第6章 街道の要所エンセナーダ 暗躍
グロウス=クレイは多忙だった。ガーデニア州太守である父カールの補佐としては兄のカシル=クレイがガーデニア州騎士団大将軍として居るのでグロウスの出る幕は無かった。
グロウスは入団一年で就いたガーデニア州騎士団の大隊長としての職務で手一杯だったのだ。自らの件の修行も疎かにできないし年上の部下の統率も必要だった。騎士団は警察機能も兼ねているので街の治安を担ってもいるのだ。
本当はもっと剣の修行に明け暮れたかった。ガーデニア州内は修行の聖地マゼランを有している。聖都騎士団も含めて各州の騎士団員が修行に訪れる街だ。グロウスもセイクリッドの青年学校在籍時に一度体験と言う形で訪れたことがある。幼年学校から通して、その時が一番楽しかった。
「グロウス様。」
グロウスは爵位としては男爵を授けられている。兄はいずれ公爵を継ぐのだが次男であるグロウスも既に爵位をもっていた。グロウスの住む屋敷は男爵家としては少し物足りない程度の屋敷であったが騎士団の詰所も近くあまり物事に頓着しないグロウスには十分な広さだった。使用人も執事と召使が一人づついるだけだった。
「おお、セバス、どうかしたのか。」
「お客様がいらしております。」
「客?聞いてないな。」
「はい、突然いらしたようです。ダーク=エルク様と仰るレイズ公太子の親衛隊の方だとか。」
「ダーク殿か、知り合いだ、よい、通せ。」
グロウスは騎士団に居るときは武人として接するようにしているが自宅では公爵の子息であり自らも男爵なので、あまり武人らしくはなかった。
執事が案内してきたのは確かに見知った顔だった。
「どうした、連絡もよこさずに突然。それにしても久しぶりだな。」
ダークとはセイクリッドでレイズの御付として知り合っていた。まあ、おもり役だな、とグロウスは見抜いていた。レイズは優秀だったし剣の腕もかなり使える方だったが抜き出たものがない、とグロウスは思っていた。それは自分も同じなのだが兄が居て太守を継ぐ必要がないグロウスと、いずれ公王を継ぐであろうレイズとは立場が違う。
「ご無沙汰しておりますクレイ男爵様。」
「なんだ、型苦しいな、いつもの通りグロウスと呼べばいいだろうに。」
「なかなか、そういう訳には行かないものですよ、男爵様。」
「俺がそう呼べ、というのだ、逆らうなよ。」
口調も表情も優しいのだが有無を言わせない石の強さがあった。
「判りましたグロウス様。」
「うむ。それで何用でエンセナーダまで来たのだ、レイズ公太子はどうした?」
ダークはいままで経緯とレイズを宿に待たせていることを掻い摘んで伝えた。
「レイズのやりそうなことだな。お前も大変だな。二人で一緒に来ればよかったものを。」
「さすがにそうは行きません。ただ、よろしければ直ぐに宿に公太子をお迎えに行き、こちらにお連れできればと思うのですが。」
「判った。うちの執事と一緒にすぐに迎えに行ってくれ。あいつも退屈しているだろう。」
ダークはクレイ男爵家の執事と連れだって馬車でレイズの居る宿に向かった。
エンセナーダでも中心にある大通りを走っているとダークたちの馬車は一台の馬車とすれ違った。街中の道を走るには速度が出過ぎていた。そして、その馬車を追うように速度を上げて走る馬車が一台。
「なにかあったのでしょうか。エンセナーダではよく見る光景ですか?」
「いえいえ、余程急いておられるようですね。先の馬車が逃げているのを後の馬車が追いかけているようです。」
「それは間違いありませんね。何かの事件でしょうか。いずれにしても、巻き込まれないようにしなければ。」
レイズがこの場にいれば二台の馬車を追いかけかねない。公太子は好奇心旺盛で自ら厄介ごとに首を突っ込んでいく性格だった。
「そうてせすね、我が主もあのようなものを見かけたら追いかけかねませんから。」
レイズとグロウスはそういう意味ではとても似ているのだ。ダークと執事は自らの苦労を思い顔を見合わせるのだった。




