第105話 うちの芝生は青い
新しい魔法を得て一夜明けた。頭痛は嘘のように消えて、体が少しだるい程度のいつも通りの体調に戻った。
オッケー!腹は減ってるし目がチカチカして、いかにも栄養不足って感じだけど痛みがないって大事だよね。いつも通り水飲んで腹を膨らませよう。腹をパンパンにしないと落ち着かないぜ。
そうだ、魔法を使ってみようかな。性能チェックだ!新生キーンのマジックタイム。見よ!これこそが「気配察知」だ!
なに?どんどん・・・これ・・・チッ・・・やば・・・気持ち、悪く。これはやばい。終了だ!おぇ。酔った。なんだこの魔法は。こんな能力だったのか。
頭のなかに3Dマップのようなものが出来た。自分を中心として球状にどんどん広がっていって、そのマップ内のあらゆるものが確認できるようだ。
生き物の気配がなんとなく分かる程度の力だと思っていたのに、全く違うじゃないか。地下にある小さな岩の位置まではっきり分かった。
もっと検証が必要だな。このままでは脳がシェイクされすぎて液状化しそうだ。名前も思い出せないあの冒険者の精霊野郎はもっと自然に使っていたと思うんだけどな。
全部を見るのではなくて、対象を絞ったりして使えるはずだ。それこそ生き物だけに反応するようにとかね。試すのはまたあとにしよう。しばらく吐き気がおさまりそうにない。
「吐きそうなのにいい気分だ。これがハズレ魔法なんてとんでもないな。大当たりだぜ」
逃げるにせよ、先制攻撃するにせよこれはかなりアツイ。タナボタ万歳だよ。しかしじいさんボケたのか?この魔法が必要じゃない?やっぱりおかしいな。「気配察知」の魔法って今俺が使ったものが普通じゃないのかもしれない。
昨日の頭痛、そして俺の奪われた魔法。俺の体に特別な何かがあるとか?いいね。都合がいい分には一向に構わない。
じいさんに「気配察知」の基本性能をそれとなく聞いてみよう。差分があれば目的のない憎悪の濃度を上げるための養分として蓄えておくことにしてさ。
昨日の今日だが、いきなりじいさんの祭りが待ち遠しくなってきたぜ。今日起きるまでで言ってもこんな気分を味わえるとは思っていなかった。じいさんはどんな趣向で楽しませてくれるんだろうな。
人手が足りないようなことを言っていたから俺にもお呼びがかかるんだろう?まだ仲間になったわけじゃないけど魔法まで渡してきたんだから巻き込むき満々なんだろ?いいさ、仲間はずれはなしにしてくれよ?
俺の心はそう長くもない奴隷生活でもう十分過ぎるほど擦り減っちまったよ。ここらで憎しみにも働き口を見つけてやらないと、行き場のなくなったエネルギーに圧迫されて廃人になっちまいそうなんだ。
具がほとんど見当たらない薄いスープを朝食に、いつも通りの自分ってやつを心がけつつじいさんを探す。結局じいさんは見つからなかったがまぁいいか。どうせ役所の集合場所まで行けば会えるしな。
軽い貧血で目の前が白くなるが、地面に手をついてやり過ごす。気持ちの悪さは回復したけど朝からちょっと興奮しすぎたかな?
