第35話 ロッキパパ
人間が生きるにはお金が必要だ。完全に自給自足で暮らしている人もなかにはいるだろうが、大多数の人々はお金を必要としている。
なぜ急にこんな話を始めたのか、賢明な皆様に改めて言うのは私としても恥ずかしい限りだが、あえて言おう。私はお金が欲しい。
新しいスキルである「ばら撒き」さらに言えば「倍プッシュ」は大量の現金を必要とする。ご理解いただけるだろうか?大量の現金を惜しげもなく放出するこのスキルの真価を?
タダでお金を渡すなんてとんでもない?見返りが保証されているのならやってもよい?なるほど、ご尤もなご意見である。
残念ながらこのスキルの効果について、確実な保証などというものは存在しない。それどころかこのなんともゲスなスキルは一般的には軽蔑の対象とされている。
だが現実に目を向けてみればどうだろう?このスキルをくらった人々のほとんどが口をそろえてこう言うのだ。
「ありがとうございます!」と。
そしてあなたはその目でしっかりと確認することができるだろう。額を地べたにこすりつけ、感謝の涙で服を濡らした、まるで両親に許しを求める子供のようにあなたを頼る大人しい羊の姿を。
そして時にはこのスキルの効果で生命の危機さえ乗り越えることができるだろう。冷静に考えて欲しい。これ以上の報酬がどこにあるだろうか?いやそんなものはどこにもありはしないだろう。私は固くそう信じているものである。
――キーン自伝より一部抜粋――
ふぅ。思わず本音が自伝のかたちで脳内出版されちまったぜ!でも俺悪くないよね?悪いと言われても無視しよう。そうだそれがいい。誰だってお金が必要なのは変わりないんだ。そこにちょっとした遊び心というかスパイス的な?そんなものを加えて正直な心情を吐露したっていいじゃないか。
しかしそれはそれとして、俺の前世の経験や知識からはお金を稼ぐ手段が見つからないのは問題だ。俺ってホントに転生者?もしかしてこれってドッキリとか?この世界まるごと?ここまで泳がせといて裏でカメラがスタンバってるの?まあ・・・そんなわけないよね。
実は神様的なものに記憶の一部を消されたとか、封印されているとか、そういうパターンならあるか?そうじゃなければ、俺の前世が全否定されている気分になっちゃうよ!・・・うん。新スキルのことはしばらく諦めよう。そして深く考えるのもやめた方がいいな。とにかくお金が無いことには始まらないってことで。
今日はロッキさんの実家のお店に行くことになっている。何度か日程の調整をしてようやく決まったのが今日だ。ロッキパパってば何の用ざんしょ?
10歳で文官養成学校に入った俺が、使える人間かどうか見たいってところかな?
ただの暇つぶしということでも構わないけどね。それなりの商家みたいだしその経営者と話ができるなら楽しそうだし。
「キーンお待たせ。なんか眠そうだね」
「授業中は眠気との戦いですからね。今日も紙一重でしたよ」
放課後待ち合わせをしてロッキさんの案内に従う。あれは家具店であそこは小物の品揃えがいい。あの肉屋は少し肉の質が悪い、などと話を聞きながら目的地に向かう。
商業エリアのメインストリートに入り、そこから少し歩いた場所にお店はあった。一等地からは少しだけズレているようだが、人通りも多く、商人にはたまらない立地だろうな。
お店自体も立派で、これは石造りなのかな?故郷の町にあった木造のしょぼい小屋みたいなものとは比べるまでも無く重厚感に満ちている。入り口のアーチのカッコイイこと!
この感じで食料品店なのか。宝石店だと言われても信じてしまうような高級感が漂っている。でも店頭には野菜や果物を中心に、加工済みの肉や魚もならんでいんだから、イメージとしては小型の高級スーパーかな?話しには聞いていたがここまでとは驚いた。完全に上流階級向けのお店じゃないか!
