
ブランカの性格的に物怖じせず暮らしていたら、エイリアの人も普通に馴染んでしまい、もはや狐が喋ることも買い物することも特に不思議に思う人はいなくなった。
(適応力高いなこの町の住人)
感心しながら用件をブランカに言う。
それは、ゴーレム作りに関しての知識があるかどうか、あったら教えて欲しいということだった。
話を聞いたブランカは、すぐさま答えた。
「だめだ」
「ええっ!? どうしてですか」
「我は忙しいのだ。魔法学校や冒険者ギルドから話をもっと聞かせてくれと言われておるし、新しい本を執筆しませんかという誘いも来ている」
「僕も書いたのに……」
「ふっ、我の記憶の賜物だからな」
得意げにヒゲを揺らすブランカ。
「そういうわけだ、我はセバルトの妙な趣味に付き合う時間はないのだ」
「妙って言わないでください。しかたありませんね、これを」
「……むっ」
セバルトがちらりと見せたのは、先日行ったシーウーでもらった甘芋ヨウカンだった。
ブランカはお礼にもらった分をすぐに食べてしまっていたが、セバルトは一部を大事に取っていた。
「それは、この前の!」
「ふふ、こんなこともあろうかと保存していたのですよ。ちゃんと冷やしておいたので、鮮度もばっちりです。食べたくありませんか?」
ブランカは黄金色のお菓子(本物)を見つめて唸ると、首を縦に振った。
5/10に『お忍びスローライフを送りたい元英雄、家庭教師はじめました』の2巻が刊行されます。皆様のおかげで無事2巻も刊行できることとなりました、ありがとうございます!
2巻では寺院や精霊の話を中心に展開していきますが、かなり加筆して(おそらく100ページくらいは加筆してるような……)新たなエピソードもいくつもあるので、Web版を読んでいても新鮮に楽しんでいただけると思います。
もちろん岡谷さんの素晴らしいイラストもたくさんありますので、手にとってもらえれば最高に嬉しいです! どうぞよろしくお願いします!