憧れの羽毛布団 2
そして翌日。
再び同じ森にロムスとセバルトは集まった。
「さあて、それじゃあ罠チェック行きましょうか。ちゃんと羽、持ってきてくれましたね」
ロムスはセバルトが言った通り、羽を昨日もずっと持っていたし、今日も持っている。
(――怠けずきっちりやるのはいいことだ。おかげでそろそろ、馴染んで来たんじゃないかな)
「はい。なんだか、少しずつ感触が変わった気がするんです。気のせいかもしれませんけど」
セバルトはよしよしと細かく頷く。そしてじっと羽を見つめているロムスに言った。
「もっと荒っぽく扱っていいですよ。囓ったり嗅いだり魔法を撃ってみたり。何かわかるかもしれませんし」
「囓るのはちょっと。でも、詳しく調べていいなら……」
ロムスは精神を集中する。すると、何か奇妙な感覚を一瞬おぼえた。
仲間を不思議な感覚で見分けるということは、もしかしたら魔法のような力ではないか――その時、そう思いついたロムスは、詳細が判然としない中、とにかく『アクア・スフィア』や『ウィンドブリーズ』の魔法図を描く。魔力を込めた指で図を描くと、それに対応した魔法が発動するのだ。
何度も試していると、再びロムスは奇妙な感覚をよりはっきりと感じる瞬間があった。
その何かの正体を掴むため、さらに何度もロムスは魔法を繰り返す。
(へえ、これだけ連発しても息切れしないか。精度は低いけど、魔力はかなり大きいものを持ってるみたいだな。結構、期待できそう)
そんな風に思っているセバルトの前でロムスが何十回目かの魔法を発動したとき――はっとして目を丸くした。
「どうかしましたか?」
「いえ……なんというか……感覚が変わった気がするんです。涼しい……ひやりとしたものを感じたんです。僕が魔法で風や水を出したからじゃないですよ。それらに触れなくても、なんだろう。羽の周りだけ温度が違うみたいな」
セバルトの口角が微かに持ち上がった。ロムスは気付かずに羽をいじくっている。
「なるほど。それじゃあ、頃合いですね」
「頃合い? なんのですか?」
「罠をチェックしに行くのにちょうどいい。行きましょう、罠と羽で、グースがいればきっと捕まえてやれるはずです」
そしてセバルトは、ロムスを先導し、森の奥へと進んでいく。
「うーん。ここもかかってませんね」
仕掛けた罠を調べてまわっているセバルトとロムス。しかし、ヒットはしていない。
「あ、この罠、これ見よがしに鳥の糞がしてあります。生意気な――!」
「あはは……え? それってグース自体は近くにいるってことじゃないですか!」
ロムスは今日も羽を手にしたまま大きな声を出した。
「そういうことになりますね。だとしたら、それがなおさら重要になりそうですが、どうですか?」
「昨日よりはっきりと、羽から何かを感じます。よくわかりませんけど、力のようなものを」
そう言ってロムスが羽を強く握った時だった。ぺたぺたと歩く鳥がこっちに向かってきたのは。
「セバルトさん、あれって……!」
「あの金のくちばし、ゴールデングースの特徴まさにそのものです」
セバルトは答え、ロムスが手に持つ羽を見る。
(なるほど、しっかりマスターしてるじゃないか)
グースが仲間を識別するマナが、羽から微弱に、ロムスの手から強力に発せられていた。
これでグースの方から仲間だと思ってやって来たのだ。
間近まで迫って、グースは足を止めた。ようやく何かがおかしいと気付いたらしい。
「ロムス君、あとはそいつを捕まえるだけです!」
グースが振り返り、地面を疾走して逃げ出した。ロムスとセバルトが後を追う。
予想以上にグースの足は速く、木々の合間を縫って駆けていく。川のほとりで始まった追いかけっこは、森の中へと進んでいく。
「短い足のくせにずいぶん速いです!」
「大丈夫です、動物で重要なのは追いつくことより見失わないこと。じっくり追いかけて……」
とセバルトが励ました瞬間、グースが羽ばたき地面を蹴った。
(って飛べるのかよ!? じゃあ最初から飛べよ! なんでもったいつけて走ってたんだよ!)
「飛ばれると困ります、ロムス君、魔法で狙い撃ちを!」
「は、はい、セバルトさん。『アクア・スフィア』!」
ロムスはセバルトの言葉に引っ張られるように魔法で水球を放った。使ったのは先日校庭で使った魔法と同じ。だが今回はそれよりもはるかに速く大きい水球。
それはグースの頭に見事にヒットし、グースは「げー」と鳴き声を上げ地面に落ちた。
「やったっ、やりました! ……え? でも、今の魔法本当に僕が?」
ロムスは戸惑う。セバルトは気を失ったグースを捕獲する。
「ええ。間違いなくそうでした。水を選んだチョイスがグッド。おかげで血で汚れたり傷がついたりしなくて価値もあがるというものです」
手に持っただけでふわふわしているグースに、セバルトの声が弾む。
一方のロムスは、自分の魔法に首を傾げていた。
「信じられない。僕があんなにうまく魔法を使えるようになるなんて。どうして……?」
「それは、マナの本質を掴んだからですよ」
セバルトが言った。
「鳥のマナを知るために色々やっていた、それがマナの種類を選別することをロムス君に教えたんです。このグースは特定の色のマナだけを好み、また発する性質があります。単色の濃いマナに触れる機会というのは普通ありませんが、能力ある人が触れれば、普通の魔法で触れるマナとの違いに気付き、マナを上手く扱う術に気付くんです」
「マナの扱いに気付いたから魔法が……え? それじゃあ、もしかして!」
ロムスがはっと驚いたように瞬いた。
「セバルトさん、もしかして僕の魔法の力をつけるために、これを?」
セバルトはにやりと笑って言った。
「今日は手伝ってくれてありがとうございます。それではいつからはじめましょうか? ロムス君が今何をやったのかの、机での講義を」




