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プロローグ

 セバルト・リーツは目を覚ました。


 横たわっている体を持ち上げると、穏やかな草原が周囲に広がっている。

 空は青く太陽が輝き、黄色や紫色の花の間を蝶や虻が舞っている。

 いったい何が起きたんだと思いながらセバルトは立ち上がり、目をこらして周囲を見渡した。多少の時間が経っているのか、体力はある程度回復していた。


 セバルトは頭の中を整理する。

 セバルトはつい先ほどまで魔神と死闘を演じ、そして倒した。それは間違いない。

 魔神が消滅する瞬間をこの目で見届けたのだ。それはいい、そこは安心していい。


 問題はその後だ。

 景色がゆがみ、感覚が狂い、気がついたら暗い岩場で戦っていたはずがここにいた。


「空間転移したのか?」


 英雄と魔神、二人の発した巨大なエネルギーが激突し、それが空間に干渉する魔法のごとくに働きセバルトを異なる場所へ転移させた可能性に思い至る。

 それならば、ここがどこかを調べなければならないとセバルトは歩き始めた。


 理解しがたい状況だが、セバルトの足取りは重くはない。

 長年の戦いに終止符をうつことはできたからだ。多少のアクシデントなど、魔神を討ち、魔軍を滅ぼした、そのことに比べれば些細なことだろう。


「そうだよ、ようやく全部終わったんだ。小さいことは抜きだ」


 魔王達を倒すための旅に出て十年たったマナフ暦430年。年以上の正確な日付はとっくにわからなくなった旅路の果てに、戦いに終止符を打ち世界は平和になった。

 セバルトは久しぶりの明るい景色を満喫しながら、平和になった世界でゆっくりと歩を進める。


「こんなところにトロールが出るなんて! くそっ!」


 だが、しばらく歩き、森に近づいたとき、突然焦った男の声がセバルトの耳に飛び込んできた。

 トロール――巨体をもった妖鬼の魔物だ。セバルトは声がした森の中へと素早く向かう。


 森に入ってすぐのところで、セバルトより少し上くらいの年齢の男が、複数のトロール相手に槍を突き出し、なんとか近づかれないようにしていた。

 その近くには、負傷してうずくまる者が二人いる。声を上げ、威嚇しながら距離をとろうとしている様子からして、まともに勝てる相手ではないようだ。


 一体のトロールが槍をすり抜け丸太のような豪腕を振り上げ、男を叩きつぶそうとした。

 セバルトは一ステップで男の前に移動すると、振り下ろされた腕を片手で軽々と受け止めた。

 男が何が起きたか理解できない様子で固まる。


「手を貸します。『紫電の糸』」


 マナが圧縮され紫の輝線に変化、高速で全てのトロールの体に巻き付く。直後に強烈な電撃が魔物達を襲い、一撃ですべての魔物が絶命した。

 トロール達は溶けるように消滅し、あとにはマナが宿った骨の一部だけが残された。


「な――? なに、が」


 男はセバルトが助けに入ったとき以上の驚いた顔になっていた。


「あんた今何をやったんだ! トロールを一瞬で倒すなんて!」


 槍を構えたまま、早口でまくし立てる男に、セバルトはこともなげに言う。


「雷の魔法を使いました」

「いやそれは見ればわかる! そういうことじゃなくて、一体今の魔法は何なんだ。あんな魔法、見たことも聞いたこともないぞ!?」


 興奮気味にまくしたてる男にセバルトは困惑する。

 これは雷の攻撃魔法としては代表的なものの一つだからだ。もちろん、セバルトが使うものは並の使い手のものとは段違いの威力だが、使った魔法自体は変わらない。


「それにこのあたりじゃまずお目にかからない大物だぞトロールなんて。そんな魔物を一撃で倒すなんて強すぎる! あんたいったい何者なんだ!? 町の人間じゃないよな、いたら知らないはずがない。……っと、そうだな。驚くよりも感謝が先だったな。あまりのことに忘れちまってたぜ。ありがとう、助かった。俺達は町の近くの化物退治に来たんだが、逆にやられかけてたんだ。あんたが来なけりゃ全滅してたかもしれない。本当に恩人だ」


 リーダー格らしい男が言うと、怪我をしている男達も、地面に倒れたまま頷き同意する。


「いや、そんなにたいしたことはしてないですよ」

「んなことねえよ! 超たいしたことあるから! なあ!」

「そうだよ、とんでもねえ! あんたのたいしたことある基準どうなってんだ!?」


 男達が目と口を大きく開いて否定する。


(んー。本当にたいしたことしたつもりはないんだけどな)


 セバルトは微かに眉根を寄せた。トロールは中級程度の魔物で、セバルトがこれまで相手にしてきた最上級の魔物とは桁違いだ。一般的に言っても大物というほどではないというのがセバルトの認識なのだが……。どうも不審に感じたが、それよりもまずは。