商家としては中堅どころなんて話は謙遜もいいところだな。どんだけ稼いでんだよロッキパパ!なんて素敵なパパなんだ。
養子を探してたりしませんか?実は孤児に一人心当たりがありまして、若干頭がおかしくて面倒くさがりで、意思が弱いですけど・・・いい奴・・・のはずです。よかったら紹介できますけど?っていうか僕なんですけど?
「お帰りなさいませ。若旦那」
「ただいま」
妄想を中断するように店内に声が響く。ワカダンナ?あぁ、若い旦那の若旦那か。よ!若旦那!って、え?あぁ、ロッキさんのことか。やるじゃねぇか小僧。
さすがは跡取り息子だしさすがは高級店の従業員だぜ。どうやら皆さんキッチリ教育されているようだ。お店のなかには2人しか見えないが、裏で作業でもしているんだろうな。
こっちだよとロッキさんに連れられて店の奥にある部屋に案内された。商談用の部屋かな?
「ここでちょっと待っててね。父を呼んでくるから」
執事のような感じの人がお茶まで運んでくる。番頭さん的な?まったく貴族並みじゃないか。この流れはあまりよろしくない。俺としてはややこしいのは嫌なのだ。
そして頭をよぎる驚きの考え。みなさんは冒頭で紹介した私の脳内自伝の内容をおぼえていらっしゃるだろうか?
あのスキルには一つ大きな弱点があったのだ。お分かりだろうか?それは資金力が格上の相手にあのスキルを使った場合レジストされる可能性が高いということ。また、一度「ばら撒き」が成功したとしても、より資金力が上の人間による「倍プッシュ」が可能だということだ。
今の俺の場合、仮にロッキパパに「ばら撒き」スキルを使ったとしてもレジストされてしまうのは間違いないだろう。だってあちらの方が金持ちなのだから当然の結果としてそうなる。
さらに言えば、スキルを発動した段階で敵認定されてしまう確率が高い。鼻垂れ小僧が俺を買収だと?馬鹿にしてるのか?ってな具合だ。
「ばら撒き」スキルは強力だが、使い手がそれなりの数いるんだということを忘れると、とんだしっぺ返しを喰らうことになるな。はやくも弱点発見か。幸先悪いぜ。
「キーン、お待たせ。こちらは僕の父のビルだよ」
ロッキさんとロッキパパの登場に、スキル考察を一旦やめる。はじめましてキーンといいます。ロッキさんにはいつもお世話になってます。と軽めの挨拶する。
「貴方が天才と噂のキーンさんですか。息子からよくあなたの話を聞かされていました。今日はお会いできて本当に嬉しいです」
あ、これはダメなやつだ。下手に関わると面倒くさいことになる予感がする。俺みたいな平民で孤児のガキ相手にこの対応は普通じゃない。なにも知らない普通の子供がこんな対応されたら、こわくて泣いちゃうところだよ?
俺はひたすら曖昧な、意味のない話をして時間を稼いだよ。ロッキパパは俺のそんなつまらない話を、さも愉快な話のように聞いてた。心から楽しいですといった顔をしながらだ。
兵を伏せると書いて伏兵か。こうも簡単に餌に食いついちまうとはな。ロッキさんは純粋に父親を紹介したかっただけか?いいや。違うだろう。ロッキパパとのコンビネーションプレイだと考えるのが自然だ。
将来有望そうだが、何の後ろ盾もない孤児のガキだ。圧倒的な金の力の前に、あるいは蜂蜜のように甘い話の前に、簡単に膝を折るとでも考えたか?
いいさ。今回は俺の負けだ。経験値が違うってわけなんだろ?分かったよ、こうなったらお互いどこまで茶番を続けられるか勝負といこうじゃないか。俺の演技だってそう捨てたものじゃないんだ。
俺の新スキル候補、「聞こえないふり」「気付かないふり」「大人ぶりたくて背伸びしている他愛ないガキのふり」等々、思いつく限りの技を怒涛のコンボでカマしてやるぜ!




