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jack

作者: 彩華


出社したら中身が空っぽになっていた。そして私は結婚する事になった。

「待ってそれはおかしい」

「おかしくない」

テーブルのひとつすらありやしない。ケーブルだけ引かれた電話が寂しげに私を迎える。慣れた手つきの化粧が、平日の出勤時間が無駄になってしまった。放心状態でお母さんに電話で話した内容すら記憶にない。コーヒーショップに入って忙しそうに歩き回るスーツ姿を見送っていたらプラスチックの中身は氷すらなくなってた事に啜る内容物がなくなってから気付いた。給料日前だったのに。

こうしてめでたくもなんともなくいきなり毎朝向かうべき会社の内容物が蒸発してしまった訳で私、相模・マジェス・クレシャはめでたく無職になってしまった。人工知能が窓口をする役所での手続きも難航を極め、平日昼間からノーメイクで往復する昔ながらの自転車で走る役所からの帰り道、道端でひっくり返って暴れるカラスを見かけた。ちょっかいかけていたデブ猫は見覚えのあるブチだった。


同情と、自分の境遇ともあったのかもしれない。


元々生き物、特にカラスも好きだった。私はコンビニの袋からサンドイッチとお茶を出してそこに可哀想なカラスをいつの間にか入れて帰っていた。コンビニの袋を抱えて帰宅した私は誰かが目的していればさぞ滑稽な姿だったに違いない。途中で逃げてくれればそれはそれで良かったのに、やけに大人しくなってしまったから私は自室で100均で買った大きめの小物入れから中身をひっくり返しティッシュを敷き詰め羽が所々変な風に逆立ったりしたカラスくんを保護したのだ。

そんな事もあった。だからと言って、結婚に繋がるなど誰が思うだろうか。後に私はバイト先を見つけた。飲食店の裏方でひたすら皿洗いし続けると言う手汗も乾涸びるような内容を同僚の大型洗浄機と並んで終わらせ、帰るとやけに上機嫌な母さんが私を呼ぶのだ。


「ほら帰って来た!」


中性的な顔立ちの人間が私を見るなり目を輝かせ飛び付いて来たのだ。思わず落とした鞄が足の甲を下敷きにした痛みより何より愛おしそうに抱き締めて来るこれは男性だ。


「どちらさまです」

「ああ!やっと逢えた!」

「だ、誰……?」


腕の隙間から見るとリビングには他ならぬ父親まで居た。そりゃあ日曜日だからね。妹も居た。「カラスの恩返し」相模・マジェス家のど真ん中で私を抱き締めて額を擦り寄せる姿は確かに、確かに私が保護したカラス、その名もジャックの仕草だ。


「カラス!?ジャック!?」

「ああそうだ!ジャックだ!」

「ジャック!」


自分の部屋に駆け込んでも羽のひとつもない。少し開いた窓から冷たい風が吹き込んでいるだけだ。


「ジャック……」

「だから、ジャックは俺だよクレシャ」

「信じない!そんなの、まるで……」


大きく開いた口が脳裏をよぎる。ニュースで散々騒がれた地球内側の大爆発と異次元への干渉。お偉いさんと金持ちがこぞって向かう向こう側の世界。


「俺は魔法使いジャック。こっちで言うところの国家公務員って肩書きを、もらった。ピンチを助けてくれて甲斐甲斐しく世話してくれたクレシャが好きだ。結婚して欲しい」


余りにもすっ飛んだ申し出にしては真っ直ぐな黒い瞳が私を見つめる。切れ長の黒い瞳に黒い髪、疲れてヨレた化粧に涙が勝手に滲む。洗剤で荒れた手を握るのは大きな掌。家族全員が黙って見守る。既に彼の話を散々聞いたんだろう祝福ムードに乗り切れないのは私だけだ。


「本物なの?」

「当然」


瞬きと共に巨大な黒い翼が現れ羽ばたくとそう高くもない我が家の天井に羽が擦れ、詐欺師を疑えば抜いた羽を純金に変えて見せた。そしてマジシャンのように鮮やかに消した。


「でも、愉快犯はどこにでも!」

「それじゃ俺は一生ジャックで良い」


そう笑うやいなや肩に覚えのある重みが乗っかった。ジャック、私がずっと世話をしてきた利口なカラス。窓を開けても飛び去らず、ずっと私を癒してくれたジャック。訳が分からない。その場に座り込むといつものように頬を硬い嘴が撫でてくれる。家族がジャックについて黙っていてくれたのも、情緒不安定な私の支えだったのを知っているから。ただそれは愛玩動物として、家族としての感情で、ヒトでないからこそ全てを見せて来た訳で。


「クレシャ、あんたは幸せになって良いんだよ」

「もし詐欺師でもジャックならいいよ!お姉ちゃん頑張ってたんだもん!」


お母さんの声に肩を叩かれ少し離れた所から妹の声が聞こえて涙がぼろぼろ零れ落ちる。疲れ果てていた、不安だった。目の前に落ちた金のリンゴが例え金メッキでも、もし毒入りでも構わない、そんな気持ちでジャックの頭を掻いてやるといつものように気持ち良さげに目を細める。


「私を。ジャックのお嫁さんにしてください」

「本当か!!」


鼻声で、化粧も声もぐずぐずだと言うのに。カラスのまま声を上げると次の瞬間には男性に抱き締められていた。そして大股でリビングの入り口に立つと話に聞いていた変人で、気難しくて傲慢な魔法使いの印象を覆す直角のお辞儀をしてジャックが言う。胸に右手を当てていた。


「クレシャは必ず幸せにします」


カラスの恩返し。こうして私は魔法使いに嫁入りした。


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