「僕は今旅をしている身なのですが、ここで人間に……あなた方に会えたということは、近くに町などあるということでしょうか」

「旅人――あ、ああ。そうだ。すぐ近くにエイリアっていう町がある」

「そうなんですか。ということは、もう用事が終わったということでいいのでしょうか。そうでしたら、エイリアという町までご一緒させていただいてもよろしいでしょうか」

「もちろんだ。命と仕事の恩人に道案内ぐらいはしないと罰が当たる」


 思わぬところで道案内を得ることができた。

 怪我をしている者たちはさほどの大怪我ではなかったので、癒やしの魔法で応急手当をし、セバルトたちはエイリアという町へ向かって歩きはじめた。




「そうだ、まだ名前も聞いてなかったな。俺はイーニー・ノインって言うんだが、あんたの名前は?」

「僕はセバルト・リーツといいます。よろしくお願いします」


 しばらく歩いてから、思い出したように自己紹介をセバルト達はしあった。森を回り込むようにゆったりとした長いカーブを歩いて行くと、やがて町並みが姿をあらわす。


「あれがエイリアだ」

「思ったよりはやくついて助かりました。……そうだ、ここの地理についてもう少しうかがってもよろしいですか」


 近づく町を眺めながら、セバルトはここはどういう場所なのか、などを尋ねる。

 イーニーからの答えで、エイリアはネウシシトーの東部に位置する町だということがわかった。エイリアという町はセバルトは知らなかったのだが、ネウシシトーはもちろんセバルトも知っている。自分の出身の国を知らないはずがない。

 とりあえずは自分の故郷の国であるということにセバルトはほっと一息をついた。


 しかし、それと同時に違和感を一つ覚える。

 この国に、魔軍との熾烈な争いに巻き込まれていなかった町があるだろうか。

 トロールなどよりはるかに強大で凶悪な魔物たちが、少し前まで攻勢を仕掛けていたはずなのだ。それなのに、トロールを倒したくらいで大げさに驚いていたのはやはり腑に落ちない。


 そんな疑問を感じているうちに、エイリアの町中へと到着した。

 そこでもさらに不思議な点が増える。どこの町にもあった見張り塔が見当たらない。その代わりというように、石材が何層にも積みあげられているモニュメントが町の中心付近に建っている。


「イーニーさん、あれは一体?」

「あー、あれか? たしか、英雄が全ての魔王を討ち果たし、魔軍を滅ぼし世界を平和に導いた記念に建てられたものらしい。なかなか立派なもんだろう? といっても、さすがに汚れて所々崩れてるけどな。この町には旅の途中に英雄が立ち寄ることはなかったらしいが、英雄の親戚が平和になってから来たらしいぞ。すごいんだかすごくないんだか微妙だよな。ははは」


 ……なんだって?

 イーニーは笑っているが、セバルトは今度は笑えなかった。

 魔王達と魔神を倒してから、たった今戻ってきたばかりなのに。それなのにもう平和になって英雄の偉業を称えるモニュメントができた?

 どう考えても、そんなものを建てる時間は無い。

 それになにより、イーニーの口ぶりは大昔の歴史的出来事を話しているかのようで――。


 その瞬間、セバルトの脳裏にひとつの予測が浮かんだ。


(まさか……いや、そんなふざけたことがあるはずない! ……しかし)


 ありえないと打ち消そうとするが、しかし、そう考えるとすべてのつじつまが合ってしまう。

 確かめずにはいられなかった。


「……イーニーさん、大事なことを聞き忘れてました。今日の日付、わかりますか?」

「日付? そりゃそんくらいわかるが。なんだ、それもわからないのか? ははっ、旅人だっつってもどれだけ人里を離れてたんだよ、お前さん。今日はマナフ暦760年5月12日だ。よーく覚えておけよ」


 言葉を失った。

 二度と帰らないことを覚悟した魔軍との戦いの旅にでたのが420年。それから十度の夏と冬をこえ、全ての魔王、そして魔王達を統べる魔神を倒した。

 だから今は、430年のはずなのだ。それなのに――。


 魔神との戦いによるかつてないエネルギーの衝突が空間を歪ませ、この場所までセバルトを移動させた。それだけに留まらず、時間すらも歪めて、時を超えてこの時代までセバルトを移動させた。

 セバルトは確信せざるを得なかった。


 330年の時を超えたことを。

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新作【追放されたからソロでダンジョンに潜ったら『ダンジョン所有権』を手に入れました】を書き始めました。 ダンジョンにあるものを自分の所有物にできる能力を手に入れた主人公が、とてつもないアイテムを手に入れモンスターを仲間にし、歩んでいく物語です。 自分で言うのもなんですが、かなり面白いものが書けたと思っているので、是非一度読んでみてください!
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