神獣は甘味を所望する
ミスバルト――それが、魔神の欠片をスタンスに渡したものの名前だった。
スタンスはミスバルトについて知っていることを、セバルトに語った。計算をして、信用を裏切ることより自分の首の値段を高く見積もった結果だった。
ミスバルトは、自らを魔法使いとだけ称していて、その背景についてはスタンスもよく知らなかった。
何かの研究をしていて、そのための実験データが欲しいということと、人や資金の援助を受けたいということで、スタンスに接触してきた。
そして渡したのが、大きな力を与える魔神の欠片だったという。
グエノ商会ではなく、スタンス個人と接触していたらしい。
その研究の目的などは多くは語らなかったが、スタンスが培った交渉術で食い下がると、『拡大』のためだと答えたという。
ミスバルトは常に目深にフード付のローブを被っていて、その顔についてはスタンスもわからないらしい。
ミスバルトという名も本名かどうかもわからない。
ただ、魔神の欠片は何かと便利だから、協力していた。
今回もそれでうまくいくはずだったのだが、予想外の者に阻まれてしまったというわけだった。
(ミスバルト――そいつが、この前のエイリアでのことの原因にもなっているのか。迷惑千万な奴だな)
話を聞き終えたセバルトは、スタンスを拘束すると、ブランカ達のいるであろう音が聞こえた場所へと向かっていた。
(手がかりは少ないが、それでもある程度のことはわかったのは進展だ。『拡大』だけじゃよくわからないが、これまでのことから考えて、ろくなことを企んでないのはまず間違いない)
「――まあ、ともかく、今は」
しばらく早歩きで歩くと、セバルトは縛られた三人組と、メリエと、ブランカの姿を目にとらえた。すぐに小走りで駆け寄っていく。
「無事で何よりです」
「もちろん、あたし達が本気を出せばね」
メリエが得意げに答える。
ブランカがじっと顔を上げて、セバルトの目を見据えた。
「記憶が戻った」
「……そうですか。よかった」
「うむ」
短く言葉を交わして、二人は遺跡を後にしようと歩き出す。
メリエが少し困惑した様子で、首を忙しく二人へ向ける。
「ちょ、それだけ? もうちょっと何か無いの?」
「我は、記憶が戻れば孤独を感じるかと恐れていた」
メリエの言葉に反応したのか、自発的か、ブランカが静かに言った。
セバルトは小さく頷く。
「だが、記憶が戻った今、そんなことはない。我は、一人ではなかったのだな」
「――気付くのが遅いですよ」
ふっと、セバルトは笑って言った。
今度はブランカが小さく頷くと、二人は並んで歩を進めていった。
遺跡を出たセバルト達は、スタンス達不心得者を、シーウーの治安組織に引き渡した。前回は罰金のみですぐに釈放されたが、今回はシーウーの住人の蔵を激しく荒らしたりもしたし、より重い処罰になる見込みだ。
メブノーレ夫妻に、とっちめたスタンス達を見せると、犯人が捕まったことに喜び、これで悩まされなくなると喜んでいた。
さらにシーウーの特産品を色々とお礼に渡された。
蔵が荒らされて困っている上に、お礼なんてとセバルト達は断ろうとしたのだが、絶対に譲らない夫妻に押し切られて、全部ではないが少しお礼をもらうことになった。
そしてシーウーからエイリアへとセバルト達は帰った。
一夜が明けると、遺跡の冒険が嘘のように、普通の朝がやって来た。
「なるほど、ファブニルは耳がいい魔物と。いやあ、おかげさまでずいぶんと捗りますよ、資料作成が」
「ふっ。我の本来の記憶力を持ってすればこの程度軽いことだ」
そしてセバルトは、家でブランカとともに、図鑑作成の続きをしていた。
いつかはたいして進められなかったものだが、今はすいすいと進み、一つ一つの項目も詳しくかける。
この調子で図鑑が出来れば、未来の英雄達にとって多いなる助けになるだろう。
そもそも、セバルトが育てる英雄以外でも、これをうまく活用すれば、強大な魔物を倒したり、天災や病気に備えたり、対処できるようになるかもしれない。
そうなったら、セバルトとしてはさらに願ったり叶ったりだ。
頑張ろう、と気合いを入れ直し、作成作業を続ける。
「オルトロス――炎を吐くのが特徴で、二つの首のうち右首が本体で――」
「えっ、そうだったのですか?」
次の説明に入った時、セバルトが素っ頓狂な声を出した。
(片方でよかったのか。二本とも切ってしまったけど、実はそんな弱点があったとは。やはり魔物に詳しいつもりの俺でもまだまだ知らないことはあるな)
「ブランカは頼りになりますね」
「当然だ」
得意げに耳をぴこぴこと動かす白い狐とともに、セバルトは図鑑を作っていく。
そんな穏やかな時間が数時間経った。
「そろそろ、休憩しますか」
「うむ。あれを食べながらな」
ブランカが尻尾をウキウキとふりながら、セバルトの家の棚に入っている包みを素早く取り出した。
「まあ慌てず、お茶をまずは入れて……って早いですよ」
用意する間もなくブランカが包みを開くと、そこから黄金色に輝く(ようにセバルト達の目には映る)お菓子が姿をあらわした。
お礼にともらった甘芋羊羹だ。
「くんくん……うむ、いつ嗅いでもやはりいい匂いだ。早く食べるぞ、セバルトよ!」
「本当に好きですねえ。ま、僕も好きですけど。……ああ! 甘い」
「うむ、うまい!」
とりあえずお茶は置いておいて、二人は手に入れた甘いお菓子を食べることに集中する。
甘い中に芋の風味が生きている濃厚な味わいは前に食べたときと変わらない。いや、全てが終わった良い気分で食べると、以前以上においしく感じられた。
「今日は甘芋パーティといくぞ、セバルトよ」
「好きすぎでしょ、ブランカ」
セバルトとブランカは、笑い声を響かせながら、平和な時間の中に甘味を心ゆくまで味わった。
(第三章 完)
三章はこれにて終了です。ここまでお読みくださりありがとうございました!
ブランカかわいいよブランカ。
四章を書くためにしばらく定期更新はお休みします。
いつ再開して四章開始するかはわかりませんが、再開するときは活動報告やツイッターでお知らせします。
その時はまたよろしくお願いします!