第168話 じっとしてても始まらないから
「キーン。久しぶりだね。おかえり」
いつだったか聞いたようなセリフ。俺の乾いた心にしみ込んでくる言葉。あぁ確かにこういう温かさって大事だよなと思わされる。そう感じる。穏やかな日常。つまりスローライフ。あの時は気が付かなかった。浮かれていた。
「ただいま院長先生。お元気そうで何よりです」
思わずぞっとした。俺の口からこんなに暗く淀んで冷めきった声が出たことに。俺は目の前の恩人に嫉妬しているのか?それとも憎んでいる?また会えて嬉しいって感情だってすごく強いのに、色んな思いがごちゃまぜになってる。
「キーンも立派になって。どこかに連れ去られたと聞いていたからずっと心配だったんだよ。いまも苦しそうに見えるよ。どうしてそんなに苦しいのかな?」
俺が?俺の苦しみ?どうして苦しいのかって?まるで俺の苦しみが全て分かっているみたいな口ぶりじゃないか。ひどいな。分かってたまるか。イライラするぜ、いや違う、もどかしいだけ。
「先生。心配してくれてありがとうございます。苦しいことは苦しいですが大したことはありません。今の時代、苦しくない人なんていないでしょう?それと同じですよ。それと同じことなんです。誰と苦しさを比べてみてもきっと僕の苦しさとピタッと一致しますとも。なぜって結局みんな自分が一番苦しんでると思ってるんですから。比べなくても分かるって寸法です。同じことです。分かってます。時間が解決してくれるでしょう」
「キーン。私は確かに頼りないよね。あなたを守ってあげることも出来ない。でも話を聞くことはできるよ。そしてキーンに必要なのは私と話しをすること。顔を見れば分かるんだよ。なに、難しいことはない。いまこうしてやっているように、ただ話をするだけなんだから」
ああ、ああ、確かにそうだ。俺はこの人ともっと話をして、自分のことを知ってもらいと思っている。あんな酷いことや、こんな辛いことがあったと聞いてもらいたい。そしてそれに劣らず、俺が、他人に、何をしてきたのか・・・それを告白したいと・・・。
「先生。積もる話はありますが、僕にはそんなに時間がないんです。外にいる監視者達にはさっき話をつけておきましたが、彼等もそんなに気の長い方じゃなさそうですし。それでひとまず先生にはこれを受け取って欲しいんです。ええ、お金です。僕にはこれしかありませんから。いえ、いいえ、大丈夫です。僕も今や結構な金持ちなんですよ。はい、また時間を見つけて伺います。はい、また来ますから」
出来るわけない。懺悔なんて出来るわけないんだよ。俺はこの人に、クソな自分を、それでも、悪い子だって、思われたくないって、そんな甘ったれたことを、クソッタレめ!
「きっとまた帰ってきなさい。たとえここにはいなくても、ここに帰ってくることがなくても、私たちは家族なんだよ。それが嫌なら家族だったと言い換えてもいいんだ。そしてそれで充分じゃないかな?私はそう思うんだ」
俺は弱い。魔族だの救世主だのじゃなくてさ、目の前の、魔法も使えない、ただの老人ひとりに、勝てない。家族?ちゃんちゃらおかしいぜ。俺はついさっき人を殺したばっかりなんだぜ?ねぇ先生、ねぇ先生!分かってくれるかな!
