第172話 流した汗が足りないのよね
「ハァハァハァハァ」
草原を走る。息が苦しい。ひたすら走る・・・来る。
火球が足元に。火柱が立つ。ファイヤーボール。「身体強化」の強度を上げて一気に距離をとる。
「ハァハァハァハァ」
背後に熱風を感じながら足を動かす。馬が地を蹴る音。魔法の気配。空気の流れが変わった。風魔法。ウィンドカッター。回避。
遠く前方に人の集団。回り込まれている。魔法使い・・・いや弓兵。風が不自然に強い。「気配察知」の感度を前方に大きく傾ける。風魔法でブーストされた矢が迫る。
「ハァハァ、波動拳!」
衝撃で矢を弾く・・・が二射目がすぐ来る。
「あああああああ!いあぁぁああ!」
腹と足を貫かれる。次いで三射目が来る。右手に百メートルほど「転移」して回避。
傷を「治癒」してまた駆け出そうとするところで四方を壁に囲まれる。ロックウォール。
ジャンプして壁蹴りしながら乗り越えようとするが上から風。ウィンドハンマー。
空中では避けようもなく、地面に叩きつけられる。頭を強打。世界がグラグラユラユラ歪む。「治癒」
ファイヤーボールが飛んでくる。「転移」して囲いから脱出。
「出たぞ!あそこだ!」「弓!」「狼煙を絶やすな!」「共鳴急げ!」
すぐに矢の雨が降ってくる。剣で弾くが当然追いつかない。足が止まる。血が流れる。次の魔法が来る・・・これは・・・「アースバインド」
足元から土が絡みついてくる。「身体強化」で引きちぎるが追いすがるように土が体を上ってくる。「転移」して逃れる。
「ハァハァハァハァ」
きつい。もう息がもたない。苦しすぎてまともな判断が出来ているのか分からない。また矢が・・・もう持たない。「転移」で撤退。
「ハァハァハァハァ」
疲れた。安全地帯に到着。川に頭を突っ込んでカブ飲み。地面に寝転ぶ。心臓が爆発しそうだ。服は血だらけ穴だらけ。しかも肌にべっとり引っ付いて気持ち悪い。傷は「治癒」で直したけどまだ体中が痛い気がする。
「手も足も出なかった」
冒険者ギルドで騎士3人を殺してからは、可能な限り、特に攻撃には「転移」を使わないようにして実戦訓練を開始した。が結果はご覧の通り。
厄介だったのは風魔法。上手く誘導され、吹っ飛ばされ、王都の外まで弾き出された。それからは付かず離れずの中・遠距離攻撃。「身体強化」で強引に距離を詰めようにもやっぱり風。そして火。
弓矢の恐ろしさも刻まれたよ。「治癒」がなければあれだけですぐ死んでたわ。結局「転移」を何度も使う羽目になった。
俺に遠距離攻撃が、せめて魔道具の「ファイヤーボール」でもあればもう少しなんとかなったと思うけど・・・いやそれでもダメだったか。「身体強化」からの投石じゃどうにもなりませんわ。
「ハァハァハァハァ、ふぅふぅ」
やっと呼吸が落ち着いてきた。空はまだ明るい。戦闘開始からどれくらい時間が経ったのか分からない。
一旦本拠地の町に戻るか?シュラー、チャンネリがいたら気まずいよな。森の拠点に行くか。とりあえずこのボロボロの服をどうにかしなきゃだ。
死ぬ程疲れたけど休みたいとは思わない。色々やらなきゃいけないことが多すぎてじっとしてられないよ。
立ち上がって森の拠点に「転移」
「キーン様!」「どうされました!そのお姿!」
「ちょっと手強いのと戦ってきただけだ。心配ない。けどほらこれだろ?余ってる服くれないか?ぼろでいいからさ」
「すぐに用意します!」
5人全員が拠点にいたので話はスムーズ。体を洗って服を着替えて、近況報告を受ける。
「じゃあポーは大人しくしてるんだな?」
ポーってのは聖域から連れて来た守り人の女のことね。
「はい。ずーっと神がどうとか夢物語みたいなことを喋っていましたが、最近は静かになってきました。しかし相変わらずあの木に向かって祈っていますね。心の強さはなかなかのものです。てっきり自殺でもするかと思っていましたが」
「そうか。御神体が心の支えとしてあるからかな?まぁいい。御神体に何か変化はあったか?」
「いえ、あれから変化はありません。木から流れる水は便利なので助かってます。あぁチャンネリ様が折ったあの枝で食器を作りました。ねぇガッタ?」
「おう。キーン様、質のいい木ですわ!もっと色々作りてぇです!」
「枯れなければ好きにしていいよ。ただあれで聖域が作れるかもしれないから無茶なことはするなよ?」
「へい!あざーっす!」
その他大雑把に報告を聞いてからこっちの話も適当に伝え、ポーのところへ。
「よぉ。元気でやってるみたいだな」
「お久しぶりですね」
「随分落ちついたようじゃないか。お前のいた聖域があの後どうなったか知っててそんな涼しい顔をしてるのか?」
「正しい者は七たび倒れてもまた起き上がる。これが神より課された試練ならば必ず乗り越えることが出来るのです。虐げられた人々、不幸のなかで倒れた人々のためには祈りましょう。全ては報われます。私はまたあなたのためにも祈りましょう」
チッ!こりゃ話になんねぇぞ。
「なぁ。俺はこの前聖域の作り方ってやつを聞いたんだ。興味あるだろ?上手くすりゃあの御神体でここらを聖域に出来るぜ。そうすりゃあんたがまた守り人に選ばれるかもな」
「あなたのなさり様、その言葉、残念ですが信じることが出来ません。神に背く者にも愛が届きますように。あなたにもきっと時が訪れる。今はその時を待ちましょう」
狂ってやがる。神狂いだな。それでいい。方向が違うだけで俺だって似たようなもんだ。それでこそここにいる価値があるよ。こういうヤツほど使い道があるってもんだ。
「お前ら。ポーはこのまま死なないようにだけ気を付けてくれりゃいい」
「了解しました」
「じゃあ俺はいく。また暫くしたら差し入れもってくるわ、それまでは引き続き拠点の整備と訓練を頼む」
「はい。いってらっしゃいませ!」
よし。移動したら次は左腕の確認だ。