「坊主、調子はどうだ?」
「ああ、じいさん。悪くないよ。いつも通りだ」
「そうか。使ってみたか?」
「ああ。そっちも悪くなかった。それで聞きたいことがあったんだ」
集合場所に行く途中でじいさんと会えたので、気配察知について聞いてみた。予想通り生き物の気配が分かる魔法だと答えが返ってきた。人や魔物も気配の違いで分かり、有効範囲は百メートル近いという魔法。
なるほど。大体予想通りだな。ということは俺の「気配察知」はかなりのお宝ということになる。明らかに一般的な「気配察知」とは異なる性能だ。
魔法という名の毒がまた俺をどっぷりと浸そうとしている。また力に振り回されて自らの墓を掘る作業を開始してしまう予感がする。
だけどそれでいい。それも俺が望んでいたことだ。単調な苦痛が延々と続く今の生活よりは、いっそ楽になってしまったほうがいいのかもしれないなんて考えちゃうくらいだからね。
この破滅願望じみた気分も魔法の影響か?それともただ忍耐力がないだけか?人間様を皆殺しにしてやる!なんて思考にはなっていないだけマシかもな。
あんなヤツラはどうだっていい。わざわざ殺して回るなんて非現実的だし。まぁ俺の邪魔さえしなければという前提があるけどね。とりあえず俺は腹いっぱいうまいものが食べれて、ぐうたらできる環境が欲しい。
邪魔をするだろうヤツラは必要なら殺してやる。スープ一杯のためでも今の俺には十分な動機になる。ハハハ、だいぶ変わってしまったな。
院長先生、僕はこんな生き物になってしまいましたよ!虐げられて、救いの手もなく、食べる物もろくにない環境で憎しみを無理やり捻り出してそれを糧に生き延びたらこうなりました!先生の言葉でも僕にはもう届きません。
これから楽しい春の大運動があるらしいのでね。その準備に忙しいんですよ。暗い期待に打ち震えていますからね、邪魔しないで下さい。先生なら許してくれると言ってくれますよね?
さて今日も一人前の奴隷としてスキル「滅私奉公」を磨くとしよう。採取物をちょろまかしてるからスキルレベルは一向に上がらないけどね。頑張ってるふりはしとかないとさ。
町の外で虫を中心に採取作業をする。魔物の気配だけを三十メートルの範囲で教えておくれ「気配察知」ちゃん!お?すごい。魔物の動きまではっきりくっきりじゃんすか。
よしよし。いけるな。笑いが止まらんよ。ウハウハですわ。これはもう完全に勝ち組決定じゃないか?「気配察知」なんて名前からしてもう詐欺レベルだよ。空間把握とか、それこそ3Dマップなんて名前の方が合っている。魔法のなんと理不尽なことよ!人間にはまさに分不相応なシロモノだわ。
それでも使えるものはなんでも使う。それが人の業というものだ。このぶっ壊れ性能の魔法を今はくだらん虫探しに使うとしましょう。再び「気配察知」様!
うん。いる。それも結構たくさん。やば、涎がたれた。こんな濡れ手で粟の商売はない。虫が全滅しないように捕まえるべし。おっと、魔物がこっちに流れてきそうだ。
魔法の燃費もすこぶる良い。攻撃魔法なんて一度使うとどっと疲れるらしいのに。「自宅」のときもそうだったが、俺はそのへんも特別っぽい。
とはいえ魔法だけに頼りすぎても結果は見えてるから、知識と経験が腐らないようにもしないとね。せっかくじいさんから教えてもらったんだし、魔法を奪ったり封印するような輩がどこにいるとも限らない。
さて脳がどのくらいまで耐えられるか少しずつ「気配察知」の情報を増やしてみよう。察知の条件も何パターンか決めておいた方がいいな。
それぞれ名前をつければ発動も楽になるだろう。出来るかな?あとは有効範囲の確認もきっちりやっておきたい。あ、隠密系の魔法とやらはどうなるんだろう?こっちの魔法が理不尽ならあっちだってそりゃ理不尽。精霊野郎は隠密の魔法使いを見つけられなかった。
俺の場合も同じ落とし穴が用意されていると考えておいたほうがいいな。魔法の相性問題。そして「気配察知」の弱点を早急に洗い出さねば。
採取はいつもより少し多いくらいでいいか。あとは魔法の練習をしよう。久しぶりに生きているのが楽しくなってきた。暗い喜びってやつだけどさ。よし、虫が終わったら自分で食べる用の草を探すか。草食動物よろしくむしゃむしゃ食べて少しでも体力をつけようじゃないか。