「じゃあ行きます」
これ以上ここにいられない。院長先生の顔をチラッと見て、耐えきれずにすぐ外へ出た。「身体強化」で近くの林までダッシュ。
「用は済んだか?」
出迎えてくれたのは普通の冒険者っぽい恰好をした男達。その正体は国から派遣された孤児院を監視する者。わずかな時間とは言え俺も籍をおいた暗部のクソ野郎達。
こいつらは俺がクソエルフの所にさらわれた後もきっちり孤児院を監視していたらしい。俺が生きている可能性はかなり低いと予想していたようだが、監視していて正解だったよね。俺は生きていたし、まんまとここに戻ってきたんだから。
「あぁ、待たせたな」
荒れた感情にまかせて今すぐこいつらの人生を終わらせたい。呼吸が乱れてハァハァいってる自分に気付いて我に返る。今回の本命はこっちなんだ。院長先生はついで。深呼吸。
「ふぅ。それでどうする?すぐに王都に移動か?」
「ああ。北門の外に馬車を停めてある。それに乗れ」
「手際が良くてなによりだ。俺の要件もあちらさんには伝わってるんだよな?」
「ああ」
「了解だ。で、あんたらは?」
「我々は一緒にはいかない」
「ここで孤児院の監視を続けるのか。それもう意味なくない?だって俺はここにいるんだぜ?それとも人質でも取ってるつもりか?」
「知らん。任務だ」
ふー。冷静に返されてしまった。まぁいっか。
「仕事熱心なんだな。だけどほどほどにしとけよ?じゃないと何があろうと俺はお前らを殺しに戻ってくるぜ」
「・・・」
だんまりですか。地面に波動拳!で周囲の土を巻き上げる!監視者達は余波で吹っ飛ぶけど、受け身をとってすぐに戦闘態勢へ。なかなかやるな。だけど。
「なぁ。誰でもいいから返事しろよ。念のため先に殺しておいてもいいんだぜ?次の要員が送り込まれるだけ、なんて言うなよ?そんなの意味ねーんだからよ」
しかし誰も返事をしない。ノリが悪いやつらだなぁ。そしてこれは嫌な流れだ。こいつらは本気で国に忠誠を誓っているのかもしれない。俺からすれば嘘だろ!ってとこだけど、人それぞれ事情ってもんがあるからね。
「返事なしってことでいいんだよな?いいな?じゃあやろうか」
目の前には3人。「気配察知」で分かる範囲にあと4人。計7人。別に隠れているヤツがいるかもだから「転移」はやめておくか。
となると攻撃用の魔法は「身体強化」しかない。あーあ魔道具は惜しかったなぁ、と考えつつ目の前の3人に斬りかかる。剣はここに来る前に拾った古ぼけたもの。まずは一番右のヤツの側面に回り込んで水平切り。
ちょっと骨で引っかかったが左腕を切り飛ばせた。男は膝をついて倒れる。すぐに魔法発動の気配が。真ん中の男が「身体強化」から逆袈裟を放つ。
けどその動きはバレバレです。余裕をもってかわして腕が伸びきったところにこちらも逆袈裟。両腕を落とす。ギャっと避けんで後ろに跳んだ。
3人目はすでに後方に引いている。戦闘要員じゃなかったのかな?「共鳴」あたりを使うのかもしれない。左腕を落としたヤツから魔法の気配。まだ戦意があったのね。
俺は鱗キーンに変身!直後に足から出血。「気配察知」で風の魔法と判断。変身しといてよかったー。大した怪我じゃないから「治癒」はしない。出来れば見せたくないもんね。
風魔法使いの懐に一気に入って腹パン。男は血反吐を吐いて倒れた。やっとひとりかな?「身体強化」はこの間に逃走。チッ!面倒だな。
3方向から矢が飛んでくるが余裕でかわす。うん?全員退くつもりか?やるなぁ。まぁ、当然か。しかし魔法が飛んでこないってことは今の3人以外は魔法使いじゃないのかな?
すぐにダッシュ。まずは最初に逃げた男を追う。普通に走ってるだけだから、すぐに追いつく。「気配察知」は俺の十八番なんだからよぉ!
走って追いついた勢いのまま軽く背中にパンチ!5メートルくらい転がって動かなくなった。死んでないよね?殺すつもりはないんだからさ。
ってかやべぇ。まだ2人じゃん。俺を無力化しようとかかってくると思ったのにさ。あっさり逃げられちゃったじゃん。
またまたダッシュ!よし「身体強化」野郎発見、一瞬「気配察知」の範囲外に出ちゃったからちょっと不安になっちゃったよ。
ヤツは両腕肘から下がない。血もいっぱい流れてる。分かるよー。俺も一度は腕切られちゃったからさ。上手く走れないよな。魔法の維持ももうそろそろ限界だろ?
しかし俺は全然疲れてない。魔法に関してはちょっとしたもんだろ?30秒もかからず追いつけたぜ?頑張ったところを悪いな。ってことで一瞬で正面に立って腹に蹴り。ハイ終わり。
矢を放ってきたヤツラはもういない。まぁあっちは・・・いいか。剣を収めてから倒した3人を一か所にまとめて・・・はぁ、やりたくないけど「気配察知」全開!!
「あぁぁぁあぁぁぁあぁあぁぁったま痛ぇ!!!!!」
が、周囲には誰もいない。魔法の気配もなし。「隠密」だので隠れてるようなのもいない。
あとの4人は諦めるしかないか。
倒した3人を連れて「転移」で森の拠点へ。
事情を話して拘束しといてもらう。一応最低限の「治癒」はしたから死にはしないはず。
再び「転移」で孤児院近くに戻って監視者達が用意したという馬車のところへ。馬車はちゃんとあった。御者もいる。顔つき、雰囲気からしてこいつも暗部の人間だろうに。
「お前は逃げないのか?」
「へへへっ!これがあっしの仕事ですから!」
そっすか。みんな頑張ってるよなぁ。俺も頑張んべ!




